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調子悪くていい、生存できればいい (書評:うつでも起業で生きていく by 林直人)

昭和戦後の40年は「規模の拡大」、平成の30年は「効率追求」の時代だったかと思う。その中で個人は、

"セルフイメージを高く"
"自己肯定感を保とう"
"モチベーションを上げる"

・・・と「自己意識をより高く引き上げたい」と願う人たちも増え続けたのではないだろうか。

質問;それでどこまで幸福になれたのか?

セルフイメージを高め、モチベーション高く、常時努力し続けることは、社会平均としては、幸福への確率を上げるだろう。それが自分に向いている限りは。

でもこのnoteでは、努力とはそれだけではない、という話をしたい。その素材に、5月に出版された『うつでも起業で生きていく』林直人 (2021, 河出書房新社)を紹介する。

この考え方では、

調子:悪くていい
モチベーション:低くていい
セルフイメージor自己評価:低くていい

となる。自分にあったやり方で、生存できている限りは。

<この本での僕の学び>
・ うつ病・メンタルダウンについての理解
・ 世にはびこる「生存者バイアス」への警鐘
・ 高収益低リスクなスモールビジネス構築法
・ やる気やモチベーションを考えない、ただやるだけ
・ 「人からどう思われるか」ではなく
・ 「自分が生き延びることができるか」を判断の軸にする

タイトルどおり、「うつ×起業」という特殊な経験をテーマとした一冊。特殊すぎる…と思われることだろうが、僕は、弱者目線でのサバイバル・キャリア術として注目した。「弱み」「障害」と思われてきたものを無効化し、強みを最大限を活かして、幸福に生存し続けてきたリアルな考え方、行動のしかたがわかる。

著者の林さんは30歳、地方名門高時代にうつを発症して、人生のほぼ半分が患者状態だ。その中でも慶應SFCに進学、超人気ゼミに入り、在学中は著名企業複数と組んだすばらしいベンチャービジネスをたちあげたすごい人。しかしじぎょうは大失敗、けっこうな負債を抱えながらネット家庭教師ビジネスに転換し、こちらは順調に成長させている。弱さと強さ(というか死なないタフさ)が共存した方だ。

はじめに:うつ病とは?

うつ病というのは自分への殺意を持つ病気です・・・人間も含めた多くの動物は、そうした殺意が外に向いていますが、うつ病は脳の伝達物質のバランスを崩してしまうことで、そうした殺意が内に向く病気です。(2章)

この説明にハッとさせられた。鋭い表現。比喩ではなく、人を内から傷つける刃を表現するがゆえの鋭さ。

林さんの鬱は伝統的な「メランコリー親和型うつ」
メランコリー親和型とは、まじめ、几帳面、仕事熱心、責任感が強い、集団との一体感が強い、といった性格。このタイプの人が長く続くストレスと自責の念に耐えられなくなり、発病してしまうのが「メランコリー親和型うつ」。35才から50才頃に多い。以前から知られているタイプ。

もう1類型が「ディスチミア型うつ」
他罰的、逃避的、会社よりも自分が大事。仕事よりもプライベートが大事、集団との一体化は希薄。休職をためらわず、休職診断書を要求する傾向も。漠然とした不全感と心的倦怠が主で、回避的行動が目立ち、時に他罰的になったり衝動的になり自傷などを起こすこともある。
最近多いそう。若者言葉の「メンヘラ」はこのイメージが強めかな。

鬱の全体像は、日比谷のクリニックのサイトにコンパクトにまとまっている。

その「メランコリー親和型うつ」について、林さんの説明:
・動物は生存のため、他の生物を殺し続ける存在
・ゆえに、攻撃本能は、どんな動物にもある
 (=殺されるリスクも常にある)
・うつ病は、脳の伝達物質のバランスが崩れる症状
・その結果、攻撃性(=彼は「殺意」と表現する)が、自分自身に向いてしまう

林さんは、その「殺意」をビジネス、とくに競合他社に向けることで、自分自身への攻撃衝動を回避されているという。

それは特殊な、マネできない経験ではあるのだが、これくらい明確な軸を持った人の本は迫力がある。

各章ごとに細かくコメントしていこう。

第1章 うつの人は自己啓発本を読むのはやめよう

第1章では人気の自己啓発系ビジネス本を斬りまくっている。この裏テーマ、というか真のメッセージは、「生存者バイアス」への警鐘だ。ごく少数の成功者の語る成功術の奥には、似たやりかたで努力した多数の失敗者がいるということ。

結論として、自分ひとりで事業の主要部分を回し、社員の雇用を徹底して避ける「スモールビジネス」が、鬱に向く仕事とされる。

その心構えは:

最大の努力で、最小の成果を出す

昨今のビジネスシーンで流行る、「最小の努力で最大の成果を出す」の真逆だ。

考えてみれば当然。顧客にとって最小努力の業者さんなんて嫌。資金力・組織力ある既存企業にとってそんな美味しい商売ならパクりたい。結果、「ごく少数の急成長ベンチャー+多数の敗者」を残すのが、この路線だ。

逆に、「最大の努力」をしてくれる業者さんを顧客は好きだし、その結果得られるものが「最小の成果」なら、高コストな企業には手が出せない。だから個人が生き残りやすい。

客にとっては、最大努力を注いでくれるから、それだけで満足度が上がる。すると客は長期継続してくれるし、他の客も紹介してくれる。そういうお客さんとはトラブルも少ないわけで、業者側(=自分)の精神が安定するし、「体調が良い時にだけ頑張る」という鬱的な仕事スタイルも理解されやすい。

これ、元気な人でも、ホワイトに仕事するために使える手法だ

第2章 うつでも生きていける起業の方法を考えよう

2章は、YouTube、Google検索、電子出版・・・など現代ネット環境を活かしたスモールビジネスの実践性あふれる解説。

「サボっている人ばかりの業界を狙え」とは合理的なスモールビジネス構築法だが、その探し方が具体的すぎで、例えば林さんは、「紀伊国屋書店新宿本店で、最上階から全フロアの書棚をくまなくチェックする」という。たしかに、棚ごとに本のクオリティ感が違う。本当は儲かりそうなのに手を抜いている本(=業者)の多い業界がわかる、という。なるほど。これは書店に限らず有効な手法だ

「Doクエリ」=やる気があるお客さんが検索しそうなキーワードを使った、基本的なネットビジネス手法も紹介されている。たしかに有料の本を購入したお客さんは、いちどお金を払った良質見込み客だから、成約可能性も高い。こうした商売の基本戦術にも忠実。

第3章 うつでも参入できる市場はどこか考えよう

スモールビジネスの基本成功術が紹介されているのが3章。

めんどくさい事は儲かる。人によって、めんどくささを感じるポイントが違うから、ホワイトにめんどくさいことをやり抜くことは可能。それは、「自分が細かい改善点を無数に発見できるくらい詳しいももの」にある。

世間でよくみる「とにかくやる!今すぐ叶える!」といったタイプの成功術に対するカウンターとしても有効。

第4章 うつでもできるビジネスプランを考えよう

「親戚の商店を利用する」とか、「女子アナと仲良くなる方法を売る」

↑↑↑とか、具体的手法もいろいろ楽しめるのだが、これらアイデア&情報力は、起業家として一発屋ではないことも示しいる。

第5章 払ってはいけないお金を考えよう

おカネの使い方、投資についてが、5章。

コロナショックの2020年2月ごろ、暴落している株を買いたい気持ちを抑えて、「大企業のテレワーク中のサラリーマンを相手に大量の動画編集を頼む」という投資を敢行。


1つの学び:テレワークサボり大企業正社員は実在した!

結果、数千万規模の広告を一切打たずにYouTubeから集客できるようになり、4月から9月の半年で貯金が倍以上に膨れ上がる最高の投資になったと。詳細noteでた ↓

(僕の考え: 仕事が忙しい人にとって、おカネの運用に精神的エネルギーを費やすのは、あまりオススメできない。仕事(or仕事能力向上)に対して投資できるのがベスト。その投資対象がないなら、1年に数回チェックする程度の長期投資がいいと思う。長期投資とは、価格チェックが多くても週末の1回、理想的には年に1回で済むようなもの。下がっていても「この会社を信じて負けたならしかたない」と思えるくらいなもの)

第6章 モチベーションについて考えよう

「小さいやる気を大きく見せる」方法など、スーパー実践的テクニックなどが6章。行動の軸がシンプルで:

元気がない時は、一切仕事をしない
仕事では、やる気やモチベーションを考えない、ただやるだけ

SNS運用では、「心の中に独裁者を飼う」という名言が登場する。SNSにダメージ受けやすい人なら額縁に入れて飾っておきたいレベル。

第7章 事業を継続させる方法を考えよう

7章は、商売が軌道に乗り、営業利益で月100万円以上出せるようになってからの手法。「最大の努力で最小の成果」という法則が詳しく説明される。

最大努力とは、具体的には、この本を書くのに、初稿を3日間×1日3万字=3日で9万字を書き上げ、7.5万字まで減らした後で、さらに1日で2.5万字書いて、10万字の1冊を書き上げたという。卍。その後、1日2日くらい寝込み続けた、というのも、メランコリー親和性うつ的だ。

このレベルで生産してれば、たしかに、モチベーションという概念の介在する余地がない。。

そして、

人からどう思われるか」ではなく、
まず自分が生き延びることができるか?

という判断軸は、6章モチベーション論の補足として、極めて重要。

第8章 人を雇うことについて考えよう

8章、鬱の人の元気な瞬間を寄せ集めた会社は21世紀最強の企業になる、とは、ダイバーシティ時代の、1つの将来像になるかもしれない。

日本人は完璧主義で、少しでも不調タイミングがあれば無能認定されがち。しかし人材不足の時代に、多少の欠点のある人材であっても、活かせる会社のほうが強い。しかも、うつ病経験者は、同じような弱者の気持ちがわかるから、優秀なうつ病経験者を使いこなすこともできる。

その結果、林さんの事業では「雇うなら、うつ病の方を中心に」というオリジナルな経営手法が導かれている。スタッフのドタキャンは当たり前、連絡きて1分以内に替わりが見つかっている、というマネジメントもすごい。

第9章 うつの人が生き延びる方法を大富豪から学ぼう

9章はオマケ的な章だが、ありがちな成功者像を疑え!というメッセージ性が一貫している。「内向的でアクティブではないタイプの人たちが結構大富豪になっている」という話だが、「友人の父親の高額納税者」の正体につき、とある有名人をイメージしてみたらおもしろかった笑

第10章 うつの人と社会との関係について考えよう

結論の10章は正論の連打。

今の日本社会は、過剰なまでに一個人に生産性を求められる時代ではないか? 

コロナ後の景気回復を実現するために必要なことは、自分と異なる考え方を受け入れることだ。

正しい。平成的なパフォーマンス宗教にどっぷり浸かっていて、疲れている人は、まずこの章から読み始めてもいいかもしれない。

人間はそんなに立派なものではないと開き直ろう

そして、

今日という一日を生き抜いてください。あなたには価値があります

砂糖いっぱいなフワフワ現状肯定ではない。どんなにセルフイメージが低かろうが、モチベーション低かろうが、体調悪かろうが、今日1日を生き抜くことができれいれば、それは最高の幸福なのである。

これが令和のサバイバル法!

巻末対談 「選択肢」としてのうつ病起業 和田秀樹×林直人

巻末の対談相手、和田先生といえば、僕にとっては『ドラゴン桜』のルーツでもある受験術の傑作古典『受験は要領』の著者:

僕は地方公立高の1年で図書館でこの本を読んで、東大に行きたい気持ちが芽生えた。和田先生は以後、時代が求める精神医学を提供し続けていて、素晴らしい。

結局

以上、本を読みながらGoogle音声入力に喋る、という読み方(書き方?)を初めてしてみたら、こういう文章になりました。

結局、人間関係のストレスが大きいんだなと思う。林さんがうつ病の中で見言い出した働き方は、そのストレスを最小化する方法でもあるから、メンタル元気な人も、選択肢として持っておくといいかもしれない。

ブラックユーモアの中に著者の知性も見える。この点で、東大中退のフランチャイズ系起業家「事業家bot」氏の『金儲けのレシピ』(2020, 実業之日本社):

↑↑↑ とも共通すると思った。こちらは少人数で起業し、リスクを徹底して抑えて(売上ではなく)利益の最大化をめざす、スモールビジネスの成功法則を的確に表した良書だと思う。所有欲を刺激するデザイン性もいい。

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Photo by Yoal Desurmont on Unsplash


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