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昼間の月の顔


昼の月の顔と、夜の月の顔は少し違う。

夕焼けの始まったばかりの空は、碧さが残っている。
ふくよかな丸い月は、周りの色彩に溶け込んで、強く主張することも無く馴染んでいる。

太陽が主役であることを認め、彩り豊かな街並みを眺め、ファッションのように雲を纏う。

太陽に変わって暗闇を照らす、使命感溢れる夜の月も素敵だと思うけれど、気負わない装いの、こんな昼の月を見るのが好きだ。

まだ明るい夕方の時間帯の月は、使命を全うする夜へと向かう通勤途中なのかもしれない。

家を出て、それほど経たない場所に大きな坂道がある。
坂の真ん中あたりに信号があって、タイミングが悪いと、この信号に引っかかる。

軽自動車の馬力で坂道発進するには、かなりアクセルを踏み込まないと、登って行かないくらい傾斜は大きい。

踏み込んだアクセルで、ようやくスピードが乗ってこようとしていた時、前方に停車していた幼稚園バスの運転手が、窓から手を出し、合流したいと合図を送って来た。

せっかくスピードが乗ってきたところだったのに...。

と少し面倒に思いながら、スピードを緩めて、幼稚園バスの合流を待つ。

事故や電車の影響で、急に渋滞することもある車通勤は、時間の余裕を持って出かけるように心がけてはいるものの、なんだか少しイラっとした。

幼稚園バスの後部座席に座っている園児たちの被っている帽子の白いリボンが、ゆらゆらと左右に揺れている。
あっちを向いたり、こっちを見たり、園児たちが賑やかにおしゃべりしている様子が見て取れる。

車内の時計に目をやると、出社時間までかなり余裕があった。
ほっと溜息をつき、視点を前方に戻すと、先ほどまで揺れていた帽子のリボンは、園児たちの顔に変わっていた。

あぁ、前向いて座ってないと危ないよ、と少しハラハラする。
しかし園児たちは、こちらの気持ちなどお構いなしに、隣の子と話をしては、後ろを向いて外を見ている。

いや、そうではない。
明らかに視線が交わるのだから、私を見ているのだ。

不思議に思っていたが、次の信号で停車すると、左側の女の子がニコッと笑った。
思わずつられて、こちらもニコッと笑顔になる。

それを待っていたかのように、園児たちは顔を見合わせて笑顔になり、一斉に手を振って来た。
つい、つられて私も手を振り返すと、満面の笑顔の園児たちは、さらに手を振り返してきた。

信号が変わり、走り出した幼稚園バスは、その先の道を左に曲がり、私の車から遠ざかって行った。

あの子たちには、私の顔はどんなふうに見えていたのだろう?
園児が笑いかけたくなるような顔をしていただろうか?
それとも園児たちが心配になるほど、私の顔は不安気だったのだろうか?

夕焼けの始まりに上って行く昼の月は、暗闇を照らす使命を果たす夜の月への通勤途中。
昼間の仕事が終わった私と、交代の時間だ。

今朝出逢った園児たちにとって、気負わない装いの昼の月みたいにサラッと周囲に溶け込んで、微笑んで手を振りたくなるような顔に、私の顔も見えていたらいいなぁ。

そんなことを思いながら、帰路につく車のアクセルを少し踏み込んだ。

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