デリバティブ教育:なぜジョン・ハルのデリバティブの書籍が薦められるか

私はこれまで「ファイナンス」などで、デリバティブについて先物やスワップ、スワップションなどを説明してきました。その際に、ジョン・ハルが記載したOptions, Futures and Other Derivativesを引用することが多いですが、それは円債市場の若手や学生などにこの書籍を強く勧められるため、意図して引用しています。これまでクオンツやトレーダーなどとも色々話しましたが、デリバティブはこの本が結局一番良いと感じています(私の周りのコンセンサスです)。

フィナンシャルエンジニアリング〔第9版〕 ―デリバティブ取引とリスク管理の総体系 | ジョン ハル, 三菱UFJモルガン・スタンレー証券市場商品本部 |本 | 通販 | Amazon

最大の理由は、デリバティブ・ビジネスという観点で非常にバランスよく記載されているからです。バランスよく記載されている書籍というのは意外と少なく、ともすると、オプションの理論や数式展開に紙面が割かれているということがあります。

私が学生の頃はオプションの数式展開などが丁寧な書籍が好きでしたが、実際にビジネスでデリバティブに触れると、こういう知識が必要となる場面はむしろ特殊で、まずは流動性が高いデリバティブである先物やスワップを知って、オプションなどにも触れていくという流れになります。単に先物や金利スワップの商品性を知るということではなく、たとえば、現物とのアービトラージがどうなっているかや、仕組債のプライシングにおいて金利スワップがどうかかわっているか、金融機関はデリバティブを使ってどうやってリスク管理をしているかなどを多面的に知ることが大切です(私は若手社員に「ではこの仕組み商品をプライシングするにはどうやって組成しますか?」みたいな質問をしていました)。

そのような中、ハルの書籍は、実務家からみてもわりと痒い所に手が届く形で記載されているのです(1000ページもあって分厚いので頭から読むというより関心があるセクションを読むという感じでしょうが。また、ここでは一般的なデリバティブ知識の習得を議論していて、オプションで修士論文や博士論文を書きたいという学生は別である点に注意してください)。

今でも覚えているのが、私が数年前、ストラクチャリングという仕組債ビジネスをやっている中堅社員(東大物理出身)に、あるモデルの解釈について質問にいったところ、「そういう難しいことは大学院時代に考えていましたが、今はシステムに打ち込むマシーンになってしまいました(笑)」といわれてしまいました。笑い話のようにみえるかもしれませんが、これは比較的あり得る話だとおもいます。実は実際のビジネスにおいて特殊なオプションのプライシングを厳密に考える必要がある人は、ごく一部に限られていたりするのです。むしろ複雑なオプションを目にすると、公平な価格が分かりにくくなるから、ぼったくる可能性が上がるな、とか、そもそもこの商品は証券会社が金儲けのために作っているだけなのでは、などという感覚が増してしまいます。

学生には上記の文脈で、デリバティブを学びたいならジョン・ハルのテキストをお勧めしたいですが(私が今年出す国債の書籍も痒い所に手が届く本を目指しています)、実際の採用においてつらいところは、ジョン・ハルの本の内容を頭に叩き込んでいたからといって、採用されるかどうかわからないということです。実際には、ファイナンスの知識が全くなくても、プログラミングや数学、英語力があれば採用されるということはあるわけで、ハルの本は大切だけど、入社してからしっかり読んでね、という感じかと思います。

これだけ巷でリカレント教育が指摘される時代ですから、本当は大学の教育に紐づいて、社会人になるというのがよいように思いますが、そういう役割は企業からさほど期待されていないという今も昔も変わらない気がしてしまいます。今年、私が講義した「金融論」ではやたら証券会社に就職する理系の院生が多かったので、そういう学生にとって有益な何かを提供できていたらよいのですが(「先生が楽しそうに講義しているのがよかったです」というコメントがあったので、僕が一番楽しんでいたかもしれません涙)。

学生に伝えたいことは、自分のやりたいことに仕事がフィットしているかということですね。睡眠時間がどれくらい必要かや、飲み会に行くのが憂鬱だ、みたいなことは割と重要な個人の個性です。私はもう一度学生に戻ったとしても証券会社に入るという意思決定をすると思うので、個人的には証券会社における債券ビジネスや投資銀行ビジネスは学生には比較的勧められるとは思っていますが、私のように体力がない人間にはプライマリーのビジネスはきついです。

後日記載
下記を記載したので、こちらを参照してください。

新しいジョン・ハル教科書の読み方(服部レポートの活用とデリバティブの勉強方法)|服部孝洋(東京大学) (note.com)

また、是非、「日本国債入門」も手に取っていただければ幸いです。


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