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急遽の帰省6日間の記録①

2022年11月2日水曜日。午前中から私は一人で電車に乗っていた。天気は快晴で、車窓から真っ白できれいな富士山が見えた。夫に借りた少し大きすぎるキャリーバッグのハンドルを握って、私は旅に出ようとしていた。一人旅をするのは子どもが産まれてから初めてのことだ。昨日、父方の祖父が亡くなった。

東京駅に向かう電車はさほど混んでおらず、途中からは座ることができた。私は何か音楽を聴こうとイヤホンを耳に入れた。都会に向かうときは大概、自分を鼓舞するような喧しい音楽を流す。でも今私は北海道へ行こうとしている。おじいちゃんのお葬式のために。なんとなく、折坂悠太のアルバム『心理』をかけた。密度の薄いシンプルな演奏にまろやかな歌声が響く。「光が揺れてる 例えを拒んでる」その第一声から、私が今聴きたかった音楽はこれだなと思う。どこか浮ついていた心が落ち着いてくる。

東京駅に着いた。新幹線に乗ることもキャリーバッグを引くことにも慣れていない私は最小の動きで用事を済まそうと決める。そこではたと思い出した。「須藤はる奈さんの展示をやっているはずだ」。キャリーを端に寄せて見回すと目の届く範囲に会場(VINYL TOKYO)があった。期間内に来られないと思っていたから鑑賞できるのが嬉しかった。須藤さんの描くパキッとした線や鮮やかな色、少女たちの鋭い目つきに見惚れる。グッズも販売していて、私は白くて小さなうさぎのマスコットを購入した。この愛らしいうさぎさんを旅のお供にするのだ。

昼食用にTHE STANDARD BAKERSでスモークサーモンとクリームチーズのサンドを購入。近くの店で急いでお土産を買い込んでキャリーバッグに押し込んだ。トイレに立ち寄ると個室がとても広く、キャリーバッグを持ち込めるか懸念していたからほっとした。せっかく美味しそうなパンを手に入れたから淹れたてのコーヒーも飲めたらいいな、と思っていたら改札を抜けた先にコーヒーショップがあった。至れり尽くせりである。私のような旅行経験値の少ない者にも優しい。東京駅のオモテナシを感じた。

新幹線に乗り込む。東京-新函館北斗間のはやぶさは全席指定で快適である。荷物を落ち着けて上着を脱いで、流れる景色とコーヒーとパンを楽しんだ。サンドには皮ごとのレモンが入っていてそれがなかなか美味しかった。新幹線はぐんぐん進み、景色がどんどん変わっていった。福島や仙台の街を見ると、いつも降りてみたくなる。どんな街なんだろう。いつか自由に一人旅をできるようになれたらいいなと思う。

少しうとうとしてから編み物をした。来週末のイベントで販売予定のかぎ針編みコースターを増やしておかなければならない。手元に集中しているうちに、盛岡に着いた。紅葉した山と、川がとても綺麗だった。川面が青黒いガラスの板のように見えた。新幹線はあまりに速く、座っているだけで秋が深まっていくのが不思議だった。山の上で白い風車たちが回っている。山の頂上にあんな巨大なものをたくさん建造する人間について思う。さらに紅葉が濃くなって奥津軽今別を通過する。防音壁の隙間から時々海が見える。もうすぐ津軽海峡だ。

特にアナウンスもないままトンネルが続いている。トンネル内の照明が白い矢のように連なって光っている。多分今、青函トンネルを通っているのだろう。試しにスマホの地図アプリを開いてみるが、津軽から移動していない。電波はあるはずだから、位置情報が登録されていないのかもしれない。やがてトンネルを抜け、木古内に着く。北海道だ。馴染みのある風景にほっとする。空が澄んでいて、刷毛で描いたような薄い雲が伸びている。細長い幹の松林にも懐かしさを覚えた。

新函館北斗駅に着いた。2016年の北海道新幹線開業に伴って建設された比較的新しい駅舎だ。オフシーズンのため駅弁専門店も閉まっているし、駅全体が閑散としていた。亡くなった祖父の家にはバスで向かうつもりだった。ロータリーで行き先を確認していると母から連絡が入り、少し待てば迎えに来てくれるという。私は北斗市のゆるキャラ「ずーしーほっきー」のそばで待った。ひんやりとした空気は心地よいくらいで寒いとは思わなかった。

5月に娘と遊びに来て以来半年ぶりに会う両親は元気そうだった。父の車で祖父の家に着くと弟と叔父叔母が集まっていた。そわそわした感じはあったが明るい雰囲気で、祖母も歓迎してくれた。仏間の棺に横たえられた祖父の顔を見ると、とても痩せていて驚いた。母が「これでもふっくらさせてもらったんだよ」と納棺師の仕事のことを話した。少しするとお坊さんが来て、夕参りのお経を上げていった。92歳だったおじいちゃんは法号(戒名)をもらって仏弟子になった(らしい)。

お坊さんが帰ると明日の打ち合わせをして、私と弟は両親の家に向かった。実家と呼びにくいのは私が暮らした家ではないからだ。数年前に両親が二人で移り住んだ家であり、亡くなった母方の祖父母の家でもある。家に着く前にスーパーに寄って晩御飯の買い物をした。家族4人で鍋の材料や酒やつまみを買い込むのは和やかで楽しいものだった。

風呂に入り、ビールを飲み、美味しい白子鍋を頂き、YouTubeで空耳アワーを延々と流してみんなで笑いながら過ごした。明日は葬儀だ。

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