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エイ出版社の民事再生とドリームインキュベータ社

日本人は、東京マラソン初開催の2007年頃から、アウトドアで身体を気持ちよく動かすライフスタイルに対して時間もおカネもを使うようになっている。エイ出版社は、この分野で人気雑誌をいくつか持つのに、その美味しいポジションを活かせなかった。2/9民事再生へ。(負債62.7億円

ショックが広がっているが、悪影響は実質なくて、こういうことだと思う:

・エイは経営多角化に失敗(バブル期あるある)
・主要雑誌には可能性あるから投資会社に買われた
・民事再生で借金チャラにできてオトク(※銀行など除く)
・さらに新しい展開も期待できる ←ココ大事

その立ち位置ならもっと稼げるぞ!と早速買いに入ったのがドリームインキュベータ社だ。スポーツビジネスとか興味ある人は、この動きを理解しておいたほうがいいと思う。

僕の著書『覚醒せよ、わが身体。─トライアスリートのエスノグラフィー』も同社と同じく、スポーツが豊かにする人生がテーマ、世界観が共通する会社だ。情報を5,000字ほどで整理した。(3/18更新)

買い受けるおカネ持ち企業たち

悪影響がない、とは、主要な雑誌ブランドは残るから。2020/12/9に東証1部企業、ドリームインキュベータ社(DI)が主要雑誌+編集機能を買収。スタッフ約140人も雇用継続される。買われた24の雑誌は、登山/ハイキング、ランニング、サーフィン、自転車、ゴルフ、釣り、ヨガ、などのアクティブ生活が中心かな? あとデジタルマーケティングぽいもの。「FUNQ」はこれらまとめたサイトの男性向け、「YOLO」が女性向け。

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さらに2/9にはモーターバイク系3媒体の実業之日本社による買収、2/11にはファッション系+飲食事業の譲渡が発表。「世田谷ライフ」はエイに残ってるようだが、人口100万の小金持ち区のいろんな店舗に高確率で置いてあるニッチ強者、消える気がしない。

つまり、情報自体の価値は高く、その使い方を修正すれば再生可能、と判断されている。買われ方も、それぞれに世界観あるグループで、相性のいいおカネ持ちとマッチングした感じだ。

実業之日本社にはオートバイ好きな編集者がいるかもしれないが、同社は金融系フィスコ社との関係も深い実業力の強い会社(名前どおりに)。ファッション系媒体を買ったのは、『ディスカバー・ジャパン』を2018年にエイから買った会社の追加購入。著名投資家谷家衛氏が会長を務め、おカネ持ちの文化サークル的な雰囲気だ(←妄想デスm(__)m)

そもそも民事再生とは事業継続を前提に、銀行などの大きな債務を半強制的に削るための仕組みだ。「あの雑誌がーー!!」とみんなが残念がってるブランドなら、まあ継続されるだろう。

事業投資会社としてのドリームインキュベータ

新しい展開に期待できるのは、ドリームインキュベータ=DIの登場による。創業の堀紘一氏は大企業むけ経営コンサルティングで著名だが、DI社はベンチャー事業投資でも実績があり、ペット保険No2のアイペットホールディングス(2/12時点で時価総額234億)の57%シェア=133億円相当を持つ。なおDI社の時価総額は125億円、えマイナス8億?笑

ペットを大事にする暮らしと、エイが得意とするアウトドア的ライフスタイルとは、世界観がある程度共通しそう。実際、DIの半田勝彦氏(新会社ピークスの会長兼任)は2/5インタビュー

「ライフスタイルに寄り添った雑誌〜ファンの属性がしっかりしており〜アフターコロナ時代に人生を豊かにする趣味の必要性はいっそう高まる」

「今後は、24メディアによって得たデータを活用したい。雑誌以外のものを対象とした物販や、ファンの囲い込みによるコミュニティー形成などが挙げられる」

などと語っている。この方、博報堂時代に東京ガールズコレクションを社内起業した実績もあり、単なるキラキラワードの羅列ではないはず。

同じ2021/2/5のプレスリリースで、DI社は「ファン・メディア・スタジオ™」として

・生活者の「好き(ファン)」に寄り添いながら、専門性に特化した趣味メディアからコンテンツを発信
・深くダイレクトなエンゲージにより強固なファンコミュニティを築き、さまざまなD2Cサービスを提供
・デザインやコンテンツプロデュース、デジタルソリューションを企業(ブランド)へ価値提供

を形成すると発表。このキラキラワードは何をいっているのかな?

雑誌の価値の変化

まず前提として、ビジネスとは消費者接点の奪い合いだ。GoogleやFacebookはその最強勝者。趣味性の強いメディアは、狭い領域ながら、強い接点を持つことができる。

海外でも、紙メディアを投資会社が買ってデジタル化をすすめる例は多いよという記事もある(2020/12):

つまり、雑誌という形態そのものは縮小市場であっても、「消費者接点」というビジネス全体の視点からは、別のチャンスがある。

つまり雑誌の価値の変化:

「有料情報パッケージ」→ネットに押され衰退
「販売接点」→じつは成長中

趣味性の強さ=人生にとっての意味の強さ。だから時間もおカネも使う。これを情報支援しながら、買い物まで直でつなげるのが、デジタル化だ。

このビジネスを成立させるのには、昔ほどの部数はいらない。個人インフルエンサーなら、フォロワー1000人規模でも、生活できる以上に稼げてる人もいるくらいだ。

それを実現させる1つが「データ×コミュニティ」という軸。

データ×コミュニティ

具体的に僕が1つ注目したのは、女優・ヨガインストラクター松本莉緒さん:

旧エイ出版は、2019年5月からFUNQ、女性ターゲットのYOLO、と統一された世界観あるサイトを運営している。そのYOLOで、シスコシステムズ社「Cisco Webex」の広告記事だ。

ZoomはCiscoの技術者が独立した会社、Cisco WebexはZoomの成功で慌てて後追いしたような製品。大企業の情報システム部門に信頼される技術力はあり、おカネもあるが、一般の存在感はほぼゼロ。ここに注目するのはおもしろい。偶然かもだが。

オンラインヨガといえば、2020春からの状況でSOELU社が伸びている。

(先日の江頭2:50キャンペーンで2等のPanasonicスチームアイロンあたったwお礼こみで紹介アザマス)アメリカではオンライン室内自転車のペロトン社が絶好調だ。

すると、DI社がこのマーケットに参入するシナリオもなくもないかも? この松本×シスコ的な座組みを拡大すればいいわけで。

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読者とのコミュニティ要素について、現場をしきる新社長となった白土学氏が、2019年11月の博報堂イベントで語っているのは

たとえば編集長のような人はメディア露出もあれば記事も書き、非常にトラストを持っている〜そういう人が、ある特定のお客様に対して1対1で時間提供すること自体を、大勢の方に見てもらってコンテンツ化するということもあります

出版社の幹部と顧客とがダイレクトにつながる状況を予想している。ちなみに昨夜、Clubhouseで高広伯彦さんなどがエイ社をテーマにRoomひらいて長時間盛り上がっており、そこでも似た話が出ていた。(このnoteも大半はClubhouse聴き流しながら書いた)
こういう実験がこれから新生ピークスを舞台に見られるかもしれない。白土氏は枻出版社からの社長登用だが、半田氏と同じく博報堂出身、ついでにKBS(慶應義塾大学大学院経営管理研究科)MBAも同じ。デジタル経営感覚ありそうだ。

エイ出版社の敗因仮説「新刊ラッシュ自転車操業」

エイの民事再生に戻ると、ネットでは「雑誌は厳しいね」的なコメントが目立つ。実際そうだろうが、しかし本件、雑誌自体よりも経営面の失敗が大きいように見える。

ゴルフショップ・飲食店・住宅建築設計…と雑誌の成長時に、本業以外に多角化している。1980年代のバブル期のような状況かな。2017年は売上102億円、社員298人が、2020年には55億円152人、と3年で売上も社員数も半減している。おそらくその間、儲からない新規事業を必死で切りまくったが、間に合わなかった感。

このヨミを裏付けるのが、ジーンズ専門サイトAiiRO DENIM WORKSのコラム、「エイ出版社が民事再生。どうなる?アメカジファッション誌。」(2/10)。数年前から資金繰りに苦しみ、「自転車操業的な新刊ラッシュ」に走っていた模様:

❝エイ出版の経営が非常に厳しいことは2年前から噂になっていて、書店の取次からの返本を埋めるために新しい本をハイペースで出版して納品するなど、自転車操業的な面が目に付く状況 〜 ここ数年はアメカジ的なライフスタイルにこじつけた車や住宅関係の特集が多く、もはや読者よりも広告主を意識した内容が続いていました❞

出版社はおカネがなくなると、売れそうなタイトルでコンテンツ集めてデザインして印刷して卸に流せば、定価の6割分とかのおカネが入ってくる。「条件付きのおカネ」を印刷するようなものだ。条件=ただし返品されない限り。笑

出版社とコミュニティ運営

では、どんな手がありえたのか?

1つのアイデアとしては、上記の逆、リソースを新刊ではない方向にむける手はありえたかもだ。実例をあげると、トライアスロン専門誌のLUMINA誌は創刊2011年? 当初月刊だったのが今や年4冊の季刊。

ヘビーなトライアスロン読者層は僕自身の肌感としても小さくて、新刊を突っ込み続けるのは無理筋。

かわりにD2C=直接販売を強化し、

1.定期読者化
2.スクールや大会などのイベント開催
3.自社開発ふくめた物販

などにリソースを回している。

おそらくその源流が、月刊「ランナーズ」誌のアールビーズ社。創業1975年、書籍コンテンツに依存せずに、イベント運営を(運営ITシステム含めて)主要事業としている。LUMINA誌もここの出身者による創刊だと思う。

Advance社/コンデナストの場合

出版者がリアルのイベントに入る例としては、GQ・VOGUE・WIRED誌などを発行するコンデナストの親会社、アメリカのアドバンス社が、トライアスロン大会の主催企業WTC(World Triathlon Corp)を800億円で買収している。しかもコロナまっただなかの2020年3月に。

当時書いたnote:

ちなみにアドバンス社が先日のネット仕手株?GameStop急騰の場となったReddit(レディット)の大株主。株式非公開の会社なので長期目線で見てるはずで、トライアスロンをどう活用してくのか、時間はかかるだろうが注目している。

<2021.3/18追記>
そのアドバンス社グループの子会社、コンデナスト社の日本支社が、ラグジュアリービジネスのノウハウを活かした「コンデナスト富裕層総研」を設立すると発表:

つまりアドバンス社グループ全体でみれば、欧米アッパー向けトライアスロン大会を800億円で買収し、日本では「東京都心マンション+外車+スイス時計」的な広告サイトを運営する(事例参照↓)

世界の所得上位層に接触するために、あの手この手を使っているのが、Advance社だ。

このコンデナスト富裕層総研のやろうとしてるのは、「ブランディング、KPI設定、サイト開発や運用、コンテンツ制作、SNS運用(クリエイティブ・投稿・広告運用)、デジタル広告、データ分析」などの流れのワンセット受託ぽい。その結果、見込み客を広告主の営業部門に渡せることが、大きな価値となりうる。図はコンデナストのサイトより ↓

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伝統的な雑誌は、記事=コンテンツに広告をつけているだけ、お客さんを渡せない。この壁を超えられるか?が今のメディア経営の勝負だ。

物販

DIが目指す物販では、トライアスロン・ルミナもやってるし、自転車だと「IT技術者ロードバイク日記」がAmazonアフィリエイトその他の物販収入だけでも結構あるような気がする。

そもそも高額な器材を要する趣味。登山とかキャンプとかもそうだ。だから広告が入り、雑誌経営が成り立つともいえる。

高額なお買い物は、アドレナリン上がるし、同時に失敗もしたくないので、信頼できるレビュー記事にはおカネを払ってでも欲しい。ここは広告主に支配される雑誌の弱点でもある。

この点、副業運営される個人インフルエンサーは強くて、IT技術者さんはFacebook1.7万Twitter1.1万フォロワー、この数字以上に影響力が大きい印象ある。中の人は自費でいろいろ購入してのレビュー記事も多く、考察も確かで、信頼性が高い。僕も読んでるとナチュラルに買いたくなる笑。

雑誌独自の価値とは?

このように個人の存在感は上がってはいるけれど、雑誌には当然に独自の価値もある。複数の専任の専門性ある編集部員が長期的にコンテンツ計画され作り出されるのは、個人インフルエンサーには真似できない。雑誌的なものメイン、個人が補完、くらいのポジショニングだろう。

たとえばBiCYCLE CLUB (バイシクルクラブ)3月号の特集は「自転車筋肉速成マニュアル」。筋トレの理論が進化し、採用するサイクリストも増える中で、「今だから出せる情報」はある。

「同じ情報が繰り返される」という批判もよくみるけど、それは個人の印象、そうでない人もたくさんいるわけで。そもそもネット記事だって同じこと、真に新しい情報なんてほとんどない、でもみんな見ているわけで。

ただ、筋トレ大事ですね、そこで栄養とか器具とか、、と消費ニーズが顕在化した時に、今強いのはそれ専用の個人インフルエンサーだったりもする。そして最後はAmazonが儲かる。ここの流れも整えていけばチャンスが拡がる。

結論:紙での成功体験があり、そこに固執することで沈んでいった事業の、新たなチャレンジに期待しよう。

< トップ画像「エイ」元データ↑ >

サポートいただけた金額は、基本Amazonポイントに替え、何かおもろしろいものを購入して紹介していきたいとおもいます