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トラウマと回復の5段階理論

2019年4月のインスパイアニュースレター(有料レポート)のバックナンバーから一部抜粋です。

タイトルは、『トラウマと回復の5段階理論』

これは、わたしがさまざまな知見や書物、実体験を通して研究しまとめたトラウマ5段階理論にまつわる紹介と解説です。

【秦由佳のトラウマ5段階理論とは】トラウマからの回復は以下の5段階を経て完了されていく、という理論になっています。

1、失感情症の段階
2、無力感・無価値観・無効力感の段階
3、自己嫌悪感の段階
4、屈辱・恨み・憤り(怒り)・悔しさの段階
5、深い悲しみ・痛み・孤独の段階

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本レポートは、トラウマ5段階理論の入り口であり、基礎編となります。長編ですが、心にまつわる仕事や活動をする全ての方に、ご活用頂きたいです。


■自分の身に起きている真実を知る


「セラピーを効果的にするものは、深く主観的な共感、そして、これは真実だ、これは正しいという、体に宿る深い感覚です。」

(引用:身体はトラウマを記録する-脳・心・体のつながりと回復のための手法-ベッセル・ヴァン・デア・コーク著)


私はこの表現に深くうなずいた。

そう、自分を癒し自分の脳と心と身体、精神のつながりを回復するための“セラピー”は実にたくさんの手法があるが、それのどれもが『深く主観的な共感、そして、これは真実だ、これは正しいという、体に宿る深い感覚』を必要とする。

私もまた、自分でボディワークを開発していく最中で、何度も深い癒しと、自分の心や身体が教えてくれる“知恵”に感動をした。


若い頃はとにかくずっと、何か重要なことをしなければいけないと思い込んでいた。誰かのためにならなければいけない、価値がある人間だと思われ続けなければならない、という強迫観念がどうしても抜けきれなかった。


自身のパニック的な発作や、心身の不安定さ、強迫観念や望まない妄想イメージの脅威・・・それらは私の探究心と結びついて、人体実験をしながら真実を見つけることへ邁進させた。

わたしは、とにかく知りたい、と思った。


理不尽なこの感覚。自分の意思でコントロールできない怒りはなぜ起こるのか?私の中から消えてくれない記憶や声・・・。そして、いつも追いかけられているような気がしてしまう、“囚われ”感。


私はけっして、それらに対して強いわけではなかった。だけど、意志だけはあった。自分のことだから、自分の人生だから。自分の心と身体だから!


誰よりも深く、私は私のことを知りたい。治したいとか変えたいとかではなく、「私の身に何が起きているのか、その真実」に迫っているうちに、“トラウマ研究”に行き着いた。


■すべての人に“トラウマからの解放”を捧げたいほどだ!


今回、トラウマ体験とそれにまつわる考察をテーマにしたのは、「全ての人には何かしらのトラウマによる悲劇が起き続けている」と思ったからだ。一見するとこのテーマは重く、精神的な問題を抱えている“人だけ”に関係があると思える。

しかし私は、すべての人に“トラウマからの解放”を捧げたいほど、これは重要なことだと考えている。中学生や高校生頃から学んでもいいと思っている。そうすればきっと、過剰に自分のせいにしたり、自暴自棄になったり、憤りを別の方法で発散しないだろう。


多くの場合は、精神的な苦痛を感じていても、それが社会生活を過ごすことに大きな影響を与えなければ自分にはトラウマという言葉はあまり関係ないと思ってしまう。

あるいは、トラウマはあるだろうけれど、それらは“常識外れの体験”をした人だけのものであり、自分なんか大した体験をしているわけではないから・・・と、分けて考えることもある。


トラウマ体験と、それが人生に与える影響、そしてそれらにまつわる理解を得ることは誰にでも意味を持ち、そしてポジティブな効果をもたらすと私は確信している。ブログなどには書きにくいテーマでもあるため、インスパイアニュースレターでお届けしていきたい。


■まず前置きとして


今回の内容は、この1冊の本に関する考察と個人的な理論をギュギュギューとまとめた内容だと思ってもらいたい。


身体はトラウマを記録する
脳・心・体のつながりと回復のための手法
ベッセル・ヴァン・デア・コーク
柴田裕之訳/杉山登志郎解説


私はこの本に出会って、大きな衝撃を受けたとともに人生がガラッと変わった。自分に対する考え方だけではなく他者に対する見え方も変わった。トラウマに関する大変素晴らしい1冊であるが、その中には自分の人生を再体験できるような知恵がたくさん含まれている。

今回のレポートは、この素晴らしい1冊を読んで私が考察したこと、難しい内容をなるべくわかりやすいようにしようと理論立てた、回復までの5段階について、などを紹介していきたい。

ただし、大変素晴らしい本でありこの1冊をわかりやすく、かつ誰にでもわかるように分解して説明することは難しい。そして、正確な情報を届けたいため、今回の内容に関してはあくまでも私個人の考え方だと捉えてもらいつつ、本当にしっかりと学びたい人はこの本を手に取ることをお勧めする。



■愛と喪失と、精神的な死



さて、前置きもほどほどに、さっそく本題に入りたいと思う。その前に、先に紹介した本からの引用を紹介したい。

「人間の苦痛のほとんどは愛と喪失にかかわっており、治療にあたる者の仕事は、喜びも悲しみもすべて引きくるめて、人生の現実を人々が“認め、経験し、その重みに耐える”のを助けることだとセムラッドは私たちに教えた。」
(引用:身体はトラウマを記録する-脳・心・体のつながりと回復のための手法-ベッセル・ヴァン・デア・コーク著)

ここを最初に引用したのは、紛れもなく私たち自身が私たち自身の“最良の治療者”だと考えているからだ。セラピストや治療家の力を借りることはもちろん良いことである。しかし、本当の意味で自分を回復させることができるのは、紛れもなく自分しかしない。他の人は手助けをしてくれ、学ぶことは頭を整理させてくれる。


そして、治療者は手助けをするが、ギリギリのところまで行い最後の“蘇り”はほぼ、はじめからその人自身に備わっている自然治癒力とも言えるような、そういった不思議な力によって起こるものだと私は考えている。


つまり、“あるライン”までは自力で、そしてテクニックや知識で回復することができたとしても、あるラインからは人の助けや環境の助け、居場所の助けも必要となる。そして、最後は己の生命力にかかっているのだ。ただ、安心して欲しいのは、その最後の生命力は誰にでもある。放っておいても自然と蘇らせてくれる素晴らしい力だ。

その力の手前までたどり着くことができたらな、あとは力を抜けばいい。本レポートはその手助けをするものになるよう意図して、書くことにした。


さて、愛と喪失と、精神的な死と。トラウマ体験はほぼ、この3種類に分けられる。

愛にまつわるトラウマ
喪失にまつわるトラウマ
精神的な死(己を殺してしまうこと)にまつわるトラウマ

これらのどれかに分類することが可能だ。


どの体験がトラウマになっているのか?今思い出せるかどうかは関係ないし、必死になって思い出す必要もない。


ただ、不安になったり恐れたり、必要がないとわかっていても心配したりイライラしたりすることがあって、そんな内的感覚に苦しいと感じることがあるならば、きっと愛か喪失か、精神的な死にまつわる衝撃的で恐ろしい体験をしたのだろう。(深く考えすぎずに、今はそのくらいの把握で大丈夫である。)


私たちがトラウマとなるような体験をすると、それらは記録され、自分の意思とは関わらず繰り返し再現される。頭では過去のことだとわかって割り切ったことであっても、覚えてしまった“体感覚”や“反応”は、ちょっとした音や匂い、シチュエーションや雰囲気、特定のエネルギーや空間などでいつでも“イマココ”に呼び覚まされる。

まるで“今起きている”かのように感じられるが、残念ながら理性的な脳はトラウマ体験を記憶しておらず、さらに言えばそれが過去の記憶であるとは認識できない。

理性的な脳は、私たちが思わぬきっかけによってトラウマ体験が思い起こされると、その反応や体感、フラッシュバックなどをどう処理したらいいのか分からない。

もしかしたらあなたも経験したことがあるかもしれない。


何かがきっかけで突然頭が真っ白になり、パニック状態になってしまったり。
急に身体が硬直して思うようにいかなかったり。
理性的でいられずに怒りがおさまらず、思わず感情的になってしまったり。
衝動が抑えられなくなって自分が怖くなったり。


あるいは、

何も感じられなくなり自分のことが分からなくなる
感情が全く感じられない
すべてが無機質な感じがする
何でもかんでも自分のせいにしてしまう
どうしても嫌なイメージが頭から離れない
ネガティブな感情が起こるとすぐに飲み込まれてしまう

といったことは、ないだろうか。

身体的なことで言えば、

満腹になっても食べ過ぎてしまう
慢性的に身体が思うように動かずとても重い
自律神経失調症のような状態が続いている
過度の敏感状態になっている
身体のコリがひどい
不眠が続く・睡眠が取れない(or眠気が強すぎる)

といった日常的にあるようなことも実は、トラウマ体験が深く絡んでいる。


なぜなら、気づかないくらいのストレスを私たちは過去から受けているからだ。こういった身体的な不調の原因も、積み重なるストレスや緊張の場合が多い。

もちろん、その人の性質だとか性格だとかも関係しているが、このような感覚になってしまうのもトラウマ体験(と、脳の仕組みなど)が関係している。大なり小なり誰でもトラウマ体験を記憶している。トラウマ体験によって生まれた脳への影響によって、私たちは苦しめられているのだ。


■過去を癒す手放す、というのは主体性を取り戻すこと


過去を振り返り、それを癒すこと。一見するとそれは大切なことのように思えるが、本当に重要なのはそれらを通して“主体性を取り戻すこと”である。

自分が受けたトラウマ的な体験を受け入れようと頑張りすぎる人がいる。認めよう、許そうとしたり、なかったことと大人ぶって割り切ったりすることで、なんとか回避しようとする人もいる。


しかし、過去と向き合うことよりも大切なのは、

そういった体験によって自分の身に何が起きたかを知り、そこからどうやって再び自分の主導権(主体性)を取り戻せるのかを学ぶことである。決して他者を許すとか、過去を手放すこと“だけ”が主な目的ではない。

過去は過去、と割り切れなくても、思い出すたび胸が痛くなって恨みでいっぱいになるとしても、それに対して堂々としていられ、過去に主導権を渡すのではなく、すぐさま『自分の人生はいつでも自分で決めることができる』と我を取り戻すことができたなら、そういう意味では“トラウマ克服”と言えるだろう。


ネガティブな反応や、追体験が起こらないことが大事なのではない。もちろん望ましいが、そういうことが起きても自分を見失わないでいられることを目指す、というゴールで良いのだ。

小さなことでも、今自分の中ではこういうことが起きているんだ、と捉え得られるようになれれば、ずいぶんと気が楽になる。

トラウマ体験からの回復とは、つまり自分のことを取り戻すことであり。それはつまり『分裂した自己感覚を統合し、自分の内側が繋がりを持つこと』だと言える。


もし何も知らなければ、自分のことをおかしい人間だと思ってしまったり、病んでいるのではないかと思ったり、責めるしかなく落ち込んでしまったりするだろう。あるいは身近な人に対しても、理解ができずに苦しむこともある。そういう風に自分を思わなくていい、というのが私の持論であり伝えたいことだ。


どうしてそんなことをするのだろう?
どうしてこんなことになってしまうのだろう?

そのような自分への・他者への疑問と、理解ができるようになる喜びがトラウマに関して学ぶことの恩恵だと私考えている。そこで、まずはごく簡潔にトラウマと脳と心・身体の関係性を整理したい。(詳細は紹介した書籍をぜひ。)



■人生はレストラン経営!?脳の各部位について


脳に関して重要な箇所だけ、アレンジして解説する。まず重要となるのが以下のキーワードとそれぞれの意味である。(ちなみに意味は、覚えやすいようにポイントのところだけにしている。)

●前頭前皮質

「ザ・理性!」

さまざまなことを観察し、把握し、予測し、意識的な選択をする。実行能力がある。制御してくれたり、調整したりしてくれる重要なところ。共感的理解。

ここでの呼び名:料理長

料理長は学ぶ意欲があり、進化し続ける。とても優秀で、常に全体のことを考えている。仲間はずれにされてしまうと何もしなくなるか、勝手に暴走する傾向アリ。脅威にさらされると途端に判断力を失う。
●大脳辺縁系

「ザ・情動!」

主に情動と記憶を司る。この中に視床と扁桃体がある。(海馬も)大脳辺縁系は進化し、成長もするが、前頭葉からのアプローチが難しいこともある。(つまり、言葉だけでは難しいこともある)

大脳辺縁系は進化し、成長もするが、前頭葉からのアプローチが難しいこともある。(つまり、言葉だけでは難しいこともある)
●脳幹

「ほ・ん・の・う」

本能的で最も古い脳。ほとんど変わらない。一生、脅威に対して敏感(正当な防衛本能)
●視床

「アレンジだいすき、レッツ・調理!」

料理人の役目をしたり、素材を仕入れてきたりする。潜在意識の講義などでクリティカルファクターと呼ばれる領域はここに当たる。五感から集まった情報を混ぜて、一貫した意味のある経験に変える。(クッキング!)

作られた料理は(内的経験)は、前頭葉と扁桃体の両方へ伝えられる。

ここでの呼び名:コックさん
●扁桃体と海馬

「セ◎ム、入ってますか?」

入ってくる情報が生命の維持に関係があるかどうかを判断するのが仕事。危険かどうかを察知し、指示を出す。トラウマ体験をすると誤作動がかなり多くなる。

海馬からのフィードバックも受ける。過去の記憶とつながって、生命にとって危険かどうかを察知する。

ここでの呼び名:煙探知機(例の本でもこのように表現されている)

トラウマ体験によって扁桃体は過敏になったり、誤作動を起こしたり、必要のない指示を出したりと、バグを起こすようになる。

そして、前頭葉(生徒会長)の声よりも早く届くため、扁桃体が緊急指令モードになると交感神経優位になり、全力で緊張をする。バグが続くと、自律神経失調症になりかねない。

扁桃体が過敏になると、慢性的に怯えたり人の顔色を伺わずにいられなかったり、緊張状態が続いてしまう。



今回覚えておく必要があるのはこれだけである。

●前頭葉(主に内側前頭前皮質)→料理長
●視床→コックさん
●扁桃体→煙探知機

そしてポイントとなることをまずは簡易的に解説する。



●トラウマ体験や、積み重なる緊張・ストレス・抑圧などの体験によって扁桃体がバグを起こすようになる。

●扁桃体は常に、無意識に情報を探知しており、危険か危険ではないか、の判断をする。

前頭葉の指令が届く前に、扁桃体が誤作動を起こしたりすると、トラウマスイッチが入ってしまう。


トラウマスイッチが入ってしまうと人はこのような順番で状態が変化する。

(1)身体的な安全を体感することができない

(2)イマココ、現在とのつながりが断たれて思考停止あるいは過剰妄想になる

(3)闘ったり逃げようとしたり攻撃したりするサバイバルモードへ

(4)人との関わり社会との関わり自然との関わりを断絶する、自分の感覚とも断絶する


この最初の方で、“安心安全である”ことが確認できれば、先に進むことはない。しかし、安心安全でない状態にあると自己認識してしまうと、どんどん先に進んでしまい、気づいた頃には完全に自己喪失するところまでいってしまうのだ。


さて、ここからは前半レポートにおいて大切な要点だけを載せておく。これらを意識しながら読み進めていくと、理解の助けになるはず。


トラウマ体験を負うと、自分の新しい経験を自分の人生に統合できなくなる。いつまでも過去に囚われ続けてしまい、新しい経験もすべて過去に汚染されてしまう。


(例)どれだけ幸せな恋愛をしても愛されている実感が得られず不安がつきまとう。どれだけお金を稼いでも自分には価値がないとしか思えず、強迫観念が強いまま。



トラウマスイッチが押されると、あらかじめプログラムされた身体的避難計画が自動的に作動する。まるで避難訓練が頻繁に、かつ予期せぬタイミングで起こってしまい仕事が中断ばかりしてしまうようだ。
トラウマ侵食された脳が主導権を握ると、高次の脳(意識ある心)が停止しやすくなる。物事を冷静に判断できなくなり、分裂した感覚になる。時間感覚もなくなり、繋がりを失う。
トラウマスイッチは、外側で起こる特定の状況だけではなく様々な精神的な問題によっても押される。


(例)

自分の行動と必要性が一致しない時。人間関係の破綻(死別・別れ・喪失)
身体が緊張や硬直をしてしまって動けなくなる時。自分の思考で描いたプロセスと行動や結果が異なると、怒りが止まらない、パニックになるなども。


余談だが、自分の思った通りにならないとイライラして怒りが爆発してしまう人がいるけれど、その人もトラウマスイッチが自動的に押されてしまって内的な感覚がパニックを起こしていると想像してみると分かりやすい。車に乗って渋滞に引っかかった時などに出てくる暴言や破壊衝動などもこのパターンである。


例のレストランに例えてみよう。

●前頭葉(主に内側前頭前皮質)→料理長
●視床→コックさん
●扁桃体→煙探知機

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強い怒りや悲しみ、恐れによって情動が活性化し、前頭葉の活動が低下すると料理長はポンコツになる。


人が感情的になって支離滅裂なことを言ったり吐き捨ててしまったりした後に、ふと後悔するのは、情動が主導権を握っているときに、理性が働かないシステムになっているから。


扁桃体が過敏になり、誤作動を起こしてアラームを鳴らす。


キッチンは大慌て!料理長は思考停止する。

キッチンではパニックが起こり、皿や料理が飛び散理、包丁は間違った使われ方をする。落ち着いた頃に料理長がひょっこり顔を出して、冷静に謝ったりする。

トラウマ体験によって発作が起こるとき、わたしたちの内面ではこういったことが起きているのだ。


さらに、前頭葉がストレスを受けると(料理長がストレスフルになると)、主導権を維持できなくなる。そうすると時間感覚が失われてしまい、今と過去と未来の区別がつかなくなる。料理長がポンコツになると上手な指示が出せないため、美味しい料理が出てこなくなる。(分裂したイメージや思考や言葉が出てくるようになる)

(例)過去起きたことなのに今のように感じる。未来のことなのに今のように感じる。今のことなのに実感が得られず、時間から切り離されたような感覚になる。


そして、トラウマ体験やストレスによって視床が停止し、コックさんがポンコツになると

情報のフィルタリングがなくなってしまい、様々な言葉やイメージや映像や音で混沌としてしまう。あるものなんでも入っているスープが出来上がってしまうような感じ。情報過多になり過ぎてしまい、大変疲れてしまう。料理長の指示も伝わらない。



少しイメージが湧いただろうか?


特に重要なのは、煙探知機の方が早く主導権を握ってしまうということだ。誤作動を起こしていなければいいものの、トラウマ体験によってバグが生じたままでいると、料理長の声はもう届かない。


料理長は、“ことば”を操る。料理長は、全体を統括する。そして、本来は常に冷静であり、全体のことを把握しており、かつみんなから信頼された状態で、統括をする立場だ。

しかし、扁桃体という煙探知機に比べると、料理長の声は小さいだろう。

一旦アラームが鳴り出して、「火事だ火事だ!危険だ、逃げろ!」と騒がれたら、よほどの料理長ではない限り場を統括することは難しい。


つまり、トラウマ体験によって脳が影響を受け、本来連携をとることができるプログラム同士のつながりが断たれてしまう。


最も伝えたい点はここである。

『言語によるトラウマ体験へのアプローチには限界がある』ということだ。



■“ことば”の限界



例えば、よくパニックを起こしている人や怒りでいっぱいになっている人に対して、理性的に話しかけたりしても伝わらないことがあるだろう。あるいは、被害妄想の真只中にいて、なんでもかんでも悪い方にしかイメージがいかない・・・という人に対して、どんなに言葉で説明しても届かない。


なぜならその最中、彼ら・彼女らの料理長は、声が届かないからだ。


まずは一旦、煙探知機のモードを通常モードにしなければいけない。アラームが鳴り続け、本当は何も起きていないのに内側では大変なことが起きている状態では、どんな言葉も理屈も意味がない。まずは、安心することが重要なのだ。

今危険なことが起きているわけではない、と扁桃体が落ち着くと、再び前頭葉とのつながりが生まれる。交感神経優位すぎるところから、副交感神経も働くようになり、バランスが取れてくる。

自己感覚も生まれ、自分が今どんな状況なのか冷静に判断することができるし、その時に初めて本当の“自分の言葉”が言える。だから、トラウマスイッチが入っており、煙探知機が誤作動を起こしている時に出てくるものは、すべて過去の汚染されたものであって、その本人の意思がほとんど入っていないとも言える。感情的なときの言葉は当てにならない、ということだ。



■段階によって違う、“トラウマの影響”



一度、扁桃体が危険を感知してしまうと、そこから様々な“ストレスモード”に入ってしまう。トラウマ体験がその人にどのような内的感覚を生み出してしまうのかは後半で解説するが、重要なのは『ストレスモード』にもいくつか段階があるということである。


この段階分けは私がまとめた理論であり、後半レポートでしっかり解説するが、まず先に軽く紹介する。

1、失感情症の段階
2、無力感・無価値観・無効力感の段階
3、自己嫌悪感の段階
4、屈辱・恨み・憤り(怒り)・悔しさの段階
5、深い悲しみ・痛み・孤独の段階

例えば、1の段階にいる人は、トラウマスイッチが押されて、扁桃体という煙探知機が誤作動を起こしてしまうと、感覚をシャットアウトする、というモードに入ってしまう。

これは、感覚をシャットアウトすることで自分の内側で起こる脅威から身を守るためである。刺激に過敏でストレスが高く、耐えられないと判断され、無感覚になる。自分の感情や感覚、肉体的な感触(触覚)が実態感をなくすのだ。


2の段階になると、今度はやや感覚はあるものの、「何をしても意味なんてない」といった無力感モードとなる。もちろん、料理長はこの時主導権を握っていないため、思考ではどうすることもできない。

3の段階になれば、何を見ても何を考えても物事を冷静に捉えることができず、「すべて自分のせいである」と感じてしまうモードに入る。

この段階にいるときにトラウマスイッチが押され内側が緊張すると、コックさんが『全部私のせい』だと思えるような料理(感覚やイメージ)しかつくってくれなくなる。ひどくなると煙探知機が誤作動を起こし、パニックになってしまう。つい、自分を責め過ぎるだとか、罪悪感の海に溺れてしまう。

4の段階になると今度は逆に、何もかもが自分以外のせいであると思えて仕方がないモードに入る。

怒りや恨み、破壊衝動がおさまらない。

何かを誰かを攻撃したくてたまらなくなってしまう。トラウマスイッチが入ってしまい、その人の中で過去が再現されると、その過去に対して屈辱感や強い怒りを感じざるを得ない。

5の段階では深い悲しみと孤独感がやってくる。もはや料理長の声は全く届かない。この段階でどんなに理屈を述べても、どんな言葉を自分にかけても、全く響かない。そして逆に、言葉で自分を表現することもできない。ただただ、深海に落ちていくような感じである。


※ちなみに、1から5の段階に変化することが回復しているということだと定義している。(詳しくは後半でも触れる)


この5段階分けは、トラウマ体験が脳の仕組み・心・身体とどのように関係しているのかを考慮しながら、『トラウマ体験によって脳・心・身体が異常モードになっている』状態から本来の正常モードへと戻るプロセスで、

人々がどんな内的変化を感じるか?内側ではどのようなストレス反応や、無意識的な考えやイメージの傾向があるのかを自分なりに研究し、学び、段階分けした。


次の後半レポートでは、この5段階について解説しながら、回復プロセスについて見ていきたいと思う。


(後半レポートへ続く)


■トラウマからの回復5段階


トラウマから回復するとは、内的感覚を取り戻し、自分の人生における主導権を握りなおすことである。

過去の反応や反射に囚われたままの自分から、それらを自分の意思で変化させることができ、統合された自己(セルフ)を感じる。

そうすることで私たちは、失ったと思っていた”わたし”がここにいた、という体験をする。自分自身とのつながりを、身体の芯で感じることができるということは、その時初めて自分の生命を感じるということでもある。


自分を見失ったままでは、本当の意味でまだ”生きている”とは言えないのかもしれない。しかし、自分の中にあるトラウマ体験や、バラバラになって保管されている感情や感傷的な記憶を、ひとつなぎにすることができた時、私たちは自分が何者であるのかという実感を初めて持つことができる。


わたしは、トラウマ体験によって自己喪失した状態から、復活、回復に至るまでのプロセスを、内的感覚の変化を軸としてこのように段階分けしてみた。

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