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インデックス投資の『継続』と『勧奨』をゲーム理論から考察したい【全文無料】

『投資方法としてパッシブ(インデックス)投資とアクティブ投資のどちらを選ぶべきか?』という問いはいろいろな意見があり頭を悩ますものです。
以前少し違った切り口としまして、インデックス投資のデメリットをゲーム理論から考察するということを試みました。

その過程で新たな疑問として挙がった点として合理的なアクティブ投資非合理的なアクティブ投資の存在があります。
『実際の市場ではパッシブ投資以上のリターンが得られるアクティブ投資のほうが少ない』、つまり『意図せず非合理的なアクティブ投資が存在してしまっている』という事実を戦略に組み込むとどうなるのか?という観点に興味を持ち、今回深堀してみることにしました。

その結果として、今回はインデックス投資の『継続』(戦略を変えず長期投資を続けること)と『勧奨』(ほかの人にもインデックス投資を勧めること)という行動は意味のあるものだという示唆が得られました。まとめると以下のようになります。

・他者の「アクティブ投資」が合理的か否かによらずに「パッシブ投資」の勝率が五分五分をキープされるならば、「パッシブ投資」を継続したほうがよい。
・他者の「合理的なアクティブ投資」で「パッシブ投資」の勝率が0になるならば、アクティブ投資へ切り替えたほうが良い。
しかし「パッシブ投資」を継続し他者にもパッシブを勧めてパッシブ派を増やすことで勝率の期待値を上昇させることができ、結果的に全員が「パッシブ投資」を選択することが最も全体最適になり得る。


基本モデルの説明

前回のモデルでは『パッシブvsアクティブ』という2つで議論をしましたが、今回はアクティブを選んだ場合に『合理的アクティブ』と『非合理的アクティブ』のどちらかランダムに選ばれるというケースを考えてみたいと思います。

考え方は以下にようになります。
・投資家(プレイヤ)は「アクティブ投資」と「パッシブ投資」のいずれかを選べるものとします。
・「アクティブ」を選んだ場合、投資家の意思にかかわらず「合理的アクティブ」と「非合理アクティブ」のどちらかが無作為に適用されるものとします。
・効率的市場仮説を元にして、いずれの選択においても利得(ここでは仮に勝率とします)に対する期待値はいずれも0.5になるものとします。

上記を利得の表に落とし込むこむわけですが、極端なケースとして以下のように考えます。

・「パッシブ」は常にランダムウォーク状態に身をゆだねるため利得が0.5
・「合理的アクティブ」はほぼインサイダー状態を表すものとして、「非合理アクティブ」と「パッシブ」に対して利得1。ただし「合理的アクティブ」同士ではランダムウォーク状態で利得0.5
・「非合理アクティブ」は「非合理アクティブ」同士ではランダムウォーク状態で利得0.5、それ以外に対しては非合理な投資をしてしまうため利得0

以上を基本モデルとして、ゲームを考えてみます。


ゲーム1:切替コスト有の2人ゲーム

まずは前回と同様に、切替コストがある場合の2人ゲーム$${G:=(N,S,F)}$$を考えてみます。

●プレイヤー$${N}$$
市場には2人の投資家しかいないこととして、$${N=\{I1,I2\}}$$とします。
●戦略集合$${S}$$
戦略は現在の投資対象から『切替$${C}$$(change)』『継続$${K}$$(keep)』のいずれかを選択することで最終的に『$${A}$$:アクティブ』『$${P}$$:パッシブ』のいずれかを選ぶ、というものとし2×2=4つの戦略からなる$${S=\{CA,KA,CP,KP\}}$$とします。
●利得関数$${F}$$
基本モデルの利得表をベースとし、切替Cの場合はそこから$${-0.1}$$(手数料分で勝率が低下)、継続Kの場合は利得表通りとします。

戦略$${S=\{CA,KA,CP,KP\}}$$は
・$${CA}$$:現在の投資対象から新たなアクティブ投資への切替
・$${KA}$$:現在のアクティブ投資を継続
・$${CP}$$:現在の投資対象から新たなパッシブ投資への切替
・$${KP}$$:現在のパッシブ投資を継続
となります。
ここで重要なことは、現在のアクティブ$${A}$$がたまたま合理的アクティブ$${A_+}$$だったとして次のフェーズでも$${A_+}$$になるとは限らない、ということです。
同様に、現在のアクティブから別のアクティブに乗り換えたとしてもそれは切替Cであるものとし、その別の$${A}$$が$${A_+}$$になるか$${A_-}$$になるかどうかもランダムであると考えます。

上記からなるゲーム$${G}$$を表にすると以下のようになります。
カッコ内の左側が$${I_1}$$の利得、右側が$${I_2}$$の利得です。

ここからはプレイヤー$${I_2}$$の視点で考えてみます。
現在「パッシブ」を行っていると仮定すると、取り得る戦略は$${KP}$$(keep passive)もしくは$${CA}$$(change to active)のいずれかです。

「パッシブ」の場合、どのような戦略に対しても常に利得0.5であることから$${KP}$$であれば常に利得0.5になります。
「アクティブ」に切り替えた場合、無作為に$${CA_+}$$もしくは$${CA_-}$$に選ばれることになります。
そのため、$${CA}$$の場合の期待値を考えたうえで$${KP}$$と比較すると以下のようになります。

$${I_1}$$が$${KA}$$もしくは$${CA}$$を選んだうえで$${KA_-}$$もしくは$${CA_-}$$になることが確実ならば、$${I_2}$$は$${KP}$$より$${CA}$$を選んだほうが優位になります。
しかし、$${I_1}$$の$${KA}$$もしくは$${CA}$$が$${A_+}$$、$${A_-}$$のいずれになるかわからないうえで考えると、$${I_2}$$の$${CA}$$期待値は0.4であることから$${KP}$$を選んだほうが優位になります。
これは基本モデルでの利得がいずれも0.5であるところから切替Cによって$${-0.1}$$の利得減少がなされることから、難しく考えずとも自明と言えます。

これを実戦略に置き換えて得られる示唆として、
切替コストがあるケースにおけるパッシブ投資家は、
他者が明らかに「非合理アクティブ」投資を行うことが明白な場合は「アクティブ」に切り替えることが期待値的に望ましいが、
それ以外の場合は「パッシブ」を継続することが望ましい
と考えられそうです。


ゲーム2:切替コスト無の複数人ゲーム

ゲーム1から切替コストがある場合で他者が「非合理アクティブ」であることが明らかでない場合は「パッシブ」を継続したほうがよいことがわかりました。
しかし、裏を返せば『切替コストがないならば「アクティブ」に切り替えようが期待値的には変わらない』ということになります。

では、切替コストがないケースで3人以上のプレイヤがいるゲームはどうなるか考えてみます。

基本モデルから、ゲーム1における$${I_2}$$の利得のみを抽出すると以下のようになります。

ここからプレイヤーを増やしていったときの動きを見てみます。
下図はプレイヤを三人にした場合の$${I_3}$$の利得を示しています。
ここでは$${I_1 \& I_2}$$は区別しないものとし、$${(I_1,I_2)=(A_+,A_-)}$$であろうが$${(I_1,I_2)=(A_-,A_+)}$$であろうが同じものとしています。

期待値で見てみるとコストがかからないのにも関わらず、$${A}$$({$${A_+}$$もしくは$${A_-}$$のランダム)に対して$${P}$$のほうが期待値が高くなっていることがわかります。
$${I_1 \& I_2}$$の戦略毎で見ても、$${I_1 \& I_2}$$が$${A_-A_-}$$以外は$${A}$$の期待値は$${P}$$よりも下がっており、$${I_1 \& I_2}$$が$${A_-A_-}$$のとき唯一$${P}$$に対して$${A}$$の期待値が上昇していることがわかります。

他者が明らかに「非合理アクティブ」投資を行うことが明白な場合は「アクティブ」に切り替えることが期待値的に望ましいという結果は同じですが、$${A}$$を選択することによる期待値が減少するという変化が起きるということになります。

なお、$${I_1 \& I_2}$$の区別をするものとした場合、$${I_3}$$が$${A}$$を選択した際の期待値は更に減少方向になります。

つまり、人数が増えた場合は期待値の高い「パッシブ」を選び続けたほうが、仮にコストがなかった場合だとしてもよいのです。
これは早い話、自分以外の他者に一人でも$${A_+}$$がいてしまうと、自分も$${A}$$を選んだうえで$${A_+}$$にならなければ$${P}$$を選ぶよりも劣ってしまうためと言えます。

例えば、コイントスで置き換えて考えたとします。仮にあるタイミングですべてのコインが裏になったとして、次の試行で再び「すべてのコインが裏になる確率」よりも「少なくとも1枚以上のコインで表が出る確率」のほうが高いこと、またこれはコインの枚数が増えるほど顕著であることを踏まえると、上記は理解しやすいと思います。

以上のことから実戦略に置き換えて得られる示唆として、
切替コストを無視した複数人の投資家がいるケースにおいても、
・他者が明らかに「非合理アクティブ」投資を行うことが明白な場合は「アクティブ」に切り替えることが期待値的に望ましいが、
・それ以外の場合は「パッシブ」を継続することが望ましく、参加人数が多ければ多いほどそれが顕著になる
と考えられそうです。


ゲーム3:効率的市場崩壊を想定した複数人ゲーム

以前の考察から「パッシブ」のデメリットとして、その最適行動によって効率的市場仮説が崩壊するリスクがあることを挙げていました。
これは「パッシブ」が浸透しすぎることで効率的市場仮説が成り立たなくなり、「合理的アクティブ」の一人勝ちが起こり得るというものでした。
また、上記までの考察から「パッシブ」を選択するほうが合理的であるという考えから「パッシブ」が浸透しすぎた状況というのは起こり得ると考えられます。

そこで最後に、効率的市場仮説が崩壊した結果、他者の「合理的なアクティブ投資」で「パッシブ投資」の勝率が0になるケースというものを考えてみます。

基本モデルに対して以下のような変更を加えます。

切替コストを考慮しなかったとしても自分が$${P}$$で相手が$${A}$$を選択すると期待値が低下してしまうことがわかります。
したがって、常に「アクティブ」を選択したほうがよいということになりますが、それでもなお「パッシブ」を継続する場合は相手に「パッシブ」を選択するように仕向けたほうがよいということになります。

また、変更を加えた基本モデルから同様にI2の利得のみを抽出すると以下のようになります。

同様に、プレイヤーを増やしていったときの動きを見てみます。
下図はプレイヤを三人にした場合の$${I_3}$$の利得になります。
ここでも$${I_1 \& I_2}$$は区別しないものとしています。

ゲーム2と違い、$${P}$$を選択するよりも$${A}$$を選択したほうが期待値が高い状態となります。
これはプレイヤを増やしていっても同様になります。

ここで、$${I_1}$$~$${I_4}$$に$${P}$$を選択させることの影響度について考察してみます。
上の表を元に、$${A_+}$$と$${A_-}$$をまとめて$${A}$$として期待値を計算しています。

表からわかることは、$${P}$$を選択する他者が増えるほど、$${P}$$を選択しても$${A}$$を選択しても期待値が上昇していくということです。
そして、全員が$${P}$$を選択することで全員の期待値が0.5という最大値をとることができます。

おもしろいことに、これは『崩壊してもなお「パッシブ」を選択しているプレイヤが多いという状況は、崩壊後の「パッシブ」の期待値を少しでも上昇させるという役割を持っている』と解釈できそうです。

つまり、「パッシブ」の『勧奨』は効率的市場の崩壊をもたらす懸念があると同時に、浸透が進んでいれば進んでいるほど崩壊後の「パッシブ」投資家たちの自身への悪影響を少しでも小さいものにするというリスク低減効果を持つということです。
これは、自身が「アクティブ」に切り替えざる負えなくなった状況に対しても効果を発揮します。

効率的市場という前提は、どんな理由で崩壊するかわかりません。
そのためパッシブ投資家にとって「パッシブ」を勧めることに損はないと言えそうです。
「パッシブ」の『勧奨』は、見方によってはある種「チキンレース」であると同時に、見方を変えれば一種の「保険」でもありそうですね。


まとめ

今回は合理的なアクティブ投資非合理的なアクティブ投資の存在に着目し、ゲーム理論からインデックス投資を深堀してみました。

効率的市場仮説をベースに切替コストを無視して複数人の投資家がいるケースを想定した場合、他者が明らかに「非合理アクティブ」投資を行うことが明白な場合は「アクティブ」に切り替えることが期待値的に望ましいが、

基本的にパッシブを『継続』することが望ましく、参加人数が多ければ多いほどそれが顕著になる

という示唆が得られました。
また、効率的市場仮説の崩壊を見据えて他者の「合理的なアクティブ投資」で「パッシブ投資」の勝率が0になるケースについても考察を行ったところ、

パッシブ投資を『継続』し他者にもパッシブを勧めてパッシブ派を増やすことで勝率の期待値を上昇させることができ、結果的に全員がパッシブ投資を選択することが最も全体最適になり得る

という結果も得られました。さらに、

パッシブ派を増やすための『勧奨』は効率的市場の崩壊をもたらす懸念があると同時に、浸透が進んでいれば進んでいるほど崩壊後のパッシブ投資家たちの自身への悪影響を少しでも小さいものにするというリスク低減効果を持つ

というおもしろい示唆も得られました。

現在進行形でインデックスの積立投資を行っている方で投資方法として不安を感じている方がいらっしゃいましたら、ぜひこの示唆を頭の片隅にでも置いておいて頂いて、自信をもってパッシブの『継続』と『勧奨』を続けていただければと思います。

ここまでお読みいただきありがとうございます。何かのお役に立てば幸いです。ではでは🎩

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