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アシックスのアールビーズ買収まとめ

2022/08/18、アシックスが、雑誌「ランナーズ」、ランニング大会予約システム「RUNNET」など展開するアールビーズ社の買収&子会社化を発表。アシックスが65%、残り35%を日本テレビが取得。

ざっくり、「創業経営者(75歳)の引退にあたり、必要な引受先として、アシックスが名乗りをあげた&選ばれた」ということ。もっと情緒的にいえば、日本のランニング文化を半世紀近く育ててきた功労者に、日本のランニング市場を代表して、大きな退職金(=数十億円と見込まれる買収金額)を贈呈しつつ、今後の活動の保証人になる、という感じ。もちろんアシックスと日テレはその金額以上に儲かると期待している。

以下、情報まとめた。

※2022.12.26追記

橋本治朗さんインタビューが日経ビジネス(12/23)に。高収益を実現したランニング特化のITサービスだが、今後は世界競争が激化するだろう。「ASICSなら対等に戦ってくれる」的な事業譲渡だったと。正しいと思う。

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アールビーズ社とは

1975年創業、経営トップ2名はともに1947年生=75歳。中心の橋本治朗(はしもと じろう)氏についてわかる希少なネット情報に、法政大学小川孔輔教授(社外取締役)マーケティング論の講義録(2014年7月)がある。

【歴史ざっくり】

  • 1970年代、おそらく20代後半の男女が皇居ランニングで出会い、

  • ランニング雑誌がなかったから自作しよう!となり

  • 自室で編集会議、ボランティア中心のミニコミ誌(死語か)的にスタート

  • 書店に持ち込みで販路を拡げながら、

  • 1985年の大会計時、1988年イベント開催、1996年大会ネット申込、2000年代に東京マラソン運営参加、などIT技術を活かし事業拡大

失敗事業もあけすけに語っていておもしろい。

トライアスロン専門誌(トライアスロン・ジャパン)については、僕もトライアスロン開始した2010年頃に国会図書館でバックナンバーを読み漁ったものだ。橋本氏は「編集長の力量不足」みたいなことを語っているが、まあ、単純に市場が小さすぎたのはあるだろう。限られた市場でローコスト運営を続けるのは大変。(なお2010年当時の僕の印象として、参考にはなるが、トレーニング情報ばど情報量がもっとあればいいのに、とは思った。ネットのない時代で、情報を事実上独占していた時代なので)

皇居ランニング・ブームでランニングステーションを開業したが、「手もみチェーン店」にコスト的に敵わなかったとか。なるほど。

橋本氏のチャレンジ精神、事業への情熱、失敗を乗り越えながら成長させる経営力の高さ、などよくわかる。いずれ自伝的な本が出版されることだろう。

これ以外に同社の情報源としては、1976年から2018年(?)まで40年にわたり編集長をつとめた下条由紀子さんコラムも貴重情報。

5回までで更新ストップしており、やはり、自伝的なのの出版が待たれる。
創刊号の最初の広告がアシックスのスパイク。最後のお買い上げ主もアシックス。運命か。

「ランナーズ創刊物語(5)」最初の広告は「アシックスのスパイク」

【財務ざっくり】

買収発表時の資料では、コロナ前2019年の売上が58億円、純資産23億円、経常利益2億円。すばらしい。さすがに2020年は特別損失、2021年は営業赤字、と苦しんでいる。
買収金額は非公表だが、仮に2019年を基準に、「純資産+経常利益の5年分」と算出すれば33億円。利益10年分なら43億円。そのまま夫妻への退職金となる。長生きして有効利用していただきたいものだ。

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日テレ8/18リリースより: https://www.ntvhd.co.jp/pdf_cms/news/20220818.pdf

事業の継承

アールビーズ社が、どこかのタイミングで、大企業などに会社を売るのはほぼ100%レベルで予想されたこと。今回の注目点は、

  1. 75歳まで夫妻が現役で自主独立でがんばっていたこと

  2. 売却先がアシックス&日テレなこと

  3. 買い手の戦略=新生アールビーズ社の独立性、だろう。

1.について、2014年講義で、当時67歳の橋本氏はビジネス意欲マンマン。インタビュー「4 何が理由で40年会社が存続したのか」で、

"会社が存続してきた3番目の理由は、独立独歩でやってきたということだ。力を持つ。どこであろうと、系列には入らない。"

http://www.kosuke-ogawa.com/?eid=3499

と、自主独立への情熱を語っている。ということは、それ以前にも「株売って」という提案は多かったのだろう。でも「力を持つ」=安定した資金力によって、自主独立を保っていた。

この発言から8年後、今回の売却とは、自主独立の終焉。しかも相手は、シューズメーカー+メディア、という存在自体がバイアスである大企業だ。逆をいくことを決めたのは、75歳という年齢の圧倒的な重さだろう。

成功した創業経営者とは生き物として別格であることが多く、かなりな高齢でも超元気なことが多い。

ランナーズ誌の編集長も、2018年まで下条さんが70−71歳まで続けてる。新編集長は元箱根ランナーの黒崎悠さん、当時33歳かな。(2021年3月の黒崎さんインタビュー)

創業経営者の最後の大仕事が、後継の体制を決めること。

この規模の会社なら、お子さん後継者となるケースが多い。株が相続されるからスムーズだ。有能な社員だと、社長にはなれても、株を売るにふさわしいかは別。今回なら、売却後の新会社の社長に37歳の黒崎編集長が就任するが、数十億円を調達して株買う?てなる。社員で分けると後が大変になるのは、鎌倉殿の13人をみているとわかるだろう。

https://www.nhk.or.jp/kamakura13/

企業規模がもっと大きければ、株式公開し、株を分散させながら、後継の社長を選抜育成していく。スタートアップ全盛の今だと、こっちを目指すケースが多い。ただ、そもそも自主独立を重視する独自資金力もある会社、上場めざさないタイプの経営者だと思う。

創業メンバー2人で全てをコントロールする経営姿勢は、ここまでの成長を実現したが、その強さゆえ、社内後継者の育成にはプラスではなかった、ということはありうる。ソフトバンクの孫さん、日本電産の永守さんなど強すぎる創業者に後継者が定着しない事例もある。それだけに、自力でできるところまではやりきり(最後はコロナ対応の大逆流をのりきるまで)、委ねる以上は完全お任せ=全株売却して退任、となった。

つまり、数十億円用意できる誰かが買う運命にあった。

アシックス

その筆頭がアシックス。シューズ性能ではNIKEと同等でも、経営指標&株価では激しく劣るアシックス。ただランニング分野は世界的に強い。今回の発表では、

①マーケットシェアの拡大、②マラソンにおけるプレゼンスの向上、③ECシフトによる収益性向上、④データを活用したランニングエコシステムの構築を通じて、全てのランナーに対してパーソナライズされた最高のランニング体験を提供

と説明する。今回の買収で、アシックスーRUNNRTの相互集客ができる、と言っている。相互、といってもカネ出すのはアシックスなわけで、ある意味、顧客リストを買う、ともいえる。(※法的に「いきなりアシックス社員がRUNNETを覗ける」とかはダメで、「紹介できる=無料広告出せる」という程度のが基本かとは思う)

ただそれ以上に、ランニング文化を盛り上げたい、という大きな目的があるようにも感じる。スポーツ系製品は、そのスポーツの文化・土壌なくして、存在しない。そもそもアシックスのランニングシューズの世界的な競争力は、日本の幅広いランニング&マラソン文化あってこそ、育ったものだろう。

その文化を育ててきた功労者の一人に、何十億円かの退職金を払いながら、活動をまるっと受け継いだわけだ。

アシックスが協力するランニングイベントが、より盛える未来を期待できるのなら、よいのではないかな?

【グローバル展開?】

発表文では触れられていなかったテーマだが、「グローバル展開」にも期待したい。世界各地のランニング文化にあわせ、多言語で、雑誌や運営システムを現地展開していくことは、未知数なポテンシャルあると思う。

アールビーズ単体では(少なくとも前社長のもとでは)難しかったことだろう。アシックスも、サービス事情を世界各地で器用に展開する能力が現状あるか?といわれるとハテナ???なのだが、、、少なくとも投資継続できる企業体力はある。このたび新たなサービスを手にすることで、どこまでチャレンジできるか期待したい。

日本テレビ

35%を取得するが、どちらかというと、アシックス単独だと色が濃すぎるので薄めてみた、という割材のソーダのような存在かなという印象。そして買ったのはテレビ事業というよりは、子会社のTIPNESSの方かと思う。

スポーツジムのティップネスは、1986年にサントリーが健康事業の一貫として始めた新規事業で、丸紅の始めたジムと合併している。これを日本テレビは2014年に244億円で買収。当時の目論見では、「テレビをはじめとした同社のコンテンツ事業ノウハウを活用した、従来にない価値創出や新たなビジネス展開によるサービス提供の実現が可能と考え」、とあるけど、8年経った今なにか具体化されてるのかな?笑

なので、ガチランナー多数のRUNNETとのマッチングは良さそう。ティップネスはコロナもあって赤字続きなので、安定した配当収入が見込める(といってもコロナ前の水準で年2000万円レベルだが)ので赤字を少し埋めれそう。アシックスがいなければ、単体で買っていてもおかしくない会社だ。

まあ、日本テレビ自体とのコラボもなんらかあるのかもだ(が、ティップネスとの8年間を考えると、あまり期待しなくていい気もする…)

あと、メディア企業によるスポーツ運営企業の買収例としては、
note:「エイ出版社の民事再生とドリームインキュベータ社」2021年2月
でも触れた、世界的お金持ち企業であるAdvance社(コンデナスト社)による、トライアスロンの「IRONMAN」800億円買収などがある。

雑誌ランナーズの多角化の成功は、昨今の雑誌メディアの動きからみても、先進的だった。

今後の独立性

ランナーたちが注目するのは、雑誌ランナーズと、主催イベントの、今後の独立性だ。

雑誌ランナーズは、シューズ・ウェアなどモノ情報より、ランニングという体験についての情報を発信する場、という位置を明確にすることで、まあまあクリアできるのではないだろうか? 他社シューズの広告も入れていけばいいわけで、新たなシューズの登場でランニング文化が活性化することは回り回ってアシックスの利益にもなる。(ナイキの仕掛けたカーボン化も、アシックスは結局は利益を増やすと思う)

雑誌部門を売却、という可能性も一応ある。現実には無い気するけど。

競合誌『クリール』もあるし。とりあえずシューズ比較などの記事では。多くの読者は、なんとなく、こちらの信頼性が高いようなイメージを持つことになるかもしれない。こうゆうのも抑止力になる。

大会エントリーや運営については、日テレ以外のTV局が関わる大会が嫌がることはあるかもしれないが、まあそれはそれで別システムを使えば済む話だろう。

結論として、ランニング文化を守り育てて自次世代に引き継いでゆく過程、と見ておけばよいだろう。

雑誌の廃刊ラッシュから逃れられた理由

8/22追記:
雑誌の売上は落ち続け、この20年間で1兆円もの売上が消えた。その分(以上に)、ネットにおカネと人が移動。

(出典 ↓ 会員登録すれば全文よめます)

そのネットでは、大量の無料ネット情報がライバルになるから、有料で購読してもらうのは簡単ではない。Web移行は必須だが、移行した先も厳しい撤退戦になることが多い。

そのレッドオーシャンと無縁でいられたのは、1985年の大会計時(当時橋本社長38歳)、1996年大会ネット申込(同49歳)、という「サービス」、あるいは「情報が活用される場面」へのシフトが成功したからだ。

今では「モノ消費からコト消費」といわれる、体験経済へのシフト。さらに当時最先端のオフィスコンピューターやインターネットなどの活用が最速だった。

この柔軟性には、社長の当時30−40代という若さも、影響しているのではないだろうか?

アールビーズの新社長、黒崎悠さんは今37歳かな。アシックスや日テレの若い社員たちと一緒に、新しい時代を創ってもらいたい。

Photo by Lisa Woakes on Unsplash


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