見出し画像

朗読劇『ある戦没オリンピアンの日記』公開に寄せて

 先日6月12日より、一橋いしぶみの会制作の朗読劇『ある戦没オリンピアンの日記』がYouTubeにて公開されました。今回、ハトノス青木として脚本・演出・編集として関わらせていただきました。何とも言えない社会情勢下で、このように作品の発表にたどり着けたこと、とても嬉しく思っています。35分ほどの作品なので、お時間あるときに是非ともご覧ください。

さて、朗読劇について、そして制作過程での話について、

■「戦没オリンピアン」の朗読劇

 東京商科大学(現・一橋大学)出身で、1932年ロスオリンピックホッケー代表銀メダリストの柴田勝見さん。柴田さんは1942年、出征した中国大陸にて亡くなりました。亡くなる直前まで綴られた柴田さんの日記を、現代の若者たちが読んでいく、という形で進んでいきます。

 オリンピックメダリストという”英雄”もまた戦地に赴き、そしてそこで命を落としていた。それが”当たり前”だったのが戦争なのかもしれません。2021年、まさに東京オリンピックが行われようとしている今、改めて柴田さんの生きた道を見つめることで、戦争について、そして現代へのつながりについて感じ、考える機会になればと思います。

【画像】柴田勝見 銀メダルと写真

■朗読劇ができるまで

 一橋いしぶみの会:一橋関係の戦没学友の追悼会を主催している団体。ここ数年、一橋大学の学祭にて、一橋新聞部などと協力しながら、戦没者一人一人について紹介するパネル展示などを行っている。

 どうしてハトノス青木が今回の朗読劇をやることになったの?と何度か聞かれているので、ここに書いておきます。私が一橋の卒業生だから、というだけでは語れない運命的(?)な縁が繋いでくれました。

 初めて竹内さんと出会ったのは、2019年の一橋祭の時です。当時、パネル展示以外にも戦没者のことを伝えていく方法はないだろうか、朗読劇なんていいんじゃないか、そう思っていた一橋いしぶみの会・竹内さんの前に、一橋卒で演劇をやっていると名乗る青木が現れ、何か一緒にやりましょう、ということになりました。

 さらに言うと、その時竹内さんに私を紹介してくれたのは、私の学生時代・演劇サークルでの公演の時から劇を見てくれていたお客さんでした。その方と初めて直接あいさつしたのは2019年一橋祭の1週間ほど前、ハトノスで何かやらなきゃ、と思って開催したWSの時でした。演劇歴関係なく、原爆体験の手記を声に出して読んでみよう、という内容のWSに来てくれたその人は当時一橋の現役学生、一橋祭では新聞部として一橋いしぶみの会の展示に関わっていたのです。心から、不思議なめぐりあわせだなあと思っています。

 戦没オリンピアンについての朗読劇を作ろうということが決まり、脚本などを本格的に書き始めた矢先に、新型コロナウイルス感染拡大が起こりました。東京2020は延期、KODAIRA祭も中止、今回の企画も、いったん白紙に戻さざるを得ませんでした。

 それでも、一橋いしぶみの会・竹内さんは、何とかして企画を実現させたいとまた私に声をかけてくださいました。2020年末頃から改めて2021年KODAIRA祭に向けて準備を始め、今こうして公開を迎えています。生で朗読劇を上演する、という企画も動画として公開することになり、練習でさえ直接会えないとなり…、いろいろな”路線変更”もありながらも、その今できる形を模索することで、作品も強度を増していったなという感覚があります。

■今までの活動と合わせて

 私はこれまで「広島ー原爆」についての演劇を何度か作ってきました。戦争の記憶の語られ方・未来への繋げ方について考えてきたからこそ、今回の企画概要を聞いた時には是非とも参加したいなと思っていました。

 柴田さんの日記をもとに、ということで、日記での出来事を劇で再現する、という方法もあったのかもしれません。ただ、日記を読んでみると、ただ淡々と日々の様子が綴られているだけのはずなのにとてもとても面白かった。「戦争」や「オリンピアン」というイメージが作る柴田さんの像とは違った、等身大の柴田さんをそこに感じられました。だからこそ、「日記を通して柴田さんと出会う」、そんなシンプルな体験を朗読劇を通して届けたいな、と思い、「柴田さんの日記を読む学生」を劇の主軸に据えました。

 そして今回何よりも竹内さんの「伝えたい」という思いに私自身も大きく心を動かされました。この朗読劇を企画したこと自体ももちろん、様々なメディアへの営業活動を行い、幸いなことにとても多くのメディアで取り上げていただきました。朗読劇にも一部出演していただきましたが、いわゆる”素人”の竹内さんの発するその声は、とてもきれいに心に響く声に感じました。だから演劇は面白い、ともいえるかもしれませんね。

 私自身も、演劇を通して伝えることの魅力と、それと同じくらいの大きさでそこにある危険の間で溺れそうになりながら、今回の朗読劇がそこにあります。しっかりと仁王立ちしているわけではなく、なかなかに情けないな後も思ったりもしますが、これからも伝えていくために、今朗読劇がここにあることは、とても嬉しく思っています。それだけは胸を張れます。

この朗読劇が、どなたかに何かを届けられるとよいのですが。

2021KODA祭企画チラシ 表ver.2


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?