三菱UFJ銀行による金利急騰のシミュレーションと「国債のすべて」

三菱UFJ銀行から「国債のすべて」という書籍があり、円債市場で広く読まれています。

この本は、典型的な編著の書籍で、各章ごとに違う人が書いています。したがって、頭から読む本ではないと私は理解しています。一例をあげれば、p38に「ロールダウン」がでているのに、「利回りとは」みたいな説明はp290となっています。これは編著で、各章ごとに記載していくため、こういうことが起こるのですが、各章で独立して読むことを読者が求められていると理解しています。

この書籍は、第6章が「銀行ALMにおける国債投資とリスク管理」であり、私はこの章をメインに読みました。この章は、ALMについて包括的に記載しているのですが、三菱UFJ銀行が国債暴落に対してどのようなシミュレーションを行っているかということが詳細に記載されています。三菱UFJ銀行がどれくらいこれに立脚しているかはわかりませんが、多くの市場参加者やリスク管理を行っている人は、おそらく日本で一番進んでいる金融機関の一つである三菱UFJ銀行がALMや金利急騰リスクについてどのように考えているかを把握することで、リスク管理を考える契機を与えていたと思います。

実際、私が国債関係を書く際も、「国債のすべて」の影響を強く受けています。特に実際の事例を記載する際に、引用できる文献が少ないところ、この書籍は事例が多いため、参照させてもらうことが少なくありません。例えば、以前記載した「グリッド・ポイント・センシティビティ入門」では下記のような引用をしています。

三菱東京UFJ銀行(2012)は、「『ALM委員会』等の場において、後述の市場リスク資本を勘案しながら、BS全体及び有価証券ポートフォリオにおけるBPVおよび各GPSの上限値(もしくは、レンジ) を定める。ALM部門は、その範囲内で国債操作を行うことが機動的な国債保有戦略(Tactics)の基本となる」(p.389)とコメントしています。ちなみに、三菱東京UFJ銀行(2012)には各投資家が有する日本 国債のGPSが示されていますが、(この書籍が出版された時点が2012年である点に注意が必要ですが)同分析では、生損保等の10年超のセンシティビティが 大きい一方、5年以内については銀行のリスク量が大きいことを指摘しています。

f01_2021_03.pdf (mof.go.jp)

実は、この三菱UFJ銀行の金利急騰シミュレーションについては前哨戦があり、2012年2月7日に、朝日新聞の朝刊で、「三菱UFJ銀:数年後の日本国債急落を想定-危機対策」という記事を出たことがあります。特に、その日が10年国債の入札日であったので、大変大きな話題になりました。
【主要朝刊】三菱UFJ銀が日本国債急落想定、SUMCO工場閉鎖 - Bloomberg

その後、三菱UFJ銀行から「国債のすべて」が出たため、この事件が関係しているのでは、と市場参加者の中で議論になったようです。例えば、ダイヤモンドでは下記のような記事があります。

この話には後日談がある。12年10月、三菱UFJが500ページ近くにも及ぶ書籍『国債のすべて』を発行。財務省がかつて編集していた『国債』のリメーク版という“蜜月ぶり”もさることながら、先の記事から日が浅かったタイミングだけに、「財務省に対する“謝罪本”なのでは」と、一部国債市場関係者の間でもっぱらのうわさになったのだ。

これに対し三菱UFJ側は、「記事が出るもっと前から準備していたもの」と否定する。それでもシミュレーションについて詳細に意図が説明されているだけに、業界関係者は“言い訳本”だと邪推する。三菱UFJに対する強い関心は、彼らの市場における存在感の大きさの裏返しともいえる。

国の借金が1000兆円でも 国債が暴落しなかった本当のわけ | 週刊ダイヤモンドの見どころ | 週刊ダイヤモンド (diamond.ne.jp)

朝日新聞のリリースが2月であるところ、「国債のすべて」が10月なので、書籍を出すという意味では、1年以上前からこの書籍を準備していたと考えるのが自然です。もっとも、朝日新聞の報道があったため、「国債のすべて」における三菱UFJ銀行の金利急騰シミュレーションが注目を受けたという側面はあったと思います。

金利急騰については、国債の発行量が増加する中、利上げもあり、私個人は関心を持っています。それに伴い、VaRショックや資金運用部ショックなど、かつての金利上昇についても分析もしてきました。詳細は下記などを参照してください。
財務省ファイナンス「VaRショックについて―2003年における金利急騰時のケース・スタディ―」|服部孝洋(東京大学) (note.com)
財務省「ファイナンス」:齋藤通雄氏に聞く、日本国債市場の制度改正と歴史(前編)|服部孝洋(東京大学) (note.com)

一般的に、「編著」である書籍の読み方ですが、私も経験がありますが、編著に携わると、各章の著者とのコミュニケーションがなされないのが典型であり、各章の関連が薄い、統一感が取れないなどの問題が起こりがちです。例えば、頭から読んでいても定義していないものがどんどん出てきます。特に会社で編著を書く場合、会社の仕事で記載していることが典型で、各章ごとに著者の熱量が違ってきます。したがって、編著の場合、一般論でいえば、各章ごとに読んだ方がよいと思っています(編著の場合、各章で独立読めるように記載されるのが典型なので、その独立性は編著の良さといえると思います)。

ちなみに、ご参考までですが、この書籍には今話題の石丸市長も関わっています。


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