国債先物が横綱と呼ばれる理由:2018年末の相場
ネットではしばしば「国債先物」の愛称として「横綱」と呼ばれることがあります。この理由は、2018年末に国債先物が、どのような状況でも価格が下がらないということから、横綱と呼ばれるようになったと理解しています。2018年末の相場は、2022年6月における先物の暴落と若干関係している部分もあるため、当時の状況についてメモとして記載しておきます(不正確な記述がありえるため、必要に応じて随時アップデイトします)。
まず、下記が国債先物の価格の推移になりますが、2018年10月ごろから年末にかけて価格が急上昇していくことがわかります。2017年くらいから先物価格は150円付近で横ばいであり、YCCが長期金利を安定的に推移させる政策であることを考えると、その価格が横ばいで推移することは政策がワークしていれば自然といえます。しかし、2018年10月頃から、先物価格が急速に上昇していることがわかります。
2018年末の先物価格の急騰に関しては様々なエピソードがあります。例えば、2018年12月10日には、先物の売買は19万枚をこえ、取引が始まった1985年以降で2番目に大きかったとされます。また、2018年12月20日には先物の急激な上昇を受けて、日本証券クリアリング機構が、午後に追加の証拠金の差し入れを求めた、ということもありました。
この時に先物価格がここまで上がった理由として様々な点が指摘されています。当時の報道を見ると、例えば、世界的な株安・金利低下を背景に、先物に対して、海外勢を中心とした買いが増えたなどの説明がなされています(包括的な説明については、日銀による「2018年度の金融市場調整」の「BOX 5 長期国債先物の割高化」などを参照してください)。もっとも、ここで取り上げたいポイントは、7年国債であるチーペストを日銀が大量に買い占めていたという点です(この点が2022年6月の動きにつながります)。当時のチーペスト銘柄である342回債は、発行総額が8兆円である中、日銀の保有量は7兆円を超えており、日銀の保有割合は9割を超えていました。もちろん、日本のマーケットでは、補完供給オペや流動性供給入札があるため、直ちにスクイーズというわけではありません。しかし、日銀がチーペストを大幅に買い占めていることは事実であり、そのことが先物市場の過熱を生んだ一因と考えられました(流動性供給入札は筆者が記載した「市場流動性の測定―日本国債市場を中心に」や石田・服部(2021)のBOX 10などを参照してください)。
たしかに、チーペストとなる7年国債のほとんどを日銀が保有してしまったら、例えばレポ市場で7年を借りてくることが困難になるため、7年国債をショートすることも困難となります。当時は先物と現物の裁定が働いており(少なくとも、筆者の理解では裁定が壊れるという議論はされておらず)、7年国債が強く、先物も強いという構図がうまれました。
本稿でハイライトしたい点は、日銀がチーペストを買い占めているという反省から、日銀の輪番オペからチーペストを外すということを2019年1月に実施したという点です。具体的には、2019年1月の4月の輪番オペから、5-10年の対象銘柄として、チーペストを含む342回から350回債が対象から外れるというが施策がうたれました(2019年1月17日の「ファクシミリ新聞」の記事などを参照)。このことは日銀がチーペストを買い占めることの副作用を一定程度認識しており、それへのケアをしていたと解釈することができます。
また、2019月4月の決定会合で補完供給オペを変更していますが、これもこのチーペストの買い占めへのケアと解釈できます。私が書いた「国債先物暴落に対する「チーペスト銘柄等にかかる国債補完供給の要件緩和措置について:補足」では、2019年4月25日の決定会合で、補完供給の要件緩和措置を公表したと説明しました。この背景に、2018年末にチーペストが9割日銀に買い占めされてたことを理由に国債先物相場に過熱感が生まれたことも問題意識としてあると筆者は解釈しています。
2019年4月における具体的な制度改正については、まず、補完供給オペにおける最低品貸料を従来の0.5%から0.25%に引き下げて、補完供給オペの利用を容易にしました。また、銘柄別の売却上限額の撤廃を行い、従来は「日本銀行の保有残高の100%または1兆円のいずれか小さい額」としていたところ、緩和後は「日本銀行の保有残高の100%」としています。
https://www.boj.or.jp/announcements/release_2019/rel190425a.pdf
さらに、チーペスト銘柄については、
「チーペスト銘柄等(注)については、利用先が日本銀行に引き渡せない場合の対応にかかる要件を緩和することとします。
(注) 長期国債先物取引の直近2限月におけるチーペスト銘柄およびセカンド・チーペスト銘柄のうち、日本銀行の保有割合が発行残高の80%を超えるもの。」
としており、これは以前の文章で説明した「減額措置」です。これは応額をキャッシュで支払うことにより、日銀から補完供給で借りてきた国債を返却しなくていいというものです。
ちなみに、補完供給オペを用いるうえで、現在は東京レポレートが用いられていますが、このようになったのもこの制度改正のタイミングです(それまでは無担保コール翌日物(TONA)が用いられていました)。これに対しては、日経新聞では「債券市場の需給を反映する現金担保付き債券貸借取引(レポ)金利への変更で、市場の実勢をより映しやすくする」とコメントしています(2019/4/25の記事)。
上記を受けると、日銀は2018年末の相場を受けて、チーペストと先物の関係のケアをしながらオペレーションの運営を行っていたことが理解できます。特に、2019年4月の補完供給の制度改正は、2018年末の相場を理解する必要があり、また、2022年6月の補完供給の改正の理解を高めるためにもこれらの流れは必要といえます。なお、2022年6月には、従来の扱いが「チーペスト銘柄等のうち日本銀行の保有割合が発行残高の80%を超えるもの」であるところ、「原則としてすべてのチーペスト銘柄等」へと変更したという流れがありますが、それについては「国債先物暴落に対する「チーペスト銘柄等にかかる国債補完供給の要件緩和措置について:補足」を参照していただければ幸いです。
参考文献
石田良・服部孝洋(2020)「日本国債入門―ダッチ方式とコンベンショナル方式を中心とした入札(オークション)制度と学術研究の紹介―」PRI Discussion Paper Series (No.20A-06)
服部孝洋(2018)「市場流動性の測定―日本国債市場を中心に」『ファイナンス』
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