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【スマート農業】日本版GPS~みちびき~はどのように活用されている?

はじめに

みちびきとは?

”みちびき”という名前を聞いたことあるだろうか。”のぞみ”,”ひかり”の仲間ではない。”らべんだあ”,”はまなす”の仲間でもない。みちびきはQZSS準天頂衛星システム日本版GPSなどと呼ばれることもある。簡単にいえば日本が打ち上げた衛星システムのことだ。今ではGPS機能をもった衛星を各国が打ち上げている。そもそもGPSという名はアメリカが打ち上げた衛星測位システムを指し,例えばロシアではGLONASS,欧州はGalileo,中国はBeiDouという名前で同じような機能をもつ衛星を打ち上げている。これらを総称してGNSSという名が一般的に使われる。みちびきは2018年からサービスを開始した新参者のGNSSだ。最大の特徴は準天頂衛星ということにある。

準天頂衛星とは常に天頂付近を飛ぶ衛星のことである。日本とオセアニア周辺しか飛ばないため,いつ見ても真上あたりに衛星が飛んでいる。準天頂衛星は日本の上空から見えなくなることがないため常に信号をキャッチすることができる。これにより日本やオセアニア圏における測位安定性が向上すると言われている。

みちびきの軌道
みちびきHPより(https://qzss.go.jp/overview/services/tech01_orbit.html

CLASという技術

CLASは通常「シーラス」と呼ばれる。センチメータレベルオーグメンテーションサービスの略である。カタカナで書くと長いしよく分からないが,センチメータレベルで測位が可能であるサービスだ。測位というのは位置を測定すること。つまり,数センチメートルの誤差で自分の位置がわかるサービスというわけだ。公証の測位誤差は6 cm以下と言われている。なるほど,かなり高精度ではないか。

CLASは補強信号と呼ばれる信号をみちびきから送っている。CLASを使える受信機は補強信号を受け取ることで測位精度を上げることができる。補強できる対象となる衛星は,2023年5月現在,QZSS(みちびき)以外にGPSとGalileoも含まれている。したがって,GPS,Galileo,QZSSからの信号で測位を行えれば,QZSSからの補強信号により高精度測位が可能というわけだ。なお,補強対象衛星は年を追うごとに着々と増えている。サービス開始当初は11機だったが2020年11月から17機となった。さらには今後GLONASSも対象に加えるという公表文献もあるので,将来的にもっと増えていくだろう。

CLASのしくみ
みちびきHPより(https://qzss.go.jp/overview/services/sv06_clas.html

ところで,CLASはいまのところ日本でしか使えない。というのも,CLASの補強信号は日本全国に設置してある電子基準点を利用して作成されているからだ。みちびき自体はオセアニア上空も飛んでいるのでオーストラリアでも使用可能であるが,CLASは使えないためクイーンズランドの広大なサトウキビ畑で高精度測位をすることはできない。しかし,電子基準点は各国で配備していることが多く,CLASという仕組み自体は輸出できる技術である。現在,ドイツなどとヨーロッパ諸国と協力して推進しているという話も聞く。今後,世界中で使われる可能性が十分にある技術といえよう。

さて,みちびきを利用したCLASという技術,スマート農業にどのように活きるのだろうか?

みちびきのHPでは中山間地域におけるスマート農業化が取り上げられており利用が期待されている。この記事では,従来の高精度測位であるRTK-GNSSと何が違うのか,なぜ中山間農業への利用に期待されているのか,最新の論文動向を交えつつ見ていこう。

スマート農業にどう活きるか?

RTK-GNSSに代わる存在に

スマート農業においてRTK-GNSSは欠かせない存在となっている。RTK-GNSSとは測位誤差わずか1 cmと超高精度のGNSSである。ロボット農機の自動運転はもちろん,ドローンなどに搭載されることで作物成長マップの作成などに活用されている。なんだ,もう既にあるじゃないか。そう,RTK-GNSSは2000年付近に登場し広く普及している。高精度のGNSSは既にあるのだ。ただし,使用するのにいくつかの障壁がある。

RTK-GNSSを利用する場合は2つの受信機が必要となる。片方が補正信号を作り,片方がその補正信号を受け取ることで測位精度が向上するイメージだ。通常,補正信号を作る受信機(基地局)はどこかに固定しておき,高精度に測位したい受信機(移動局)をロボット農機やドローンに取り付ける。ここで,基地局は予めその場所の正確な位置情報がわかっていないといけない。つまり,RTK-GNSSを使うために,予めRTK-GNSSと同程度の精度で測位するという矛盾が生じてしまう。さらに,2つの受信機の間は近ければ近いほどよく,10kmを超えるともはや精度が担保されないとも言われている。そのため,広大な畑を持つ場合,基地局をいくつも設置しないといけなくなる。また,2つの受信機の通信はラジオ電波を使った方法が多く使われるが,途中で遮蔽物や電波強度などにより遠ざかれば遠ざかるほど補正情報の受け渡しが難しくなるという課題もある。

移動局と基地局
株式会社CSS技術開発HPより(https://chcgnss.css24.jp/2019/06/27/chc-gnss-news-no2-1/

したがって,現在ではインターネットを通じて補正信号を受け取る方式が一般的に使われている。日本全国には約20km間隔で1300点の電子基準点が設置されている。これは予め正確な位置がわかっており常に衛星測位しているため,インターネットを通じて電子基準点で作られた補正信号を受け取ることができる。20km間隔なので中間地点では使用不能になるのでは?という鋭い疑問を持った方は正しい。そのため電子基準点の測位データをそのまま用いるのではなく,仮想基準点という方法がとられる。簡単に説明をすると,最寄り3点の電子基準点の測位データを平均することで,基準点を仮想的に作成するという手法だ。全然簡単じゃなかったかもしれないが,イメージとしては電子基準点3点を結ぶ三角形の中にいれば補正信号がもらえるよ,という感じである。ただし,近くに電子基準点の無い山奥や海上などは想像のとおり使用は難しい。長くなったが,現在,RTK-GNSSはインターネットを利用する方法が一般的であり,その場合は用意する受信機は1つでよい。


電子基準点と仮想基準点
日本GPSデータサービス株式会社HPより(https://www.gpsdata.co.jp/service_menu/realtime/

少し別の話になるが,RTK-GNSSはその性質上,衛星数が多いほど安定する。通常のスマホなどに入っているGNSSは理論上4つの衛星があれば測位可能であるが,RTK-GNSSの場合4つくらいだとなかなか補正情報が作成できない。統計処理をしているため一概にいくつ以上とは言えないが,経験的に10以上の衛星が取れる環境でないと安定して測位ができない。また,RTK-GNSSはマルチパスという現象に弱い。これは衛星信号がアンテナに入る前に建物や木に一度ぶつかって跳ね返ってしまう現象である。そのため,都市部や山間部では利用が難しい。地下歩行空間などでは論外となる。


マルチパス
みちびきHPより(https://qzss.go.jp/overview/services/sv04_pnt.html

さて,色々書いたが,RTK-GNSSの問題点がよくわからなくなってきたので下にまとめてみよう。

  1. 補正信号を作成する受信機(基地局)を設置する地点は正確な位置がわかっていないといけないが,RTK-GNSSを使わないと正確な位置を知ることは難しい→どうやって最初の場所を知るか問題

  2. 電子基準点を利用する場合,インターネットがないと利用できない

  3. 電子基準点を利用する場合,近くに電子基準点がない場所だと難しい

  4. 衛星数が少ないと利用が難しい

  5. 近くに建物や樹林がある場合,利用が難しい

ざっとこんなところだろうか。やっとここからCLASが登場する。CLASは公証精度6 cmとかなり高精度で測位できるサービスだ。CLASは補強信号をみちびきから取得するため,インターネットが不要となる。そのため,問題2が解決される。また,受信機が1つあれば利用可能であるため,問題1において基地局の正確な位置を測位するために利用するという方法も考えられている。まあ,それならわざわざRTK-GNSSを使わずにそのまま移動局としてCLASを使えばよいという気もする。問題3に関して,前述したがCLASも電子基準点を利用する。日本全国1300地点の電子基準点のうち250地点の測位データから補強信号を作成し,みちびきを介して,移動局へ送るのだ。つまり,最寄り3点の電子基準点を利用という単純構造ではないため,近くに電子基準点がなくても利用できる可能性がある。問題4,問題5に関しては次のセクションで詳しく見ていこう。

中山間地域における活用

日本国土の7割は中山間地域だ。中山間地域とは農水省の分類によると中間農業地域と山間農業地域を合わせた部分とされているが,わかりやすく言うと”都市部でなく山がちなところ”というイメージだ。こうした場所では畑作や果樹作が多く行われており,全体の農業生産額の4割を占めている。集約化が進まず,耕作放棄地も多い,いわゆる農業のしづらい場所ともいえるが,総農家数の4割はココで農業をしており重要な場所だ。逆にいえば中山間地域の農業を活性化できれば日本の農業生産力は上がるともいえる。良い言い方をすれば,ポテンシャルのある地域だ。

農林水産省HPより(https://www.maff.go.jp/j/nousin/tyusan/siharai_seido/s_about/cyusan/

さて,中山間地域は山が多い。防風林などという文明的な林よりも,自然の雑木林や樹林のそばにあることも珍しくない。さらに,傾斜も多い。こうした条件はスマート農業にとってどのような影響を与えるのだろうか?

先ほど詳しくRTK-GNSSの話をした。細かい話が多くて飽きてしまった人のためにもう一度要点を整理すると,RTK-GNSSは

  • 誤差1 cm以下で測位できるためロボット農機の自動運転に使われている

  • しかし,衛星がたくさん取れないと安定しない

  • 衛星がたくさん取れても近くに背の高いモノがあると安定しない(マルチパス

という代物だった。

実際に防風林付近でRTK-GNSS(仮想基準点方式)とCLASを同時に利用したところ,RTK-GNSSは不安定になり正確な測位ができなかったのに対し,CLASは高精度に測位し続けることができたというデータがある(Wang and Noguchi, 2019)。これは防風林付近でRTK-GNSSがマルチパスの影響を強く受けた,もしくは防風林によって取得できる衛星数が減ったものと見られる。CLASは測位精度6 cmとRTK-GNSSよりも少し精度が劣るものの,ロボットトラクタの自動運転において問題が無かったとされている。

CLASによるロボット農機の走行試験:ポプラ並木がマルチパスを引き起こす
Wang and Noguchi, 2019より

また,CLASの時間ごとの測位安定性を調べた研究では,いずれの時刻においても大きな差は見られず,ロボットコンバインの自動運転において有効であったという報告もある(Udompant et al., 2021)。

CLASを取り付けたロボットコンバイン
Udompant et al., 2021より

中山間地域の果樹園においてCLASの有効性を確認した研究もある(Yamasaki and Noguchi, 2023)。この研究ではまず,樹林のそばとアンテナ傾斜時における測位の安定性を調べたところ,RTK-GNSS(仮想基準点方式)と比べてCLASの方が測位が安定するまでの時間が早かったという結果を得た。つまり,Wang and Noguchi, 2019と同じくCLASの方が樹林そばのマルチパスに強く,傾斜により取得できる衛星数が限られても安定していることを示している。また,生産果樹園で試験を行った際に特定のキャリア電波が弱くインターネットが不安定になる場面が見られた。当然のことながらRTK-GNSSは測位ができなくなるが,CLASは高精度に測位しつづけることができた。最終的には果樹園作業用のロボットEVにCLASを取り付けたところ,垣根仕立てのワインブドウ園において十分な精度で自動運転できたと結論付けている。

自動運転の試験をした中山間地域のワイナリ―
Yamasaki and Noguchi, 2023より
CLASを取り付けた果樹園作業用のロボットEV
Yamasaki and Noguchi, 2023より

ここまで見ると,樹林が多い・傾斜が厳しい・インターネット環境が不安定といった中山間地域においてCLASは確かに有効である。人手不足が深刻な中山間地域こそ,スマート農業による生産拡大が期待されている。CLASは中山間地域のスマート農業化に大きく貢献する可能性大だ。

まとめ

  • みちびきは日本が打ち上げた衛星システムである

  • みちびきを利用したCLASというサービスにより誤差6 cmで測位できる

  • スマート農業において測位誤差1 cm以下のRTK-GNSSがよく使われている

  • RTK-GNSSと比較するとCLASは樹林や傾斜に対して強い

  • CLASはロボット農機の自動運転に十分な精度である

  • CLASは中山間地域におけるロボット農機の利用に大きく貢献するかも

参考文献

HP


論文

おわりに

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