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私の欠片:表にも裏にも埋まっている

This is USという米国のドラマがある。

シーズン3の18話(最終話)。主人公の一人ケヴィンと姪の会話で、「自分とはだれか」についてのやり取りに、感動した。

同性愛であることに気付いた、姪と主人公の一人ケヴィンの会話だ。彼女は、自分が同性愛であることを親類に告げた。以下は、姪が、卒業パーティに来ていく服装に悩んでいる時の抜粋(訳 by Hatoka Nezumi);

- Do you remember when I told you that I was gay?(私がレズビアンだって言ったこと覚えてる?)        
- Uh Huh. Via text. It's a very modern of you.(うん。メールで。すごく今っぽいよね)
- I thought coming out to you guys would be the hardest part. But instead, I just have a million of questions about myself. Like, what cloths make me feel like they are real me. What book should I be reading, what movies should I be seeing. When will I finally decide to tell my friends? (私ね、家族みんなにカミングアウトすることが一番難しいと思っていたの。だけどカミングアウトした後、分からないことだらけなんだ。私って誰なの?っていう質問が次から次に出てくる。どんな服を着ていれば「本当の私」って思えるのか、どんな本を読めば私らしいのか。どんな映画を見れば私らしいのか。いつ友達に私はレズビアンですって言えるのか、とかね。)
- I've never been through what you are going through right now. ..... So I am not gonna say here and pretend like I know how you're feeling okay, cause I don't but you know whole idea of not really knowing who you are deep down inside, that's my life story.(僕は君が今経験していることを経験したことがない。。。だから、ここで君はきっと大丈夫とか、君がどう感じているか分かるとかいうつもりもない。だって、知らないからね・・・でもね、心の奥底で、自分が誰か本当は分からないって考えていることは、良く分かるんだ。だって僕の人生は、その考えそのものだからね。)
- Please. (やめてよ)
- No wait, hold on, hear me out though. I tell you about one thing what I have learned. I don't think we figure out exactly who we are all at once. I think it happens over a long period of time. It's just like piece by piece you know. like ah, take me for instance, a couple of years ago, I get close with your Dad and I found a piece in myself. And then I meet your aunt and I found another piece in myself. Honey I think that's sort of how it works. you know. I think we go through this life slowly but surely just collecting these little pieces of ourselves that we can really live without until, eventually we have enough of them to where we feel whole.(いや待って待って、聞いてよ。一つだけ、僕が学んだことを伝えるね。僕はね、一度に全部、「自分が正にこういう人だ」って分かるとは思わないんだ。自分が誰かを知るっていうのは、多分長い時間をかけて把握していくものだと思う。少しずつ欠片を探していく感じ。例えば、ほら、何年か前、君のパパと仲良くなれたでしょ。この時僕は、自分の中に「僕はこういう人だ」っていう欠片を見つけたんだ。それで今君のおばさんに出会って、別の「僕はこういう人だ」っていう欠片を自分の中に見つけた。こんな感じで人は「自分とは誰か」を知っていくんじゃないかな。こうした「自分とは誰か」っていう僕たちの欠片を集めながら、僕らはみんな、この人生をゆっくりそして確実に歩んでいくんじゃないかな。こうした欠片欠片を積み上げて、最終的には「これが全部で自分という人間なんだ」って十分思える場所に辿り着くまで。

私は若い頃「死にたい」と思った。

その時、私の裏にいた「自分」に気付いて、私の知らない、私の欠片に出会えた。

そして「大人」とか「おばさん」と呼ばれる年齢になった今も、きっと知らない「自分」を抱えて、悩んだり、幸せを感じたりしているのだと思う。

人を傷つけてしまったのではないか、とか、人に傷つけられると怖いとか、そういう心に揺れる私の欠片を、丁寧に、言葉と一緒に、集めて私の一部にしていくのだと思う。

これが「自分だ」と十分に思えるその日に辿りつく日まで。


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