国債先物暴落に対する「チーペスト銘柄等にかかる国債補完供給の要件緩和措置について」:補足

2022年6月19日の文章では、国債先物と7年国債の裁定が壊れたことに対して、日銀が補完供給オペの要件緩和を行ったという点について記載しました。本稿では、その点について補足します。なお、今回についても通常私が原稿を書く場合に比べ短時間で書き上げたことから不正確な記述が含まれる可能性がある点にご留意ください。また、今回についても日銀の政策の是非についても立ちいらず、制度の目的に焦点を当てた書きぶりになります。

1.補完供給オペにおける減額措置とは

まず、補完供給オペとは、日銀が保有している国債を金融機関に貸し出すというレポのオペレーションです。6月19日の文章では補完供給オペについて、従来、連続利用日数が「原則として最長50営業日」であったところ「原則として最長70営業日」になったことで、国債先物と7年国債の取引がやりやすくなるという側面を指摘しました。

もっとも、日銀のプレスリリースをみると(下記のリンクを参照)、引き渡しに係る要件緩和措置として、上述の点に加え、従来の扱いが「チーペスト銘柄等のうち日本銀行の保有割合が発行残高の80%を超えるもの」であるところ、「原則としてすべてのチーペスト銘柄等」へと変更をしています。前回の文章ではこの点をハイライトしていませんでした。そのため、今回はその点の補足になります(今回はかなりテクニカルである点に注意してください)。
https://www.boj.or.jp/announcements/release_2022/rel220617c.pdf

まず、日銀のプレスリリースをみると、そもそも、それまで「チーペスト銘柄等のうち日本銀行の保有割合が発行残高の80%を超えるもの」が「引き渡しに係る要件の緩和の対象」であったことがわかります。しかし、これを理解するには、補完供給オペにおける「減額措置」があることを理解することが重要です。日銀の補完供給オペとは日銀から国債を借りてくるという制度ですが、その「減額措置」とは、一定の金額をキャッシュを支払うことにより日銀に国債を返却する必要がないという制度です。先ほどのリンクにあるとおり、それまでは日銀保有が80%を超えたチーペストのみに適用していたところ、これをチーペスト全体を対象にするよう緩和した、というのが先週の金曜日の施策になります。いいかえれば、仮に読者が補完供給オペにより日銀からチーペスト(7年債)を借りてきた場合、応額を支払えば(条件なく)日銀に7年債を返す必要がないという措置といえます。

日銀から連続して借り入れられる期間は、「原則として最長70営業日」になったものの、いつかは返さなければなりません。その際に、読者としては、日銀から7年を借りてきた場合、(1)日銀に7年債を返却するだけでなく、(2)7年国債の応額のキャッシュを引き渡すというオプションが追加されたことになります。(1)しかない場合、読者としては70営業日後に7年国債を確保できるかについての不安が生じえますが、(2)が加わることで仮に7年国債が返済時に得られなかったとしても対処する余地が生まれます。その意味では、いわば日銀から7年債を借りやすくする制度と解釈できます。

ちなみに、このチーペストに対する措置は、2019年4月25日にできた制度でして、日銀がチーペストを大量の保有していた場合にケアした措置としていえます(下記のリンクを参照してください)。2019年4月25日のプレスリリースでは、「チーペスト銘柄等については、利用先が日本銀行に引き渡せない場合の対応に係る要件を緩和することとします」と書いてあり、補完供給オペを用いてチーペストを引き渡せなかった場合の措置であるということがわかる書きぶりになっています。
https://www.boj.or.jp/announcements/release_2019/rel190425a.pdf

2.「原則としてすべてのチーペスト銘柄等」へ拡大したことの効果
さて、この措置が今回の先物市場に与える影響を考えます。日銀が意図していることは、前回記述したとおり、先物をロングして、チーペストを売るという裁定行動を促すことでした(この詳細は前回の文章を参照してください)。この場合、読者はまず国債先物をロングするとともに、国債を日銀から3か月間借りてきます。(前回と同じ例ですが)受渡日である9月中頃になれば、国債先物から得られる7年国債を受け取ることができ、読者は借りてきた7年債を日銀に返すことができます(前回説明したことですが、連続して最長70営業日、日銀から借り入れることができるため、国債先物の受渡日である9月の中頃まで借り入れることができる点に注意してください)。

しかし、理屈をいえば、9月の中ごろに、読者が国債先物のロングを通じて7年債を受けとれず、たとえば、8年債を受け取るという可能性がありえます。なぜなら国債先物の「売り手」(現在読者は先物の「買い手」なのですが、読者の反対側にいる人です)はあくまで7-11年から選べばいいので、可能性をいえば、7年国債以外を受け渡すかもしれません。これは「売り手」が選択できるという意味でオプションであり、国債先物ではこのオプションをデリバリー・オプションといいます(なぜ売り手にデリバリー・オプションがあるかなどは「国債先物入門」をご覧ください)。仮に、借り手である読者が8年債を受け取った場合、読者は借りていた7年債をレポ市場で返却できない(これをフェイルといいます)ことになり、フェイルに伴うペナルティを負担することになります。あるいは、読者は7年債を受け取れないと分かったら、レポ市場に行き、7年国債を借りてくるという必要性が生まれ、その際のレポコストが高くつく可能性も有してます。この意味で、先物と現物の裁定において、9月中頃に7年国債(チーペスト)を受け取れないというリスクが存在します。

読者は日銀から7年国債を借りていましたから、そのままであれば例えばフェイルになるところ、今回の減額措置をつかえば、仮に9月の中頃に8年債を受け取ったとしても、チーペストについては、応額のキャッシュを受け渡すことで、日銀に7年国債を返却しなくてよいことになります。その意味では、前回の文章で指摘していなかった先物のデリバリー・オプションに関する不確実性に対するケアをしているとみることができます。

また、日銀からチーペストを連続して借り入れることができる期間(連続利用日数)は「原則として最長70営業日」であるため、どこかのタイミングで皆が集中して7年債を日銀に返す必要が生まれるという状況がありえるかもしれません。例えば、多くの投資家が9月の中頃に日銀に7年国債を返却しようとした場合、7年債の返済のため、多くの投資家が同じタイミングでレポ市場で7年国債を借入れを行ったとしましょう。この場合、9月の中頃にレポ市場の需給関係が崩れるということがありえるかもしれません。これに伴い、例えば、7年国債のレポレートの上昇等を招くことがあれば、再び、国債先物と7年国債の裁定が働きにくくなるということが起こるかもしれません。

そのような中、この減額措置を使えば、応額をキャッシュで支払うことにより日銀に7年国債を返却する必要がなくなるため、レポ市場の需給関係が崩れるリスクを防ぐよう機能する可能性があります。繰り返しになりますが、日銀から7年国債を借りており、最長70営業日に達することで読者は日銀から借りれなくなった場合、(a)7年国債を日銀に返すという手段だけでなく、(b)7年国債の応額をキャッシュで日銀に返すというオプションが追加されるわけです(減額措置がない場合、(b)というオプションがない点に注意してください)。

上記をまとめると、今回の日銀による「チーペスト銘柄等に係る補完供給オペの要件緩和措置」が有する効果に関し、

①連続利用日数を伸ばすことで裁定取引の間に間けるレポに係るリスクを軽減すること
②今回ハイライトした減額措置は先物が有する受渡に伴うリスクを軽減すること

という2点で整理できます。①と②両方とも、国債先物を買い、7年国債を売る裁定取引を促すものであり、国債先物の価格を上昇させることに寄与しうる施策といえましょう。重要な点は、ここではこの政策が実際にどれくらい効果があるかまで踏み込んでないという点です(これは今後、実務家や私のような経済学者がデータを持って議論すべきことです)。ここでは、この途中段階で、先週金曜日の日銀の政策を積極的に解釈した場合、国債先物市場における裁定活動を活発化させるという意味でプラスの効果が生まれうると指摘している点に注意してください。そのため、この措置の効果については今後の展開をみる必要がありますが、少なくとも日銀が今回の先物暴落に対してケアしようとしていることのメッセージ性はあるようにも感じています。

なお、日銀から借りてきた国債を返却しない場合、応額をキャッシュで支払うわけですが、このコスト次第で、投資家にとってこの裁定取引がどれくらい魅力的かが変化する点に注意が必要です。詳細は「Ⅳ.日銀国債売現先(国債補完供給)」という補完供給オペのマニュアルを参照してください。具体的には、(a)日本銀行への引渡が可能となるめどが立たない場合と(b)市場の流動性改善に資する場合、という2種類あり、今回の措置では(b)が念頭に置かれていますが、このマニュアルでは細かい規定も定められています。

今回は以上ですが、必要があれば補足します。

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