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女子ロードレース金、数学博士キーゼンホファーに見る、弱者が強者連合に勝つ方法

この6年ほど何かとグダグダしてきた東京オリンピックだが、つまりはスポーツ大会だよ?政治?芸能ショー?しらねーよw

オリンピックとは、世界のトップたちが集まり、全てをかける場。4年に1度とは、生涯にピークは2回くらいしかないということ(最近は延び気味だが)。勝者は各競技にただ一人だけ(残念賞がさらに2席)

チャンスの希少性は、究極の集中力をうみだす。勝てなかった全ての敗者たちも、その領域にまで到達した世界最高のチャレンジャーたちだ。

僕の好きな自転車ロードレースは、7/24土に男子234km6時間超、7/25日に女子137km4時間、ネット中継をClubhouse実況しながら(2日で100名以上お越しいただきましたー)、観た。

男女とも、リスクを取った勝負に出た選手が、みごたえある単身での逃げの果てに勝利。自転車は空気抵抗との戦いだから、単独走は単純計算では圧倒的不利。でも心理的理由などにより、理屈どおりいかないこともある。そんな心理ゲームも含めての自転車ロードレース。

五輪出場者たちは、究極の集中の中で、リスクを取り、自分を信じて、走り続ける。オリンピック観戦とは、その行方をともに見守ることだ。


女子優勝キーゼンホファー/Dr.Kiesenhofer

女子ロードレース優勝は世界ランク94位、ノーマークのアンナ・キーゼンホファー(Dr.Anna Kiesenhofer, アナ・キーセンホーファーとも)。プロ選手ですらなく、スイス連邦工科大学ローザンヌ校(世界大学ランキングでトップレベル=東大とかよりかなり上位)で数学の研究員(ポスドク)を務める30歳のアマチュア。

コーチやスタッフをつけず、スポーツ科学やスポーツ生理学の本を読んで、トレーニングや食事管理など全て自身で行っている。それで世界トップ選手を相手に、長時間の単独走を決めてのウルトラ大金星。

ゴール後の喜びようは半端なく、最初、過呼吸か熱痙攣でも起こしたのか?と心配にすらなった(それがトップ画像の寝転がってた場面)。あとから見ると、単に超よろこんでるだけだった。笑

英語のプロフィールは、Olympics.com, Wikipedia, などあるが、ビジネス向けSNSのLinkedinがあるのがユニーク:https://www.linkedin.com/in/anna-kiesenhofer/

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黒ぶちメガネの写真、進撃の巨人の研究者ハンジみたいだと思ったw

趣味で走り始め、その延長で20歳の2011年からランニングやトライアスロンの大会に出場。ケンブリッジの大学院でも自転車とトライアスロンのサークルに所属している。2014年に脚のケガで自転車に絞り、2017年だけ女子トップチームの1つ、ロット・スーダルに所属してたっぽい。

女子の自転車ロードレースは、男子ほどではないが、女子のプロリーグもあり、自転車メーカーも成長中の女性市場拡大の目的もあってスポンサーする。欧州に根付いた自転車文化もあり、強豪女性プロ選手は多い中で、なぜリケ女のアマチュアが、金メダル獲得できたのか?

レース展開

実質137kmのコース、獲得標高2,692m=箱根2回半以上。細かな起伏が多いので累積すると超タフ:

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経過はシクロワイアードが詳しい:

僕からも書いておくと、10kmのパレード走行で神社境内など通過:

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(競技中の動画キャプチャーは https://gorin.jp/live より)

多摩川にかかる是政橋からが実スタート。直後、キーゼンホファーがまっさきに飛び出て、追ったメンバーで5人の逃げが成立。僕もたまに走ってた尾根幹線道路は細かな起伏が続き、30km過ぎから80km地点の山中湖まで、約1000mを登る。この間、逃げ集団はメイン集団に対して10分程度の差を付ける。

昨日の男子でも、8人→5人の逃げが、勝負ポイントの三国峠前の180kmあたりまで続いていた。このコースと、オリンピックという舞台の特性から、この種の逃げは有効な戦術、逆に先頭集団にとっては危険だと思い、クラブハウスの実況ルームでも喋っていた。(僕のヨミわるくないでしょうと自慢しておきます笑)

ただし、メイン集団は強豪選手が揃い、普通のロードレースなら十分に追いつかれる時間差。特に優勝候補を複数かかえるオランダ(+ドイツ・ベルギー・アメリカ・イタリアなど)にとって、道志みちの登りのうちに勝負をかけ、人数を絞っておいてから、残りの平坦+細かいアップダウンの中で本気で追えるか?という状況かと思っていた。

弱者逆転の理由

ただし、オリンピックでは

1.チームとしての統一作戦が簡単ではない
2.選手とコーチ間で無線連絡ができない

という特殊性があり、協調行動が十分に取れるとは限らない。

実際そうなった。

1.集団優位となるためには、チーム内に役割分担をして、アシスト、というメダル獲得をあきらめる役割を、最大4名のチーム内で2−3人を用意する必要がある。マイナー競技の女子自転車で、貴重なメジャー舞台を犠牲にさせるのは簡単ではない。オランダなど優勝可能なレベルが4人いるし。

2.さらにオリンピックはチーム内での無線連絡ができないルールなので、先頭グループの人数、選手名、タイム差、追いつくための戦術など、詳しく伝えることができない。

後ろを走るサポートカーまで戻れば教えてもらえる。運営側のバイクからはホワイトボードにタイム差などが手書きされ伝えられる。が、それらチームメンバー全員に正確に伝えられるとは限らない。特にレース終盤ほど難しい。

この状況で、逃げた3人のうちの2人まで捕まった時点で、「逃げ全員吸収」という誤解が発生。2位のオランダ選手はゴール地点で、優勝したと誤解してぬか喜びをしていた。ガーディアン記事写真の右:

情報とチームワークが不完全な状況。

ただし、それだけでは、単なる環境。

大金星をおこしたのは、残り40kmほどの籠坂峠の登り途中で、単独走に切り替えたリスクテイク。これがなければ途中で捕まっていただろう。

3人で協調して逃げれば、平均速度は上がるから、メイン集団に追いつかれる地点を先延ばしはできる。しかし、強豪選手そろいの集団に存在を知られてしまえば、その能力をフル発揮されてしまう。実際ゴール時点では、2位に75秒差にまで詰められたわけだから。

レース後、当事者が語っており:

1位 アンナ・キーセンホーファー: 権威あるものを過度に信じるべきではなく、自分で全てを管理していた。〜(メイン集団との)タイム差がボードで示されていたが、その数字を信じるべきかさえも半信半疑だった

2位 アネミエク・ファンフルーテン(オランダ): 残り10km地点で(逃げ集団とのタイム差が)45秒だと聞いていて、混乱していたのはオランダチームではなく他の国の選手たちも同様だった。〜先頭に1人飛び出してから(映像を撮る)TVバイクに状況を聞く以外、後ろとのタイム差を知る方法がなかった

3位 エリーザ・ロンゴボルギーニ(イタリア): 作戦などはなく、自分の感覚に従い飛び出した。それが正しい瞬間だと思ったので、決して後ろは振り返らなかった。オランダが全てを掌握していると思っていたが、強すぎるあまりに策に溺れ、負けてしまうこともある。逃げ集団を追う責任はオランダにあり、スプリントのない私やマルタ(バスティアネッリ)ではなかった。
また、実は(メイン集団が)逃げていた2人を吸収し、あと1人残っていることは知っていた

それぞれ、持っていた情報も、思惑も、違う。これがロードレースだ。

強者の力を発揮させなければ勝てる

結果論ではあるが、情報とチームワークが不完全な中、キーゼンホファーが単独行動に切り替えたことが、その存在を強者連合のレーダーから消すことにつながった。

すごい幸運ともいえるが、これ、弱者が強者連合の中で生き残るための基本手法でもある。自らの存在を消し、情報を与えないことで、強者連合に対し、その力を発揮させる動機を奪った。

前のnoteで1テーマは、個人ベースの起業で大企業に潰されない方法:

それとも通じる話だ。弱者でも、強者の力を発揮させなければ、勝てるのだ。

実力

そしてキーゼンホファーは、単独走に強い。個人タイムトライアルでオーストリア女王を5回取ってるらしい。

これら写真はタイムトライアル専用マシンだけど、上のは、頭を腕を1つに固めた、空気抵抗を極限まで減らして、よく研究してきたことがわかる。
今回レースでも、下のように、頭を下げて背中と平行にした空気抵抗の少ない姿勢で、最後までフォームを保っていた。

気持ち

先のインタビューでのアンナの言葉が良い:

私はペダルを踏むだけの選手ではなく、自分を支える参謀でもある。それが結果に現れて誇りに思う。

若くて何も知らない選手には "これをすれば上手くいく” とコーチや周りの人間に言われる危険がつきまとう。私も一時それを信じ、そして被害者の1人だった。だがいま30歳になり、何かを知っている人なんていないことを学んだ。なぜなら本当に何かを知っている人は「知らない」と言うからだ。

私はアマチュア選手だが、頭の中は自転車のことで占められている。この1年半を今日のレースに向けて取り組んできて、良い結果を得るために生活の全てを捧げてきた。私にとって良い結果とは25位程度で、たとえの順位でも十分だった。だから勝利できたなんて信じられないご褒美だ。

今後についてはわからない。だけどいまの仕事を続け、これまでと同じように走るつもりだ。もちろん自信という面では、この勝利は私を違う人間に変えるだろう

2位のファンフルーテンもガチに強かった。実力は世界No1.

しかしこれは物語の一面にすぎず、美しい銀メダルを獲得することができた。〜オランダチームとしてアンナ・キーセンホーファーという選手を過小評価してしまい、今日はみんなで反省会を開きたい。だけど、初めて獲得した五輪のメダルを誇りに思うし、この気持が時が経つにしたがい増していくことを願っている

3位ロンゴボルギーニ

このメダルは母、父、兄弟、甥とボーイフレンドに捧げる。私たちはともに多くの犠牲を払い、彼女たちは私を見捨てずそばにいてくれた

21位 與那嶺恵理さん

全てを掛けて、この日のために。 あと一歩でした。 世界で戦い続ける、その意味と厳しさと喜びを日本の皆様へ伝えることが出来たと思います。〜金子選手、厳しいレースの中、ボトルを運んで頂きありがとうございました。酷暑の中、とても助かりました

金子広美さんも43位完走すばらしい。旦那さんの趣味に付き合って結婚後に自転車を始めた、市民サイクリスト出身の40歳。出場2枠に入ったこと自体がすごいし、エース支援の役割を果たしつつ、制限時間内にゴールし、公式記録に記録も残すのは、最高の結果だろう。

オマケ:研究者としてのキーゼンホファー博士

ケンブリッジ大で修士、カタルーニャ大で博士号を取得。偏微分方程式が専門らしい。Google Scholar で"Anna Kiesenhofer mathematics" を2010年からで検索すると56件の論文がヒットした。

https://scholar.google.co.jp/scholar?hl=ja&as_sdt=0%2C5&q=Anna+Kiesenhofer+mathematics&btnG=

五輪直前の6月には、「n = 4次元における半波マップの小データの大域的正則性」と題した論文が公開されている:

DeepL翻訳では、「R4+1上の半波動写像問題(ターゲットS²付き)が、臨界ベースのベソフ空間で小さい滑らかな初期データに対して大域的に正則であることを証明する」と意味不明で、「空間4次元・時間1次元の波動方程式についての定理の証明」ということらしい:

こういう理系インテリは、タイムトライアルやヒルクライムのような、単純な力比べ要素の強い自転車競技に強い印象ある

僕の2017年の市民トライアスロンについての社会学研究書『覚醒せよ、わが身体。─トライアスリートのエスノグラフィー』でも幾らか解説してます:

オリンピックについては、トライアスロン男子金メダル獲得、ブルンメンフェルトの重量ランニングについて分析もどうぞ:

最後に、大事なことを繰り返しておこう。

チャンスの希少性は、究極の集中力をうみだす。勝てなかった全ての敗者たちも、その領域にまで到達した世界最高のチャレンジャーたちだ。

五輪出場者たちは、究極の集中の中で、リスクを取り、自分を信じて、走り続ける。オリンピック観戦とは、その行方をともに見守ることだ。

この1年半の制約は、その価値を大きくしていると僕は感じている。
共感する人達へ、一緒に楽しもう。

<ほうこく>

note公式 #スポーツ記事まとめ に7/27掲載。13本めかな?

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