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大切な誰かを置いていくこと

3年前に知り合った友人が、実は大事な友達を数年前に自殺で亡くしていたことを最近知った。
いや、もとからやんわりと知ってはいたが、詳細を聞いたのは最近だった。
それは私が思うよりずっと重く、心が壊れ、歪み、そして現在に至るまで心に大きな何かを残している出来事だったらしい。

私自身希死念慮持ちなので、泣いてほしくない人より泣いて欲しい人の方が多いわけだけど、今回この一件を聞いて「自殺で友人を置いていくこと」の罪深さを知った。

彼は専門学校で一緒だった友人と共に企業に引き抜かれ就職。
日夜共に生活していた友人兼同僚を、ある日当然自殺で亡くし、隣のデスクが空席になったという。
それから1年は実感が湧かず、彼が死んでも世界が回っているので日課にのり普段通り生活していた。
しかしちょうど一年経ったころ異変が起き始める。
どうして彼がいないのか分からない、彼がいないこの世界って何だ?
いや、彼はいる。ここに。
「ねえ」と部屋の隅に向かって話しかける。
名前を呼び、他愛もない雑談を何もないところに向かってブツブツと話す。
ああやっぱりいるじゃないか、と安心する。
次に眠れなくなる。
眠ったら、彼が消えるんじゃないかと考えたから。
最初からいないのに、もういないのに。
だが3日も徹夜すれば体に限界が来て倒れるように眠る。
そして目を覚まし、焦る。
どこにいった?
話しかけ、確かめて安堵する。
何もないところに向かって。
そして異常さに気がつかない。
なぜ眠れないのかも、彼のことを誰かに知られるのが怖いのも、なぜかわからない。
自分の感じてる気持ちをどうやって表出させれば良いか分からなくなった。
喜んでいるのにどんな顔をして良いか分からない。
喜んでいる顔を探す、こんな顔?
ぼーっとする、解離して、記憶が脱落する。
健忘。思い出せない。
不眠で仕事を休む、数日続けば上司が訳を聞いてくる。
診療結果を提出しなければならない。
怖い。
彼のことを探られるのが何よりもイヤで、探られそうになったら転職。
5年で7回の転職。
異様である。

そして最近、ようやっと不眠が落ち着きつつある。
今の職場は転職することなく続いており、良い兆しが見えている。
なぜ自分が眠れないか、自分の気持ちの表出が下手になってしまった理由、それらが彼と繋がっていることに気がついてきたらしい。

どこまで書くか迷ったがより深刻さが伝わりそうなところを抜粋した。
たったひとりの自殺が、これほどまでにひとりの人間の心をぐちゃぐちゃにしたという事実が伝わると嬉しい。
私たちは自分自身を浅く見ている。
自分が死んでもどうせ何も無かったように世界が回ると思い込んでいる。
いや三人称視点で考えると間違えちゃいないが、一人称視点で考えると何も無かったようになんていかないのだ。
誰か大切な人を失い、それを適切に悲しみ処理するまでこんなにも苦悩する。
そばに居る大切な人たちがこれからも健やかに生きていくために「そばに居る自分が死なないこと」はその実必須条件なのかもしれない。
この話にオチはない。
ただ明日も生きていくことの理由がひとつ増えたというだけ。
軽率に誰かを置いていこうとする気持ちが少し踏みとどまりやすくなったというだけ。
私が命を投げることは、自分自身を殺すだけでなく周囲の大事な人の心を壊すかもしれない。
事は思うより重大だ。

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