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ヤマカガシ..004

最初にそれを見つけた時は、分かっていたのにすぐには触れなかった。

それが大きかったこともあったが、既視感で動けなかったのだ。


まるで古いフィルムが再生されるように、あの日の出来事が頭の中に蘇ってきた。

               ☆


まさ子が熱を出して学校を休んだので、帰りがけにプリントと給食のパンと牛乳を届けに行くことになった。


家を訪ねて行くと、まさ子はまだ熱が下がらず会えなかったが、叔母さんがお礼にと紙ナプキンに包んだお菓子をくれた。


役割を終えた解放感でホッとし、これから大好きな寄り道を思う存分楽しめると、心躍らせながら熊笹の藪に面した道路を歩きはじめた。

まさ子んちの家は裏に竹藪があって、周りは熊笹が茂っていて緑の匂いのする場所だった。


ザザーッ


風で揺れて竹がしなり、笹の葉が擦れる音がする。
まわりは背の高い竹藪で少し薄暗く静かだった。

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ザザザザーッ

なんども竹を鳴らす風に、少し不吉な予感がしたような気がした。


あたりを見回しても誰もおらず、竹の上の高いところに小さく青空が見えて、不穏さを感じさせるようなものは無かった。

気のせいかな?と首を傾げ、再び歩き始めようとして道路に視点を戻したつもりが、目が合った。


目が合った相手はまるで、見つかっちゃったとでも言いたげにチロロと舌を出してこっちを見ている。


思わず、足が止まった。


相手は特に近づいて来るわけでも無く、2mくらい斜め前にじっと動かずにこちらを見ている。

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どうすることが正解なのかも分からず、息をひそめて恐るおそる一歩踏み出す。

するとあちらも、それに合わせるかのように、ずぞっと動く。

驚いて立ち止まれば、あちらも止まる。
まるで歩調を合わせるかのように、こちらが一歩踏み出すと動き、止まれば動かなくなるくを繰り返し緊張は つのっていった。


まさか、餌にしようと思っている?!


そんなはずがあるわけないと思いつつ、だが噛みつかれたらどうしようという不安を消すことはできなかった。
解消できない不安は、恐怖へと変貌していく。

恐怖は早足にさせる。


だが、そのたび相手も慌てたように歩調のスピードを合わせてくる。


このままでは埒が明かない。
一瞬だけスピードを緩めて、大きく息を吸った。

そして次の瞬間、一気に走った!


さすがに予想していなかったのか、勢いよく相手の1m先まで追い越した。だが、それは失敗だった。


追いかける標的が目の前に現れて狩猟本能に火をつけてしまったのだろう。さらにスピードを上げて、ずぞっずぞっと音を立て追いかけてくる。

もうダメだ、これ以上のスピードでは走れない。


追いつかれる!!!

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私を追いかけて来ていたのは大きくて太いヤマカガシだった。

なんで走って逃げなきゃならないのか、ハァハァと息切れして立ち止まった私の中に怒りがわいてきて思わずヤマカガシを睨む。


相変わらず同じように立ち止まり、チロロと赤い舌を出してこっちを見ているヤマカガシとの膠着状態。


急に車のエンジン音が響いた。


ヤマカガシと対峙しているなどとは露知らず、ゆるゆると走って来た軽トラック。

運転手のオジサンは、通りやすいように立ち止まってくれていると勘違いしたようで、かるく手を挙げて私に挨拶しながらヤマカガシとの真ん中を走り去っていった。

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なんだか少し気が抜けた。
息が整ったおかげで冷静さを取り戻せたようだ。

軽トラックにひるむことも無く、平然としているにヤマカガシに一層目に力を入れてキッと睨み、それ以上近づくな!と警告するようにダンッと大きく足を踏み鳴らした。


その威嚇が功を奏したのか、ヤマカガシは急に方向転換して、大きくて太い肢体をずぞっずぞっと くねらせて熊笹の藪の中へ入って行った。

そこからどうやって自宅まで帰って来たのか思い出せないが、寄り道をして帰宅が遅くなったことを母にとがめられた。

巨大なヤマカガシが走って追いかけて来たからだと、なんども話したが本気で取り合ってもらえなかった。


そして、父の転勤に合わせて転校することが決まったと母から告げられたことだけが記憶に残っている。

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               ☆

学校帰りの寄り道するのは相変わらず大好きだった。


お気に入りはススキが生い茂っている小川のせせらぎを聴きに行くこと。

受験とか部活とか友達関係とか、なんだかちょっと面倒くさいことが増えて、ときどき忘れていられる場所が欲しくなる。


ザザザザーッ....


小さいといえ川沿いの早春の風はまだ冷たい。
風に揺れるススキに、あの日感じた不吉な予感がして立ち止まる。


あぁ、そうだった。
これは、あの時のヤマカガシなんだろうか?

小川のわきに脱ぎ捨てられた大きくて太い蛇の抜け殻が、あの時の記憶を呼び起こしたのは、高校進学間近の不安感のせいなのだろうか?


当時、小学3年の私の身長は平均並みの1m20㎝程度。
ヤマカガシは成長すると全長1m50㎝にもなるという。
恐怖や不安感で大きく見えていただけではなく、当時の私と比べ本当にヤマカガシの方が大きかったのだ。


また転校と同じように環境がガラリと変わるこの時期に蛇に出会ったのは、なにかの暗示のように思えて、大きな蛇の抜け殻をそっと手に取り、持ち帰ってお菓子の空き箱にそれをしまった。

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そうそう、この話には少し続きがあってね。

進学した高校で、やたらに馴れ馴れしく話しかけて来た女の子がいたの。

ドン引きして立ち去ろうとしたら追いかけてきて、なんで分からないの?
て言うから振り向いたら「まさ子だよ、わすれたの?」とチロロと舌を出して笑っていた。


ヤマカガシ.....?








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