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その作家「すべての御本」を読まないことを勧奨

幕間です。

ある作家の一冊に。
出逢ったとします。

それは「ふっと目があう」ことです

目があったのです。
イラストから?  titleから?

それは「初めまして」と
本の波長に目が止まる状態です。

中身を少しだけ
拝見します。その時「その作家のすべての本を読む」
読み方を

わたしは中止するよう求めています。

例えば、
ざり、と違和感があるところ。

たとえば句読点に違和感がある。

例えば「……..グダグダなのでは」と思う瞬間がある。
あるいは押し付けが過ぎる、と顔をしかめたくなる。

その瞬間
作家作者からの「こう綴っております」という”密室空間”から
あなたは飛び出すことができます。

もうお暇しますね! と
あなたが自由に言うために、パタンとその本を閉じます。

だから「あの本だけは読破ができなくて…….」という
ご意見にわたしは微笑むことにしました。

あなたが嫌、と思う瞬間が
出てきたから本を閉じたのです。それは

作者のせいです。
あるいは機が熟していない。そのいずれか。

「どうしても何度トライしても好きになれない本が…..」

それは
作者とあなたが快適に過ごせない。つまり
作者の人間性をあなたが「苦手」と呟いた瞬間で

それは世界で何よりも正直な言語感覚と思う。

ですから。
ある作家の一冊が輝いているとき, じゃあ隣の本も、と
手を伸ばしても

ふっと違和感が強烈であるなら「今のあなたにあっていません」
つまり「中身を少し読み続けた時」作者とコンタクトが取れるか

ひとは快い、と、不快、で見分けています

他の著作全部を
無理に目を通してゆくstyleを
わたしは全然好みません


前回が深すぎたのに…….今回はなぜ。
それは正しい


2024版の つまり40代のわたし
羽鳥の「こころ整えるため」「心澄ますための」良書列記は


どうぞ次回までお待ちください。

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