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【小話】一生に一度だけ人を殺せる銃

病床の祖父に、『一生に一度だけ、人を殺せる銃』を貰った。
見た目はおもちゃの水鉄砲のようで、振るとカラカラ音がする。

使い方は至って簡単。
殺したい相手に向けてその死を願って引き金を引くだけ。
それだけで、証拠も残らず相手の命を奪うことが出来るのだと言う。

誰もいない病室で、こっそり受け渡された銃。
「一生に一度しか使えないから、ここぞというときに使いなさい」と祖父は囁いた。
「おじいちゃんは誰を殺したの?」と問うと「それは言えない」と返ってきた。
祖父は「でも、じいちゃんは一度使った。それだけは確かだ」と自分のこめかみに銃をあて、「ばん」と撃つふりをしてみせた。
にやりと笑ったじいちゃんの顔は、心から楽しそうだった。


この銃を手に入れてから、毎日が変わった。
誰を殺してやろうかと、毎日思案した。

何か辛いことがあると、「殺してやることもできるんだぞ」と思った。

実際に使ってやろうかと思うことも何度かあったが、「一度だけ」という制約が却って使う機会を奪った。
今よりもっと殺したい相手が出来たとき、後悔するかもしれないと思ったのだ。

ランドセルの中に忍ばせていた銃は、いつしか机の引き出しの中に移った。
忘れたわけではない。
ときどき辛いことがあったときに取り出しては、その滑らかな銃身を撫でた。
手元にあったら軽はずみに使ってしまうから、持ち歩かないようになっただけだ。

銃を使わないまま年を取り、結婚をして、子供が出来た。
その子供が結婚をして、人の親になったころ、自分の身体の異変に気付いた。

病院に行ったけれどもう遅かった。
余命を宣告されたときは平気だったけれど、じわじわと悲しい気持ちがこみ上げてきて、何度も泣いた。
泣いても、寿命は延びず、誰かの涙を誘うだけだった。

ふと思い出して、久しぶりに銃を手に取った。
結局一度も使わないままだった銃。
今更殺したい誰かも思いつかない。

身体が軋み、悲鳴をあげる苦しい毎日の中で、誰かを憎む余裕はなかった。

だから、自分のこめかみに向けて銃を撃った。

あの日おじいちゃんがしたように、自分の口で「ばん」と言った。
水も銃弾も入っていない銃の引き金を引いても、なんの手応えもなかった。

自然と口から笑みが零れた。
気付けば「ははは」と泣きながら笑っていた。

見舞いに来た孫に、「この銃は一生に一度だけ人を殺せる銃だよ」と言ってこっそり渡した。

喜ぶ孫の姿に、あの日の自分を思った。

もうすぐ終わる自分の人生に思いを馳せた。
あの日銃を渡したおじいちゃんの気持ちが、分かったような気がした。

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