七之助のお岩、生まれたてのお岩
七之助丈がついにやりおった。
父にも兄にもできなかった、新しい「お岩様」をやりおった。
これ監修が玉三郎丈なんですよね。七之助丈が幼い頃から「お岩様やんなさい」ゆーてた玉三郎丈なんですよね。
つまり今回のお岩様は、玉三郎丈が七之助丈に「やらせたい」と思ったお岩様なわけですよね。
さすが玉様ッッ!!!
正直八月のときはどうしたものかと思ったけれどッ!!!
「監修の怖い人」を信じた甲斐がありましたッ!!!
まずは与茂七から。
番付のコメントにあった通り「とにかく格好良くすっきりと」を有言実行。ひたすら顔が良い、水も滴るいい男で、「男の茶屋」からのおいろの言葉が真に迫る。今まで見てきた与茂七は局地的なモテ方をしそうなタイプだったけど、この与茂七はやたらモテまくりそう。
これまで見てきた与茂七にはあった、おいろとのやりとりに滲む「いやらしさ」がない。下ネタ言っても妙に爽やかな人っているけど、そういう感じ。
女方さんがやってるからだろうか、男臭さというか、そういう生々しさが無い。だからこそ直助が対照的に引き立つ。
ただ、(これはどの与茂七もそうだけど)お袖に対する情はやはり薄い。大詰の討入りは様式美というのもあるんだろうけど、三角屋敷を経てお袖の想いを背負って伊右衛門に挑む与茂七、には見えなかった。
「切られの与三」でも思ったけど、七之助丈って女方のときは「見つめるだけで恋が生まれる」くらい情が深いタイプなのに、立役だとそうでもない(わりと一人で生きていけそうなタイプ)なのは何故だろう…同じ顔なのに…
小仏小平。
まず何が凄いかって、伊右衛門内で壮絶すぎる最期を遂げたお岩様からの早替わりが凄い。
何であんなサクッと切り替えられるの!?
こっちは全然ついて行けないんですけど!?
まだお岩様の悲愴な叫びや「坊…」と我が子を呼ぶ声が耳に残ってるんですけど!?
役者さんだし当たり前なんだろうけど、それを踏まえても凄かった…
小平はあのド修羅場の現場に居てその反応かよ…という潔いほどの他人事っぷりが、彼が単なる「忠義者」ではないことを知らしめてくれた。彼は主人のためなら自分含めた全てを犠牲にすることも厭わないタイプの「忠義者」だ。
と思ってたら、過去の上演では「小平の霊が喜兵衛に化けて伊右衛門の子を喰い殺す(その首を伊右衛門が斬ると喜兵衛に戻る)」パターンもあったそうで。なにそれますますヤベー奴じゃん小平。
戸板返しの「薬くだせえ」はもはや執念だ。薬に手を伸ばす指先が蛇に変わるのも納得だ。
だから私は彼を「健気な忠義者」とは見れない。戸板返し直後の三秒くらいで与茂七に変わる見事な早替わりが無ければ、あの名状しがたい闇に囚われていたかもしれない。
そしてお岩。
まず花道の出。手拭いの下に見え隠れする花のかんばせ。あんな可愛いお岩は初めて見た。何なら姉の方が可愛い(妹はしっかりしてるので)四谷姉妹。それは伊右衛門も執着しますよね。
これまで観てきた四谷怪談は「美しい女方の」お岩ではなかったから、伊右衛門とお岩との馴れ初めを色々想像できるんだけど、今回は想像するまでもなかった。
あれかな、伊右衛門は手活けの花に水をやらないタイプかな。これまでの伊右衛門もそうだけど、子供にしろ父の仇討ちにしろ、「お家のために」が第一なお岩に対して「そんなことより俺を見ろ」という不満が募ってああなったんだろうか。
「何かあるだろ」と凄みながらお岩の胸を弄る手つきがクズっぷり全開で、とても良かったです。
伊右衛門内の、病み衰えたお岩の頽廃美。痩せさらばえて隙だらけの胸元、まるく形の良い尻、病み疲れた吐息と、ぼうっと投げ出された視線に物憂げな色香が滲む。宅悦を振り払った後の恐怖に震える腕、自らを守るように抱きしめる仕草にときめいてしまった。あれはいけない…ますます男を煽ってしまうやつ…今回は状況が状況だから大丈夫だったけども…
今回のお岩様は元が美しいから、崩れたその顔の悍ましさは尋常じゃない。宅悦のビビり様も、常に美しいお岩様を見てきたからこそだと思う。あの崩れた左眼はちゃんと見えてるんだろうか。どんな世界が見えてるんだろうか。
「これが私の顔かいなあ」からの、血を吐くような魂の叫び。アラハバキ然り歌ちゃん然り鶴妖朶然り、「悲痛な叫び」に定評のある七之助の真骨頂。たった一人だけで、完全に舞台の、南座の空気を支配していた。
「産婦のお前が鉄漿付けても…!」とお岩の腰にすがりつく宅悦。その肩に伸ばしたお岩の手の絶妙な表情。なぜここを写真にしなかった。今回、まるで申し合わせたかのように「ここが欲しかったのに!」という場面の写真が無い。悉く無い。
鏡を見て口元を覆い、悍ましく変貌した己の顔を嘆く表情、からの忿怒の表情への移り変わり。台詞は一言も無いのに、お岩の感情がダイレクトに伝わってきて、涙がこみ上げる。
鉄漿をつけるときの鬼気迫る表情。薬のせいで痺れる手が鉄漿をはみ出させる。それを震える手で拭って、唇を真っ黒にしたお岩様の凄まじさ。
髪梳きの場面の美しさ、色っぽさ。そらした頤から首筋へのラインの完璧さ。闇に浮かび上がり網膜に焼きつく、うなじの白さ、艶かしさ。お父上や兄のそれとは違い、恐怖を盛り上げるような作為的なそれを感じない髪の梳き方だから、顔を上げたお岩様の凄惨な姿に思わずはっと息を飲む。
怨みに呑まれたお岩様が、我が子の泣き声でほんの一瞬我に返る。しかしそれが仇になり、誤って刀に当たり喉を切り裂いてしまったとき、最後まで子供を見つめていた母の貌がみるみる歪んでいき、怨み悲しみに満ちた最も醜悪な表情のまま死んでいく。
「坊よ、今…」の次に続く言葉は何だったのだろうか。
「今、母が抱いてやりましょう」だったのか。
そんなことを思ったお岩様は、今回が初めてだ。
子を想う母の心が、お岩を怨霊にした。
これはお父上からの工夫だそうだけど、単にそれをなぞるだけではこんな深いシーンにはならない。
これまで七之助丈が積み重ねてきた母親役を通じて、身に備わった母性があってこそだ。
このお岩様は、一生目に焼き付けておこうと思う。
このお岩様は、一生心に刻みつけておこうと思う。
伊右衛門の夢の場は本来は過去の話(お岩と仲睦まじかった頃)をやるけど、今回の伊右衛門ならむしろ「未来の話」をやって欲しい。「松の廊下」がなかったIFの世界で、お岩と子供と、親子三人幸せに暮らしてる夢。
今回の伊右衛門にとっては、地獄みたいな夢かもしれないけれど。
蛇山庵室のスーパーお岩様タイムは、勘九郎丈のお岩様のときは「いいぞもっとやれ」みたいなある種の爽快感があったし、翻弄される伊右衛門ザマァwwwという感じだったけど、今回はそれどころではなかった。
本気で怖かった…
視覚的に一番キたのは、客席にダミーお岩様が出没して観客にガチ悲鳴を上げさせて盛り上げたところで、徐に舞台上に生首スタイルで現れたとき。芝居とわかってても「ヒッ」てなった。
「祟ってやる呪ってやる」という明確な殺意めいたものがないんですよね、七之助丈のお岩様。
例えば提灯抜けのとき、勘九郎丈のお岩様は顔を上げて目を剥くようにするんだけど、七之助丈のにはそれがない。
目線も表情も虚ろで、言葉が通じそうにない気味悪さがある。淡々とお熊や秋山を始末していくところとか。
伊右衛門の最期も、どうせなら与茂七達でなく、そのままお岩様が引導渡して欲しかった。
そういうわけで。
令和生まれのお岩様は、とても素晴らしいお岩様でした。
今度は! 是非! 歌舞伎座で!!!
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