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リテールパークへの再生

こんにちは、コーイチです。
今回は、前回の記事「空間のアップスケール」と同じ「Adaptive reuse(アダプティブリユース)」の手法にて大変貌を遂げた、『ハリー・ポッター』に出てくるホグワーツへの出発駅としても有名な「King's Cross」駅周辺の再開発の商業施設である「Coal Drops Yard(コール・ドロップス・ヤード)」を見ていき、日本でもこのような再開発が参考になるか考えたいと思います。

1. King's Cross再開発とは

(出典:The B1M youtubeより)

 「King's Cross」とは、国内列車・国際列車と多数の地下鉄ラインが交差するロンドンのターミナル駅周辺エリアとなります。
 イギリスに限ったことではありませんが、陸続きで鉄道輸送が発達したヨーロッパでは、物資の運搬作業員や市場や工場の作業員を日雇いで雇っていたため、労働生産性の低い貧困層の人々が仕事場および生活圏として、ターミナル駅周辺に集まるようになりました。
 未だにそれらの性質は改善しておらず、郊外の貧困地区からアクセスがしやすいことや、観光客狙いのスリが多いことから、「King's Cross」ターミナル駅周辺は治安が悪い傾向にあります。
 また、「King's Cross」は、四半世紀ほど前まではドラッグ・ディーラーが徘徊する市内でもトップクラスの犯罪率で悪名が高く、かつては男女に関係なく「夜はなるべく歩きたくない地域」ナンバーワンでした。

 2012年のロンドンオリンピックを機に、それまで貧困層が集まる治安の悪いエリアとされていた「King's Cross」の再開発が着手され、オリンピック後の現在も進化を続けています。
 エリアの中心となる「King's Cross」駅は、2012年に駅舎の改修が終わり、駅の周辺、主に裏手に広がる運河沿いの地域を中心に官民が手を組んだ大規模な再開発が旧ピッチで進行中です。
 オフィスやショップだけでなく、近未来的とも言える2000戸の住宅も建設中で、大学、小学校、幼稚園が誘致され、さらなる教育機関も今後作られる予定となっています。
 また、2018年より着工した、超高層ビルと同じくらい横に長い「Google」のUK本社ビルも建設中で、ジムやマッサージ・ルーム、スイミング・プールや屋上ガーデンを完備する予定ということです。

 この再開発で最も中核的な存在となっているのが、2011年にウェストエンドから引っ越してきたロンドン芸術大学、「Central Saint Martins」で、グラナリー・スクエアと呼ばれる広場に立つ元穀物倉庫「グラナリー・ビルディング」を改修して新本拠地としました。

 他にも、ヴィクトリア朝時代の倉庫跡を利用した飲食・ショップ・オフィス通りなどもあり、古いものを保存利用しつつ、新しい技術やデザインと組み合わせていくというアプローチ「Adaptive reuse」によって、まったく奥行きのない近代的な再開発よりも、人々に受け入れられやすい街づくりとなっています。

2. Coal Drops Yardプロジェクト

(出典:Dezeen youtubeより)

 「Coal Drops Yard」は、その名が示す通り1850年代に列車で北イングランドから運ばれてきた石炭を積んだ列車が、その上階に入り込んで停車し、貨物列車の底が開いて、石炭を倉庫に「ドロップ」(落下)させて保管していた場所となります。
 総合デベロッパーである「Argent Group」は、2014年に「Coal Drops Yard」をリテールパークとして再開発するための建築家として「トーマス・ヘザーウィック」を起用しました。
 このプロジェクトでは、1億ポンドを投じ、ヴィクトリア時代の小屋を9,290㎡の新しい高級ショッピングコンプレックスと私有地に改造することが求められました。
  
 ヘザーウィックはエンジニアの「Arup(アラップ)」と連携し、2015年12月に計画が承認されました。
 「BAM Nuttall」が工事を請け負い、ヴィクトリア時代の建物の状態を調査し、必要に応じて解体作業を行う2年間の建設前段階を経て、2016年2月に工事が開始され、2018年10月に、60近くのユニットを備えた新しいショッピング・コンプレックス「Coal Drops Yard」として生まれ変わりました。

 このプロジェクトの課題は、老朽化した建物と長く角張った敷地を、一般の人々が集まって循環できる活気のある小売エリアに変えることでした。
 細長いビクトリア朝の石炭倉庫は、既に鋳鉄とレンガの構造は部分的に廃止され、1990年代に部分的に放棄される前に、軽工業、倉庫、ナイトクラブにサービスを提供していました。

 東側と西側の炭坑の切妻屋根をつなげることにしたのは、デベロッパーの発案によるものですが、デザインチームはもっと変わったアイデアを思いつきました。
 2つの建物を屋根の高さでつなぐことで、ショッピングセンターの中心的な存在となり、人々がその下に集うことができるようにしたのです。
 ヘザーウィックは、2つのアーケード状の倉庫を「kissing roof」でつなぎ、レンガと錬鉄の2つの石炭倉庫は、構造的には異なりますが、共通の屋根線を持つようにしました。
 拡張された屋根は、一枚の紙がねじれるように、元のビクトリア朝の建造物で使用されたものと同じウェールズの採石場から引き出された青灰色の屋根スレートで覆われています。
 幅35mの屋根は、建物内に埋め込まれた54本のスチール柱で支えられており、既存の壁構造に余分な重量を加えないことで実現しました。

(出典:Severfield plc youtubeより)

3.Coal Drops Yardの施設概要

(出典:Flow Design youtubeより)

 「Coal Drops Yard」は、ガラス工場やナイトクラブなどの変遷を経て、ショップやレストランなど約50店舗を擁するショッピング・モールとして、歴史的な骨格を生かしつつ、モダンに生まれ変わりました。
 総合文化施設やアートスクールが近接するエリアだけに、「Coal Drops Yard」に入っている店舗は、ちょっと個性的なショップやレストランとなります。

 家具や照明を扱う英国人デザイナーのブランド「Tom Dixton」は、ショップはもとより、イスラエル出身のセレブリティ・シェフであるアッサフ・グラニットとのコラボでレストランも出店し、ヘッドクオーターやスタジオ、ワークショップ、ギャラリーも同じ建物に展開しています。

 また「Alain Ducasse」も、チョコレート・ショップ「LE CHOCOLAT」だけでなく、併設してカフェ「LE CAFÉ」を出店しています。

 施設の入り口右側にある煉瓦造りの建物では、地上3フロアにわたって、洋服から雑貨、家具や本の売り場、そしてレストランまで入った「Wolf & Badger」も入店しており、「エシカルでサステイナブルなユニークな商品を扱う」というポリシーに合った、個人アーティストの手によるものを中心に取りそろえています。

 「メイド・イン・店内の工房」のオリジナルキャンドルを販売している「bonds」は、ショップの奥にガラス張りの工房を擁し、ここでキャンドル作りのワークショップも行っています。

 ハックニー発祥のレザーバッグと小物のお店「Lost Property of London」は、LPOLのロゴが控えめに入った、ミニマルなオリジナルデザインのアイテムを販売しています。
 買った人が長く愛用してくれるようにと、植物由来のエキスでなめした上質な革のみを使用し、シンプルで機能性に富んだバッグを製造販売しています。

 ほかにも女性デザイナー姉妹が胸の大きさに合わせて異なる立体デザインを採用したブラジャーが人気の「BEIJA LONDON」や、「Paul Smith」、「FRED PERRY」、「COS」、「Samsung」など、有名どころの店舗も入店して
います。

(出典:COS youtubeより)

 現在は、ターミナル駅周辺のリノベーションや、大規模な商業ビルの登場によって、治安の悪さは面影も感じられず、緑が美しい開放感のある外のスペースで子供を遊ばせる家族連れやショッピングを楽しむカップル、建物内に設けられたコワーキングスペースをオフィスとして使っているクリエーターなど、様々な層のローカルが集まる注目スポットとなっています。

4.最後に

(出典:King's Cross youtubeより)

 「King's Cross」再開発は、建設棟数約50棟、住宅は約2,000戸、そして、敷地面積のほぼ4割にあたる約10.5万㎡という広大なオープンスペースが創出される点が特徴となっています。
 また、国指定建造物を含め20の歴史的建造物が再開発後の現在も産業遺構として保存、活用されています。
 ヘザーウィックは、大部分がオフィスで構成されているこの大規模な近代的な開発の中で、「Coal Drops Yard」が新しい集いの場になることを望んでおり、そのためには、面白い建物を作ることが重要だったと述べています。

 日本の再開発でも、国の重要文化財にも指定され、赤レンガが印象的な東京駅「丸の内駅舎」は、開業100周年を迎えた2014年に改装が施されたり、東京駅に近く、1933年に建築されたルネサンス様式が施され、地下鉄の駅と一体化された構造を持つ民間建造物としては現存する最古のものという、有形文化財に指定されている「明治屋京橋ストアー」も、再開発において、建物の保存と活用の策が採られました。

 このように文化財などになっている建物は、再開発においても保存、活用されるケースはみられますが、一方で、民間が所有している歴史的建造物の取り壊しは、急ピッチで進んでいます。
 その例として、世界的な建築家として知られた丹下健三氏が設計し、文化的な価値が高いとされた「赤坂プリンスホテル」や90年にわたって街を見守り続けてきた旧相互無尽会社(神保町ビル別館)、日本モダニズム建築の傑作といわれた「ホテルオークラ東京本館」などがあります。

 建物の取り壊しが問題になると、決まって「経済成長のためにはやむを得ない」「日本は地震国なので解体は当然」「高温多湿な日本の気候は諸外国とは違う」「文化遺産の保存と経済は両立しない」といった意見が出てきます。
 
 建造物を建てては壊すといった、建設需要で経済を回すのは、かつての中国など発展途上国が採用する成長モデルで、先進国の場合、古い建物を活用することで、そこに付加価値を生み出す成熟型モデルを採用した方が圧倒的に大きな利益を得られるのではないかと思います。
 また、地震や気候についても、欧米など海外では同じような条件の国、場所でも、建物の保存が出来ています。

 日本にも先進諸外国と同じように活用できる資産がたくさんあるのですが、残念ながら、こうした資産を生かそうという方向には進んでいません。
 日本でもそろそろ「scrap & build型」開発ではなく、「Adaptive reuse型」開発を取り入れるべきではないかと心より思いました。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。
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