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中国はなぜ覇権主義に突き進むか(4)

 皆さんこんにちは、ハトヤブと申します。中国が覇権主義に突き進む理由の考察。今回が最後となります。


 中国の不動産不況

 現在中国経済が荒れております。その象徴的な出来事は恒大集団の破綻危機から始まる中国不動産バブルの崩壊でしょう。1990年から2010年代にかけて「世界の工場」として成功した中国は高度経済成長期に入り、国内のインフラ整備も進みました。中国では国土の私有は認められてないものの「使用権」は解放されており、不動産会社は資金を集めて地方政府から使用権を買い、マンションなどの住居を立てて入居者を住まわせることができます。

 この時、資金を集める方法として銀行の融資だけでなく、事前に入居希望者を募って前金を受け取ったり、投資信託の融資を受けるといったことも行われていました。そして「買った」土地を担保にさらに融資を受けて土地使用権を買い、それに事前入居希望者と投資会社が融資して……といったように投機目的の不動産取引が過熱していったのです。その結果中国国内には入居可能な空き家が30億人分もあるという、需要と供給を完全に無視した状況になっていたのです。

 それを問題視した習近平は「三条紅線(三本のレッドライン)」政策を実施、投機目的の不動産売買を規制します。その結果不動産会社の多くが資金繰りに苦しくなり、ものによっては建設途中のまま放置されてしまい事前に前金を払った入居希望者が抗議する事例も少なくありません。しかもこの土地使用権の売買は地方政府にとって有力な財源となっていたほか、多額の投機をしていた投資信託会社も多方面への投資も担っていただけに芋づる式に苦しくなるという、もはやバブルの崩壊と評せる状況となってしまいました。

 投資しろ!だが干渉するな!

 こうした中国経済に外資が反応し欧米の投資家たちは中国からの資金引き上げを始めました。2023年の外国からの対中直接投資は前年度より82%減少し1993年より30年ぶりの低水準となりました。

海外からの対中直接投資の減少(出典:中国への直接投資、23年は30年ぶり低水準-外資が資金引き揚げに動く,ブルームバーグ日本語版,2024.2.19.,https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2024-02-19/S92WA9T0G1KX00)

 それに危機感を持ったのか3月24日の中国国務院主催の中国発展高層フォーラムに参加したアメリカの財界人たちを27日に非公開の会合に招いて投資を促しました。アメリカが送ったメンバーには米中関係全国委員会のスティーブン・オーリンズ会長と米中ビジネス評議会のクレイグ・アレン会長のほか、半導体大手のクアルコムのクリスティアーノ・アモンCEOや投資会社ブラックストーンのスティーブン・シュワルツマンCEOなどと、大物ぞろいでした。アップル社のティム・クックCEOもフォーラムに参加しましたが、会合には呼ばれなかったそうです。

 中国共産党の総書記でもある習氏は、米中両国がデカップリング(切り離し)に向かう必要はないとし、米企業が中国に投資することを望んでいると述べたと関係者は明らかにした。
 習氏はまた、国内経済の問題を認めた上で、当局はそれに対応可能で、中国経済はピークに達していないとも語ったという。この関係者は会合はオープンかつ率直な雰囲気だったとの見方を示した。
(出典:習主席、米企業経営陣に対中投資促す-中国経済のピークはまだ,ブルームバーグ日本語版)

 関連報道では一見前向きに書かれていますが、投資の回復は思うように進んでいないようで、ロイター通信も習近平の経済政策に懸念を持っているようです。

 ただ、アナリストは中国が成長ペースを維持しつつ、同時に経済構造を変化させるのは不可能ではないかとみている。
ナティクシスのガルシア・エレロ氏は、中国は成長ペースがじりじりと切り下がっていく流れをほとんど止められておらず、今年序盤の好調さも新たな成長の芽吹きとは言えないと説明した上で「5.2%は(成長の)底ではなく、天井だ」と言い切った。
ロディウム・グループの見積もりでは、昨年の中国の実質的な成長率は公式統計よりずっと低い1.5%だった公算が大きい。不動産市場の低迷や消費抑制、貿易黒字縮小、地方政府の資金繰りへの打撃などが背景だ。
(出展:焦点:成長復帰へ中国の不安消えず、適切な処方箋と新エンジン不在,ロイターニュース日本語版,2024.4.2.,https://jp.reuters.com/economy/6GWEAZKRDVIFZLZYSV35SD54QY-2024-04-02/)

 懸念は当然不動産市場の低迷でしょう。他にもスパイ防止法の強化や香港への統制強化、さらに台湾侵攻の可能性など、外国の民間人が安心して投資できる環境ではなくなっています。加えて国内では「国進民退」という、国営企業を強化して民間企業の引き締めを強化するなど、欧米が求める構造改革に逆進するような動きもあり、新たな中国進出には慎重になる傾向が強まっています。

 前述の非公開の会合で習近平がアメリカ財界人と何を話したのかははっきりしていませんが、一説には「仲良くしたければ、内政干渉するな。核戦争で共に滅ぶ事態は避けたい」とほとんど恫喝のような発言もあったのではないかとされており、EV過剰生産をめぐる摩擦も相まって米中間の緊張はまだまだ続くと予想されます。

 こうして見てみると外交面における中国の不器用さが目立ちます。鄧小平時代の韜光養晦戦略が嘘のようです。これまでも(1)(2)(3)の記事で考察してきたわけですけれども、あまりにも彼らは攻撃的でかつ自己中心的すぎるように感じます。なぜでしょう?「そういう民族性だから」と決めつけることはできません。中国人民に対する誤解と偏見につながります。

 ならなぜか?それは中国が覇権主義を突き進む理由は私が挙げた四つの漢字
 欲・統・怒・恐
の最後の文字、恐(恐れ)にあります。彼らは何かをとても恐れているのです。

 恐~滅びの記憶

殷・周・秦・漢・随・唐・宋・元・明・清・中華民国・中華人民共和国……中国の時代区分ですね。ですが日本の時代区分と明らかに違うところがあります。それは時代ごとに国も皇帝も異なっているということです。例えば秦は紀元前221年に中国を統一してわずか15年で劉邦に滅ぼされます。その後劉邦が即位して建国された漢は四百年余り続きましたが220年に三国志で有名な曹操の子曹丕によって滅ぼされています。

 特筆すべきは歴代中国は常に異民族の脅威にさらされていたことです。漢の時代に整備された万里の長城はピラミッドのような権力の象徴などではなく北方の騎馬民族の侵入を防ぐ壁だったのです。

万里の長城(出典:星沢哲也 ビジュアル世界史 東京法令出版_p33)

 しかし歴史とは無情なもので13世紀にはモンゴル民族が中国全土を征服して元を、17世紀には後に満州人と呼ばれる女真族が明を滅ぼして清を建国しています。そうです、前回「100年の屈辱」として列強から侵略された当時の中国でさえ異民族に支配された「征服王朝」だったのです。つまり今の中国の主流である漢人にとってその屈辱は列強から受けたものだけではなかったのです。

 ここで毛沢東初代国家主席にまつわる有名な逸話を紹介します。1900年代初頭、学生だった毛氏は他の学生と示し合わせて辮髪をハサミで切り落としたという。辮髪とは清の時代の男性が結っていたお下げのようなもので女真族の支配の象徴でした。それを切り落とすことによって異民族支配からの脱却(そして拒否)を決意したのです。

 異民族に支配される恐怖と屈辱は私たち日本人にとってはいまいちピンと来ないかもしれません。何しろ我々の祖先はかの強大な元の軍隊を返り討ちにするほど強かったのですから、外国に支配されたのはつい79年前の敗戦からわずか7年の間だけです。それでも紀元節廃止など日本の文化に少なくない影響を及ぼしていますから、百年以上支配されるとなったらひとたまりもありません。

 もし、異民族に対する恐怖と毛沢東氏の遺訓(異民族支配の拒否)が中国共産党の根幹を担っているとしたら、「中華民族の偉大なる復興」が単なる大国のロマンなどでないことが予想できます。つまり彼らは「殺られる前に殺れ」という殺伐した思想でもって覇権を手にし、脅威になる異民族を支配して抑えるか、異民族そのものを抹殺することで自らの永遠の安全を手に入れようとしているのです。

 そう考えれば今日チベット人やウイグル人に対して行われる目を覆わんばかりの迫害も説明がつきます(決して正当化できませんが)。当然、脅威になる異民族には私たち日本人も含まれるので、将来日本がかの国の意のままになったら私たちは「日本族」と呼ばれて迫害されるでしょう。

 恐れる最強の指導者

 さて現在の中国を語るにおいて、最高指導者たる習近平と言う男を語らないわけにはいかないでしょう。彼は言うなれば「中国の時代が呼んだ独裁者」であり、中国共産党の歴史の集大成であると私は考えております。毛沢東が国を興し、鄧小平によって力を貯めていったとすれば、それを開放するのがこの男です。統では正当な指導者としての概念の確立として「歴史決議」の採択を取り上げましたが、その後の党大会で決まった三期目のメンツは習近平と彼のお気に入りで占められました。

 たとえば、序列2位の李強氏(63)は、習氏が、2002年から2007年まで浙江省のトップを務めた際に、省の幹部らの取りまとめを行う秘書長を務めるなど、習氏と関係が深いとされる人物です。「ゼロコロナ」政策で厳しい外出制限を上海で行ったことで、市民から直接詰め寄られるなど不満を買っていたにもかかわらず、抜てきされました。
 序列3位の趙楽際氏(65)と序列4位の王滬寧(今月末までに67)は、過去5年にわたり習近平指導部のメンバーとして、忠実に習氏を支えてきた人物です。
 序列5位の蔡奇氏(66)は、福建省と浙江省で、習氏の部下として長年にわたって支え、関係が深いとされています。ことし2月と3月に開催された北京オリンピック・パラリンピックでは大会組織委員会の会長として開会式であいさつし、大会の開催を主導してきた習氏のリーダーシップをたたえました。
 序列6位の丁薛祥氏(60)は、習氏の国内視察や外遊に同行するなど、最側近の1人と目されています。2007年に習氏が上海市トップの書記を務めていた際には秘書長として習氏を支えました。
 序列7位の李希氏(66)は習氏の部下で、南部の広東省トップとして、広東省と香港、それにマカオを一体的な経済圏として整備する「大湾区」計画などを推進してきました。
(出典:女性ゼロ、敵は一掃 中国共産党・異例ずくめの人事,NHK国際ニュースナビ,2022.10.24.,https://www3.nhk.or.jp/news/special/international_news_navi/articles/feature/2022/10/24/26419.html)

 反面、優秀だが習氏と確執があったとされる李克強氏は引退、後継者の筆頭候補とまで言われた故春華氏は降格という扱いとなっています(その一年後に李克強は死去しました)。彼らは共産主義青年団に参加しており、胡錦涛前国家主席に近いとされていました。政敵を廃し、腹心の部下のみで政権を固める様に周囲は懸念を高めております。

 しかしそれには彼の生い立ちが関係しております。中国評論家の石平さんは動画『石平の中国真相分析と中国週刊ニュース解説』で「習近平の人間性は少年時代の人格形成から読み解ける」と指摘しています。

 実は習近平さんは、まあご存じの方も多いかと思いますけど、中国共産党の元高官の息子として生まれたんです。彼の父親が習仲勲さんと言う人であって、当時の周恩来首相の右腕として仕事した高官であって、習近平さんはそこの息子として生まれれ育って、要するに「よい所のボンボン」だったわけですね。13歳まではそういう立場だったわけです。当時の中国の高官や大臣たちはいわば「特権階級」なわけですから、すごく優越感を感じた少年時代を送ったのではないかと思うんです。まあ少年時代っていうか子供時代ですね。
 しかし13歳の時に彼の父親が毛沢東主席の粛清にあって失脚した。それに伴って習近平一家が「地獄」へ落とされた。特権も全部はく奪されて、屋敷からも追い出されて、しかも習近平さんね当時通っていた中学校からも追い出されていたんです。それで完全にいじめられっ子になって辛酸をなめたんです。というのは非常に習近平さんにとって強烈な人生体験だったわけです。
(中略)
 でまた彼が16歳の時にね、黄土高原の貧しい山村に「下放」されたんです。「下放」と言うのは当時中国共産党政権が都市部の知識人や若者たちを農村に……都市部から追い出して農村に追い込む、送り込むという政策ですわね。そこで農民と同じように肉体労働をさせられた、っていうのは習近平さんもその一人として「下放」されたんです。しかし考えてみれば16歳の少年一人が山村に下放されて、はっきり言って村人たちがだれでも彼を虐める立場になっちゃうんです。そんな中で彼が生き延びていくためには、結局ね村人たちに媚びまくって、みんなのご機嫌を取って生きていくしかないってのが彼の16歳からの「下放」生活だったんです。(出典:石平の中国真相分析と中国週刊ニュース解説「習近平独裁の研究その2、少年時代らの辛い体験から形成された傲慢と独善の政治人格。人徳と能力のない彼はどうやって最高権力の座に上り詰めたのか」)

 良い所のボンボンから一転して村人以下の存在に……なかなか壮絶な人生ですね。その後20代の習近平は文革終焉による父の復権により政界入りし、後に江沢民派の幹部になる賈慶林や張徳江の知遇を得たこともあって、福建省省長、浙江省党委員会書記、中央政治局常務委員と出世街道を上り詰めていきました。かなりのジェットコースター人生です。

 こういった波乱万丈な人生を歩んできたためか、今の習近平と言う人物は強い権力志向を持っていると石平さんは分析しております。これは逆を言えば権力失墜への恐怖と鏡合わせであるとも言えます。噂では暗殺未遂も何度か起きていることですし、周囲を自分の子飼いで固め、優秀な李克強と故春華を排除したのは彼の恐怖の表れなのかもしれません。そしてそれが対外政策に強硬化をもたらし、覇権主義に突き進む要因にもなっているのです。

 欲・統・怒・恐の国

 ここまで四つの漢字をキーワードに中国の覇権主義について考察してきましたが、いかがでしたでしょうか?香港での自由の消失、ウイグル人・チベット人・内モンゴル人への迫害、これを中国の内政問題として無視するか、1930年代のドイツのような動乱の兆しと注視するかは皆さんの判断です。なおも「中国の脅威などない!」と強弁する人はそれでもかまいません。自由です。

 しかし私が言いたいのは中国の望む世界と私たちの望む世界が異なっているということです。われわれ日本人はここ数十年の世界秩序の現状維持を求めていますが、中国はさらなる発展のため、政権維持のため、歴史の清算のため、彼らの恐怖払拭のための変更を求めています。それはすなわち勢力図の変更であり、地域覇権、ゆくゆくは世界覇権の奪取に到達します。中国問題グローバル研究所の遠藤誉氏は中国と世界の将来について次のように危惧しています。

 アメリカに追いつき追い越そうとしている中国は、今や世界を二極化しながら世界の頂点に立とうとしている。
 世界の二極化だけならまだしも、極端なことを言えば、中国が頂点に立ち制度だけが異なる「世界二制度時代」が来る危険性は否定できない。それだけは何としても避けなければならないのである。(出典:遠藤誉,香港は最後の砦――「世界二制度」への危機,中国問題グローバル研究所,2019年7月31日)

「世界二制度時代」とありますが香港の実態を見る限り、中国一極の支配下に置かれた国が制度的に不変でいられる可能性は皆無です。ソ連の衛星国がソ連と同じ体制であったように、中国政治を参考にした体制へと変容していくことでしょう。当然そんな状況下では自由も民主主義もあったものではありません。

 もしあなたの今の価値観が向こう数十年、孫子の世代まで続いて欲しいと願うなら中国による支配を拒絶するしかありません。当然それは最悪戦争を意味することになります。歴史は繰り返さないが韻を踏むのです。

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