第11回 君、音、朝方、etc 【私的小説】
「この街に知り合いはいますか?」
「それなりには、」と彼は答える。
「僕は中学の途中からこの街に引っ越してきた。高校は余所の所だったけど、ここから通っていた。あの列車に乗ってね。社交性はあまりないけど、君が知っての通り。だけど友達らしき人はいるし偶然出くわしたら、それなりに話したりする。こんなところでいいかい?」
私は、次の言葉を告げる。
「私の知っている方で、響一さんも知っている方はいますか?」
「質問の仕方を勉強した方がいいね。君は誰を知っているんだろう?」
「僕もだ。質問として不適切だな、」と彼は笑う。
「誰のことについて聞きたいの?」
そう訊かれ、私は困る。興味本位で訊ねただけだったと気付く。
「名前は知りません。サングラスしている人。特徴的だと思う」
静かに彼は言う。
「分かると思う」
「知り合いですか?」
「何故、そんなこと訊く?」
「私がその人をここで、この場所で見なくなってから、あなたは現れました。だから、何らかの関係があるんじゃないかなって思ったからです」
「関係って言うのは、彼の消失と僕の出現について、ってこと?それとも僕と彼の間に何らかの関係があるかってこと?」
消失と出現と、私は思う。
大仰で違和感のある言葉は、今の気分に合っている。
「はい」と応える。よく分からないけど。
「分かった。話すの今度でいい?」
「今度があれば」
ただの可能性について述べただけなのに、言葉は不吉に響く。
夕暮れが辺りを包む。肌寒さが懐かしい気持ちにさせる。
「今日暇?」と彼は訊く。
「夕飯作らなきゃいけません」
彼は一瞬驚いた顔をする。
「そうか」
彼の思案した表情。
私はその顔を見過ごさない。
「8時以降なら空いてます」
「これは、他意はないことを予め伝えておく。僕の部屋で話そう、」
言葉に嘘はないことを私は今までの経験から分かっているつもりだった。
「そこのローソンで待ってて。午後8時15分に」
それから私の手を掴む。何も意味しない仕草で。
彼に触れた最後のことだったと、その時の私はなぜか知っている。
きんぴらごぼうと、ゆで卵とレタスのサラダと、さんまの塩焼きを食卓に残して玄関をくぐる。歩くうちに、自分が何の目的もなく人に近寄っている気がしてきて、歩くのが嫌になる。
けど誰かが言ったように、あの人が言ったように、それは大切ではないけど重要なことなのだと自分を納得させる。
あの人はどこに行ったのだろう。深く見えない場所で彼が苦しんでいるような気がする。
見過ごすにはあまりにも弱いと、私は感じる。