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短篇小説「セウネイキタイ」

よみものサロン「文芸ヌー」に掲載された「セウネ」という大好きな作品があります。その作者であるインターネットウミウシ氏に、こころからのリスペクトと愛をこめて、アナザーストーリーを執筆しました。

ご本人だけに見せる予定でしたが、ご許可をいただき公開させていただく運びとなりました。わたくしの初短編小説となります。作品に出会わせてくれた「文芸ヌー」にも心から感謝を申しあげます!

よろしければ「セウネ」をご一読いただいたうえで、お進みください◎

▼「セウネ」(インターネットウミウシ)


短篇小説「セウネイキタイ」

朝、6時20分。家の裏にある低い山の中腹。山頂までいく日もあるが、きょうはこの場所にする。わたし以外、人はいない。

「セウネ行きたーーーーーーーーい!!」

薄明るい空に向け、思いきり叫ぶ。全身の力を振りしぼり、思いきり。わたしの声は頼りなく細いので、さほど大きな声は出ていない。ただむなしく、山に響いた。

「趣味は?」と聞かれると「セウネ」と答える。「流行ってますからね」と言われるが、流行っていてもいなくてもセウネが好きなんだ。セウネに行くのは週2〜3回のペースだった。外出自粛でセウネに行けなくなり、もう1ヶ月半になる。いっさい人にも会っていない。

感覚としては1年くらい経っているようにも感じる。もう、我慢できない。わたしはセウネに行きたい。ただ、それだけなんだ。その想いを吐き出すように、この場所に来るようになった。

叫ぶとスッキリした。最初は2~3日に一度で済んだが、徐々に頻度が高まっていった。毎日1回だったのが、1日に2、3回に。雨の日はさすがに1日1回だが、きのうは過去最高の5回だった。インハウスニートのいま、思いたった瞬間にここへ来られる。そのためにニートになったのかもしれない。必然すら感じる。

何度叫んでも、また叫びたくなる。セウネへの想いはおさまらない。叫びすぎて、のどの奥が少しイガイガしてきた。セウネ友達のウミウシ氏から届けられた「はちみつ100%のキャンデー」をなめてみる。これは、のど飴界のキングだ。「キャンディー」ではなく「キャンデー」が正式表記である。キャンデーを口にいれて「よし」と小さく呟く。わたしは今後、コンディションをきちんと整えることを誓った。アスリートは、こんな気持ちなのだろうか。

5月下旬。わたしは「セウネ行きたい」以外の感情がわいてこなくなってきた。セウネに行きたい。その気持ちを鎮めるために叫びはじめたが、最近なかなか鎮まらない。もやもやしてスッキリしない。山へ行き、叫べばスッキリしていたのに。

繰り返し叫んでいるうちに、その感情に支配されるようになった。自分が叫んだ「セウネ行きたい」という言葉を自分の耳で何度も聞き、脳内が占拠されるような感覚か。感情が定着し、ほかの感情を忘れてしまいそうだ。

さすがに、これはまずいな。やめたほうがいいのか。でも、ライフワークだし、わたしはアスリートだ。やめられない。本棚から「感情ことば選び辞典」という類語辞典を手にとってみた。小さくて、軽い、可愛らしい本だ。そのなかにさまざまな感情の類語が詰まっている。おもむろに「求める」の欄をみる。

「求める」
渇望、希望、強要、要求、せがむ、ねだる、欲しがる、願う、望む、欲しい

だめだ、全部「セウネ」で例文をつくれてしまう。

わたしは愛書をそっと閉じて本棚に戻す。そのまま流れるような動きで本棚の横のおやつボックスから「はちみつ100%のキャンデー」をひとつ取りだす。ちょっとかっこつけて口に放りこみ、「きょうは暑いな、上着はいらないか」とわざと声にだしてつぶやく。半袖の腕の部分を軽くうえに引きあげて、スニーカーのひもをきつく結ぶ。

よし。玄関のドアをあけて飛び出すように、山へ向かう。

そのときだった。ウミウシ氏から電話がかかってきた。
こんなときになんなんだ。アスリートは忙しいんだぞ。「元気か?」「仕事は?」本題に入る前のイントロを歩きながら軽く答える。で、何の用だ?

「さっき緊急事態宣言、解除されただろ」

そうなのか。知らなかった。

「もう少し落ちついてから、だけどさ……最初にどこのセウネに行くか考えてみたんだ。一周まわって、やっぱメレセンスパかなって」

ほう。わたしもそのつもりだ。
でも、どう一周まわったのか聞かせてもらおうか。

わたしはキャンデーを、ハムスターの頬袋のようにほっぺの奥のほうにしまいこみ、山に向かいながらその議論にのった。



空の色は移りかわっていた。山の頂上にはとっくに着いている。ほっぺの奥に追いやったキャンデーはすっかりとけて、なくなっている。議題は「メレセンスパのあと、どの店で飯を食うか」で白熱している。



うぅ、肌寒くなってきた。このまま電話をしながら帰るか。そういえば、人と話すの久しぶりだなぁ。

色のついた感情が、ゆっくりじんわり広がっていく。家に帰る途中、そんな感覚を、わたしは静かに確認した。



(完)

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スペシャルサンクス&リスペクト

▼インターネットウミウシ(相馬 光)

▼文芸ヌー


インターネットウミウシこと文芸家の相馬 光さんと、はとだの共作noteはこちら。ふたりで、外出自粛中の物語をつくりました。


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