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ハトノス広島講座⑥ 今につながる広島の演劇『おさん幻想』

 「広島-原爆」についての演劇を作っているハトノス・青木が「今『広島-原爆』から何が見えるか」について考えていくハトノス広島講座。
 今回は、とある戯曲を紹介します。『おさん幻想』、「広島-原爆」について扱った演劇の中で、私が飛びぬけて好きな作品です。

■おさん幻想

 『おさん幻想』は伊藤隆弘さんという広島の高校の先生が書いた戯曲です。「伊藤隆弘脚本集」(門土社総合出版)の中に掲載されています。手に入れるのは少し難しいかもしれませんが…。

 私が『おさん幻想』を好きな一番の理由は、“原爆が残したもの”が、世代を超えて存在し続けているということが示されているからです。この物語の舞台は1980年代の広島ですが、恐らくこの先もずっと上演されていくのに堪える強さをこの物語は持っています。

 話の流れ自体は複雑なものではありません。被爆3世の今くんの前に現われたおさんぎつねが今くんのおばあさんについての話をしてくれます。ずっとそこにいたおさんぎつねは今くんのおばあさんがまだ子供だった頃のことも知っていたのです。そしてその時日本は戦争中、広島に原爆が落ちた時のことも、おさんぎつねは教えてくる、というものです。

 この上演時間約1時間ほどの劇の中で、私は何度”今”を感じたことでしょう。1945年に原爆が投下されて以降、広島という地に残り続けた「原爆」の爪痕がそこには描かれています。目に見える形でないけれど確かに存在する「原爆」を、まさに生活レベルの目線で発見して、“今”を映し出しているのです。


■広島をまなざした演劇を作り続ける人

 この『おさん幻想』を執筆した伊藤隆弘さんは、先にも述べたように高校の先生でした。1963年から広島市立舟入高校の演劇部の指導をはじめ、原爆についての劇を毎年作っていたようです。退職されて演劇部の指導者が変わった今でも舟入高校の演劇部は原爆についての劇を作り続けています。

 『おさん幻想』が収められている戯曲集の「演出ノート」に、生徒とともにどのようなものを作りたいか相談しながら作り上げた、ということが記されていました。「原爆」を語る劇を高校生とともに、決して彼らを置いてけぼりにしないように作る、その過程は「生活レベルの今生きている原爆の爪痕」を作品の中に反映させることに繋がったのだろうと感じます。
 
 ここ数年は8月6日に広島平和公園内にある国際会議場で舟入高校演劇部が公演を行っています。実は私も2年前の8月6日に初めて舟入高校の劇を見て、そこで初めて原爆についての演劇を作り続けている高校があるということを知ったりもしました。そして、そこで上演されていたのが『おさん幻想2018』。今回紹介する『おさん幻想』を大本に、新たに「2018年パート」を付け加えた作品でした。

 1983年に作られたこの劇が2018年に全く色褪せずに上演されていることに当時は驚きました。けれども「原爆」も含めた「人間」というものの本質を捉えた作品として存在するこの劇が長い時を経て僕の目の前に現われたことは、むしろ驚くことではないのかもしれません。だからこそ、この作品はなんとか多くの人に演劇という形で届くといいなと思うのですが…。なかなか難しいですね。ひとまず今回はそんなものがあるんだよという紹介でした。

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