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【小話】落とし物

大事なものを落としてしまった。
人生に関わる、大事なものだ。

僕は縋る思いで交番へ走った。

「落とし物をしたんです」

あまりに僕の顔色が悪かったからか、中にいた警察官の顔も真剣なものに変わった。

「何を落とされたんですか?」

僕はごくりと唾を飲み込み、絞り出すように言った。

「……単位です」
「はい?」

悲しみのあまり声がかすれた。
警察官に僕の声は届かなかったようだ。

「単位です。大学の。単位を落としました」
「はい?」

またしても聞き返される。
僕は大きな声で「だから」と続ける。

「単位を落としたんです。届いてませんか?」

警察官は溜息を吐き、「あー」と呆れた顔をした。

「最近は届いてないですねえ。あ、でも」

警察官は何やら帳簿を見て、奥の方に一度引っ込んだ。
そして、手に風呂敷包みを抱えて戻って来た。

「これ、保管期限が切れたものですけど、役に立ちますか?」

僕はそれを迷いなく受け取り、風呂敷の中身を見る。
以前誰かが落として、誰かが届け出た単位が中に入っていた。

「どうにかなるかもしれません。ありがとうございます」

僕は受け取り書類にサインして、交番をあとにした。

風呂敷包みを持って向かうのは僕の通う大学だ。
これで、卒業出来るかもしれない。
思わず足取りが軽くなる。

なんでも聞いてみるものだなあ、と心から思った。

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