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『純喫茶トルンカ』(八木沢里志/徳間文庫)

お守りのように、繰り返し読み返している言葉がある。それは、『純喫茶トルンカ』(八木沢里志/徳間文庫)の一節だ。

この物語と初めて出会ったのは、2013年11月のことだ。大げさでも何でもなく、軽く10回は読み返している『森崎書店の日々』(小学館文庫)の八木沢里志さんの新作が出ることを知り、そそくさと買って読み始めた。

当時の私は勤めていた書店がテナントとの契約で閉店となり、その書店の関連会社に勤めていた時期だったと思う。それまでとは勝手の違う仕事に難儀し、放り込まれた人間関係の中で孤立し、毎日、長い通勤電車の中で本を読むことだけで、かろうじて息をしているような日々だった。

精神的にも追いつめられ、夜も眠れなくなり、つねに頭がまわらず、あり得ないような失敗をしては周りから苦笑ばかりされていた。そんなときに、この物語と出会った。以来、ことあるごとに読み返してきた。そんな大切な一冊が、2022年6月に徳間書店より新装版として発売されたのだ。

『純喫茶トルンカ』には、三つの短編で構成されている。毎週日曜日に喫茶店を訪れる女性と、アルバイトの青年を描いた『日曜日のバレリーナ』、自暴自棄となった中年男性が、かつての恋人の娘と出会う『再会の街』、喫茶店のマスターの娘・雫の初恋物語。どの話にも味わいがあるが、何と言っても『日曜日のバレリーナ』が素晴らしい。

東京・谷中の路地裏に、ひっそりとたたずむ喫茶店・純喫茶トルンカ。マスターとアルバイトの大学生・修一、マスターの娘である女子高生の雫の三人しかいないトルンカに、一人の女性客が訪れる。

小柄でセミロングの髪をおかっぱ風に揃えた、見るからにおとなしそうな若い女性。雪村千夏と名乗るその女性は、修一を「前世での恋人」だと言い出すのだ。以来、毎週日曜日のたびにトルンカを訪れるようになる。

最初の出会いこそとっぴではあったものの、千夏はいたって静かに過ごしていた。店ではいつもコーヒーを頼み、ぼんやりと虚空を眺めるか、バーネットの『小公女』や『秘密の花園』、モンゴメリの『赤毛のアン』シリーズ等を好んで読み、ときおり修一と目が合えば、はにかんだように微笑む。

どこか浮世離れした千夏ではあったが、雫は千夏に懐き、マスターも「あの子は決して悪い子じゃないぞ」と語り、いつしか千夏の姿はトルンカに馴染んでいく。だが、千夏には修一に言えない秘密があった。

やがて修一は千夏の秘密を知ることとなるのだが、「こんなどうしようもない私なのに」と言いつのる千夏に、修一はこう言葉をかけるのだ。

「あなたはどうしようもなくなんかない。僕は知ってます、あなたのこと、全部知ってるとはいえない。でもこれだけはわかる。あなたはどうしようもなくなんかない。そんなこと言う奴が仮にいても、僕は絶対に信じない」

初めてこの言葉に出会ったとき、声をあげて泣いた。長い間、自分はどうしようもない人間だと思ってきた。人に馬鹿にされたり、苦笑されたり、見下されてばかりきた。そしてそれを、「当たり前だ」と思ってきたのだ。そんな私にとって、この言葉はまるで魔法のような、お守りの言葉となった。

何かあるたびに読み返し支えにしてきた一冊が、10年近い歳月を経て新装版としてふたたびこの世に出たことは、私にとっては奇跡そのものだった。

どうか、一人でも多くの人に読まれてほしい。生きにくさを抱え、自分に自信がないと思いこみ、うなだれて生きてきた誰かに届くことを、ただ願ってやまない。




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