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戦術分析記事よくわからない勢なんだけど、ここまでやられると気持ちいいわ!結城康平『フットボール新世代名将図鑑』


この記事は旅とサッカーを紡ぐウェブ雑誌OWL magazineの記事です。料金は月額700円ですが、この記事は無料公開しています。

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「あ、あの!!OWL magazineで記事が書きたいんです……!!」


「おお!!是非是非!!どんな記事が書きたいの?」


「戦術分析記事です!!!」

「お帰り下さい!!!!!!!」


こんなやりとりが今まで何度かありました。実際にはお帰り下さいとは言わないで、戦術分析記事は厳しいから何か他の企画を一緒に考えることになります。

なんで駄目なのかというと、理由は2つあります。1つは、試合の分析(マッチレビュー)をしても、記事の寿命は試合後数日しかないからです。だって1年前のマッチレビューは基本的に読まないですよね。もちろん、稀に読み返すことはあるかもしれませんし、資料として蓄積されていくことに価値はあります。

しかし、そういう記事は、1記事数万円の原稿料がもらえる仕事としてはいいのですが、あくまでも生活費を稼ぐことに留まります。それ以上の上積みを作りづらいのです。

もう1つの理由はライバルが多すぎることです。

そもそも試合を観て、試合を分析するという行為は、実は誰にでも出来る簡単なことです。もちろん、間違っている分析もあれば、正しい分析もあるでしょう。しかし、その分析の答え合わせは出来ません。サッカーの監督は秘密主義者で、その分析が正しいかどうかを教えてはくれないのです。

日本代表の森保一監督なんかは、特殊機関で訓練されていた特別なスパイのように秘密を絶対に漏らしてくれません。

そのため、正解のわからない分析や議論が雨後の竹の子のようにワラワラと出てきます。そして、そこで問われるのは、「分析の正確さ」ではありません。何せ答え合わせが出来ないのです。誰も点数をつけてくれない以上、どれだけ正解に近かろうが評価されません。

むしろ、正解から遠い分析のほうが評価されることもあるくらいです。サッカーの監督というのは、サッカーが本職ですから日夜サッカーのことばかりを考えて非常に高いレベルの思考を試合にぶつけています。あるいは、監督同士がぶつけあっています。

それを週末だけちょっと試合を観たド素人がボロカスに叩くことも多いです。素人にすぐわかるようなレベルのものであれば本職の人がやる意味はありません。みんな芸能人監督でいいのです。アイドル監督でもいいのです。

でも、そうはなりません。サッカーの監督は、熟練したサッカーじじいが務める仕事です。会社組織でいうならば、現場からのたたき上げでずっと実績をあげてきた人望もあって将来も期待される役員候補の部長のようなポジションです。それがどれだけ凄いことかは、会社組織にいる人ならわかると思います。

しかし、ちまたで評価される記事は、○○監督はバカだとか、戦術を持っていないとか、サッカーを知らないというような内容であることも多いです。褒めるよりもネガティブに言うほうがセンセーショナルで評価されるからです。細かいポイントですが、こういうのも癖になってしまうので、やらないほうがいいです。

誰かを叩くための文章技術が成長してしまうと、その武器に頼るようになってしまうからです。もちろんぼくだって怒ることはありますし怒りの記事を書いたこともありますが、それが常態化してしまうのは良いことではありません。自戒を込めて。

ともあれ、戦術分析界隈は、正解とも不正解ともわからない主張が跋扈していて、ネガティブなもののほうが通用しやすい環境であると言えます。そういった状況でモノを言うのは、実績と肩書きです。

例えば元代表選手、S級ライセンス保持、現地取材を続けて20年のライター、著書を執筆、ブログが月間100万PVなどです。こういった人達と戦って勝ち抜いていくことは不可能ではないかもしれませんが、非常に難しいです。

例えば元日本代表の戸田和幸選手と試合の分析合戦をした時、どっちが信頼性が高いと取られるでしょうか。実は分析記事は、「内容では勝負しづらい分野」なのです。だって、読者はサッカーの専門家じゃなくて素人なわけですから、高度なこと書いても誰もわからないわけです。

もっとも、分析に極めて自信があるならば、サッカークラブに売り込みにいって、専属の分析家として働くという方法はあると思います。こっちの場合は、プロ中のプロが評価してくれるので内容が優れていれば就職することも出来るかもしれません。このへんはぼくの専門外なのですが、そういう働き方をしている人もいることだろうと思います。

というわけで、記事の寿命が短いことと、それほど読者が多くない上にライバルが強力なことによって、戦術分析記事はお勧め出来ません。五百蔵容さんが、みんなの戦術分析記事を集められるウェブサービスがあったらやるのなぁと呟いていましたが、確かにそういうものがあると少し楽になると思います。

が、それはあくまでもみんなでやるから価値が生まれるというものであって、一人でやってもなかなか成功は出来ません。

戦術分析記事を書くのが趣味で書いているのが幸せというなら、それは最高です。書く事で幸福になれるのであれば、それ以上のことはないと思います。一方で、「売れたい」とか「有名になりたい」とか「サッカーの仕事をしたい」とかいう願望がある場合にはお勧めしていません。

このあたりがぼくの戦術分析記事に対する考え方です。

ここを突破するために個々の試合の分析を超えて「理論」を解説する記事というのも、footballista界隈などを中心に盛んに行われるようになりました。

今のサッカーファンはあまり知らないかもしれませんが、ぼくが読み始めた頃のfootballistaは、毎週刊行されている週刊誌で、マッチレビューが載せられていました。

しかし、方針転換して月刊誌となり、理論やトレンドなどを分析するようになりました。つまり、1試合だけではなく、シーズンを通した分析や、サッカー界のトレンドや最新の知見などを紹介する雑誌になったわけです。

なら、戦術分析じゃなくて理論を書けばいいじゃないかとなるわけですが、これもまた難しいです。本当に難易度が高い!!

基本的には監督本人や、監督本人のそばで見ている人しか書けないのではないかとぼくは思います。それでも書く人はいますが、それは非常に高度な芸です。並々の知性では太刀打ち出来ません。


というように、非常に困難なのが戦術分析系の記事で突破していくことなのですが、それを成し遂げ来た書き手の一人が結城康平氏です。

初めて見た頃はまだ学生で、頼りない記事を書いては小さな炎上を繰り返していた結城さんですが、今は誰に何と言われようが揺るがない強力な書き手になっています。

偉そうに言っていますが、ぼくなんかよりもはるかに多くの記事や書籍を出している実績のあるライターです。裏では焼き土下座しています。

とまぁそんな結城さんですが、サッカーメディア運営については思うことがあったらしく、毎月のようにピンチ陥ってるOWL magazineのアドバイザーとして、我々の生息するチャットツールの住人になってくれています。

そういう縁で、新著『フットボール新世代名将図鑑』をご恵本頂きました。

『フットボール批評』やサッカー本大賞の主催などで有名なカンゼンから出版されています。そうとは知りつつも、ライバル誌のfootballistaの話をしてしまいましたが、結城さんの活動とfootballistaは切っても切れないので、苦情などは結城さんご本人までお願いします(カンゼンの営業担当者様へのメッセージ)。

この本がですね。パラパラめくるだけで本当に衝撃的で、ヨーロッパの監督の紹介本にもかかわらず、項目としてはペップ・グアルディオラも、ユルゲン・クロップも出てきません。

シメオネもアンチェロッティも出てきません。正直いってぼくにはわからない名前が並んでいて「おまえ誰やねん」と何度言ったかわかりません。

そのへんの生々しい「誰やねん!」は、川越城の本丸後の前で収録したので、良かったらYoutubeで公開している音声コンテンツをどうぞお聴き下さい。


『フットボール新世代名将図鑑』は試合の分析記事(マッチレビュー)を書くだけでは到底辿り着けない境地で書かれた本です。

正直行って、この本を書くためにどういう取材をするのかすらぼくではよくわかりません。例えばセルティックのアシスタントコーチ、ジョン・ケネディについて。

……。

誰が知っとんねん……。

いや、元々セルティックの名選手だったようなので名前を知っている人はいるかもしれません。しかし、アシスタントコーチとしての戦術の構築力について、どうやって調べればいいんだろうか?

ジョン・ケネディについては、この本の主筋ではないものの、セルティックというクラブの魂を受け継ぎつつ、指導者へのキャリアを歩む姿を好意的に描いているように思える。

ちなみに主筋は、ポストグアルディオラ&クロップということで、その二大巨頭にナーゲルスマンとラインダースが挙げられている(ラインダースというのはリヴァプールのアシスタントコーチなのだそうなんだけど、この人もぼくに言わせれば「誰やねん」であった)。

そこに加えて、ピルロ、シャビ、ラウル、シャビアロンソ、ガットゥーゾ、ジェラード、ランパード、アンリ、クレスポ、ヴィエラなどの元有名選手も並ぶ。それだけでも十分一冊になるような気がするのだが、そこから「誰やねん」とぼくが叫んでしまうような監督がならんで、総勢36名。

帯には厳選36人と書いてあるのだが、厳しく選んで36人、ジョンケネディもいれて36人というところに狂気を感じる。

サッカー記事を書いていこうという方は、こういう仕事が出来るようなことを意識しながら知識をつけていくといいのではないかと思う。

また、この本は、非常に平易な日本語で書かれている上、監督たちがイラストになっているので漫画感覚で楽しく読める。

面白そうだなぁと思う方はアマゾンなどからポチって頂くか、いやいやまだ買うかどうか迷うという方はぼくが「誰やねん!」と絶叫している動画を是非ご覧下さい。

Youtube動画(↑のやつと同一です)
https://www.youtube.com/watch?v=79IfD1YZwDs


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