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【短編小説 ルチアーノ -白い尾のオナガ- 7】Kingfishers カワセミ

サンティノ

7 Kingfishers カワセミ

耳元でちょろちょろと流れる水の音で目が覚めた。
小川のほとりの柔らかい砂がルチアーノを守ってくれた。
「大丈夫?」
誰かに話しかけられ、霞む目をらすと、小さな青い鳥に覗き込まれていた。ルチアーノはきしむ翼をたたみ、体を起こした。
「僕、そうか、くたびれて、空から落っこちたんだ。君は?」
「僕はカワセミのサンティノSantino。朝食の小魚をりにきたら、君が倒れていたんだ」
「僕はルチアーノ。僕なら大丈夫だよ。体は痛むけど、まだ飛べるよ」
「よかった。もう動けないんじゃないかって心配したよ」
動くたびに日の光を弾くサンティノの青い羽に、ルチアーノは目をしばたかせた。
「サンティノの羽、とても綺麗な青だね。どうやって青くなったの?」
「どうって、気づいたらこうだったな」
ルチアーノはぼんやりする頭を押さえ、記憶を手繰った。住んでいた森を追い出されたこと、尾羽を海水に漬けたり、ブルーベリーで染め、泥を塗りもしたがどれもうまくいかなかったこと、鳩の群れに加わらないかと誘われたが断ったこと、白い尾羽のせいで人間にまで狙われたこと———。
サンティノは背中の羽をまさぐり、一枚抜いて差し出した。
「ちょっと待っていて。仲間にも頼んでくるから」
対岸に向かったサンティノは、あっという間に数十羽のカワセミを引き連れて戻ってきた。
「みんな君に羽をあげたいんだ」
「優しいんだね」
ルチアーノは一枚いちまい渡される羽を尾にねじ込んでいった。
「僕の尾羽、生まれた時は金色も入っていたんだ」
「素敵だね。それなら僕達の胸の羽も飾ってみたらどう?」
カワセミ達はルチアーノの尾羽を囲み、だいだい色の羽をちりばめ始めた。
「これで仲間も僕を認めるさ」
「もちろんさ。仲間だったらね。だけど君の尾羽、これから青くなるかもしれないよ」
明日になれば青くなっているなんてこともあるかもしれないし、少し待ってみてもいいんじゃないかとカワセミ達は口々に言った。
「僕はそうは思えないんだ」
うつむくルチアーノに、カワセミ達は押し黙った。
「じゃあ、僕行くね。こんなに沢山の羽、ありがとう」
砂を蹴って舞い上がったルチアーノの後ろ姿を見守っていたカワセミ達は、誰からともなく旅立ちのカンツォーネを歌い始めた。
 
彼方かなた森へ 友よかん
サンタルチア サンタルチア
 
彼方かなた森へ 友よいざ
サンタルチア サンタルチア(注1)

大合唱は風に乗り、ルチアーノを追いかけた。カワセミ達は、不安を振り払うかのようにいつまでも歌い続けた。尾羽に指し込んだ羽は時々はらりと落ちていった。

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注1
ナポリ民謡『サンタルチア』
『サンタルチア』日本語版歌詞
シラクサのルチア

潜っても 潜っても 青い海(種田山頭火風)