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体育の授業で友人の山田にサッカーの醍醐味を知ってもらった思い出 【前編】

火曜日のサッカーの授業

火曜日は1週間でもっとも待ち遠しい日だった。

2013年夏、高校生の僕は、火曜日の電車で武者震いをしていた。なぜならこの日の3限の授業は体育で、種目がサッカーだからだ。

幼稚園時代から触れてきたこともあり、サッカーは僕のNo. 1お気に入りスポーツだった。
「なんだか興奮してきたな」1限の日本史と2限の古典の授業中、僕は何度も1人でそう呟き、ニヤニヤしていた。

一日千秋。授業時間はあまりに長く感じられた。だが永遠に続くわけではなく、ついに2限が終わった。「ウヒョー!」声に出してそう叫んだ。
女子が更衣室に向かい、教室には男子のみが残る。僕はクラスメイトと女性アイドルの話をしながら、「今日はどのポジションでプレーしようかなあ」などと妄想を膨らませていた。

サッカーが嫌いな友人の山田

その時、隣で着替えていた友人の山田が、ボソッと呟いた。

「今日はサッカーか… クソめんどくせえなぁ…」

ギョッとした。ちょ、待てよ。あんなに楽しいスポーツが面倒くさい?ちょっと何言ってるかわかんない。
耳にした瞬間は信じられなかった。が、すぐに冷静になった。好き嫌いは人それぞれだ。自分も山田の好きなマラソンが大嫌いだし。

とはいえ理由が気になったので、聞いてみた。回答はこうだった。

「俺みたいに下手なやつはボールをもらっても何もできないし、ボールを奪うこともできないじゃん。周りからの冷たい視線が憂鬱なんだよなー はぁ…」

「なるほどねえ。」

確かに、想像するとゾッとする。自分が足手まといになり、チームメイトから冷めた目で見られる。「何であいつと同じチームなんだよ」と内心で疎まれているかもしれない。しかもそれが、毎週チューズデーの恒例行事。

恋愛は苦手だがスポーツは得意だった僕は、そんな思いをしたことがなかった。

苦手な人はつまらないだろうなあとは思っていたが、精神的負担を感じていると考えるには至らなかった。
自分の浅はかさを恥じると同時に、小学生の頃、試合中に面倒くさそうに歩いているクラスメイトに「なぜベストを尽くさないのか」と文句を言った自分を責めた。彼がベストを尽くせなかったのは、面倒くさくて、つまらなくて、体育の時間、涙そうそうだったからだ。

はて、困った。どうしようか。
友人である山田がサッカーのせいで苦しんでいるのは、サッカー好きな僕にとって二重の意味で辛い。
しかし、これは体育の授業。「サボればいいじゃないの」と言ったところで「それはダメよ〜ダメダメ」と返されるだろうし、教師に「苦手な人に強制しなくても良いのでは」と訴えるわけにもいかない(評価の場がなくなるので)。もちろん、別の指導要領を提案することなどできない。僕は所詮1人の生徒だ。

山田へのアドバイスその1 「ボールを持っていないときの動きを工夫してみて」

そこで、山田にアドバイスすることにした。僕の心の中の江戸川コナンが叫んだのだ。
「教室からグラウンドに着くまでは少なく見積もっても10分かかる!コツを説明するには十分だ!」

アドバイスの内容は以下の通りである。

僕「サッカーが苦手なら、オフザボールを工夫してみなよ」

山田「オフザボールって?」

「ボールを持ってない時の動き。」

「ん?暇な時間にどう動くかってこと?」

「うーん、ボールを持っていない時=暇かー。実はサッカーでボールを持つ時間って、試合時間のほんの2%くらいなんすよ。だから、ボールを持っていない残り98%の過ごし方がめっちゃ大事。」

「マジで?それプロの話?」

「そう。プロの試合時間は90分。そのうち、1人の選手がボールに触る時間は2分程度って言われてる。」

「ほとんどボールに触らないんだな」

「そう。ボールを持っていないときの動きの大切さがわかるっしょ。」

「理解理解。」

「で、具体的な話をすると、例えば守備の時は、相手の邪魔になる場所に立っているだけで立派な守備になる。」

「へえー。でも相手の邪魔になる場所ってのがイマイチわからんよなぁ」

「うーん、まずは味方がいないところだね。こういうスペースは相手に狙われるから、そこに走っていって立っているだけで相手の邪魔になる。」

「ほぉ〜 穴を埋める感じね」

「そうそう。次に、相手のキープレーヤーをマークすること。ボールを奪うのが難しければ、キープレーヤーへのパスコースに立つだけでいい。」

「パスコースとは?」

「パスの通り道のこと。相手のキープレーヤーに通じるパスの通り道に山田がいれば、相手チームはキープレーヤーにパスをしにくくなるでしょ。いわば障害物になるわけだから。まあ、誰がキープレーヤーかは試合が始まらないとわからないけど、攻撃の中心になっている人はボールを触る機会が多いから、すぐにわかるはず。」

「ヤバそうな選手にボールが行かないようにするってことでOK?」

「イエス。で、ここまでは守備の話だったけど、攻撃でも立ち位置は大事なのよ。具体的には、相手選手があまりいないスペースを探して、そこに走り込むことなんだけどね。周りに相手選手がいなければプレーしやすいし、結構な脅威になる。」

「そう?相手がいないスペースでボールを持ったところで、すぐ相手に囲まれるし、そこでボールを奪われたら迷惑じゃね?」

「相手に囲まれて困ったら味方にパスすればいいよ。無理に自分で進まなくていい。サッカー界でも無理にドリブルする選手は好かれないよ。」

「それもそうだね。でもさ、相手選手のいないところに走り込むだけで効果あるの?」

「そう思うよねえ。でもこれが、結構効果あるのよ。相手チームからしたら、味方のいないスペースに山田がいたら超焦るし、急いで山田からボールを奪おうと何人かで向かっていく時に守備バランスが崩れる。これは守備をする上でかなり致命的なこと。サッカーを知っている人なら、これだけで評価してくれる。」

「ほう。要するに、相手の嫌がるところに突撃すればいいんだな。」

「そういうこと。ちなみに、ここまで守備と攻撃の両方の話をしてきたけど、役割によっては攻撃と守備のどっちかだけでいいからね。無理に両方やろうとすると体が持たないから。」

「だな。それは初めに味方と決めておくわ。」

「おまけだけど、相手が上手く守っていてスペースがないときは、相手の見ていないところに注目ね。素人は基本的にボールばかり見ちゃうから、ボールから離れたところはわりと隙になる。これは守備するときも同じで、相手の目線に注目して先回りしたポジショニング(位置取り)をすることが重要。」

「わかった。やってみるわ」

「一応まとめておく。守備の時に大切なのは、味方の穴になっているところを埋めるのと、相手のキープレーヤーにパスを通させないこと。攻撃の時に大切なのは、相手選手が少ないスペースに走り込むこと。それと、特に攻撃時は相手の目線に注目。皆ボールばかり見ていて、ボールのないエリアにはあまり注意が向いていない。」

「OKサンキュー」

山田へのアドバイスその2 「パスをする時は、爪先ではなく足の内側で」

「もう一つ。パスをする時は、爪先じゃなくて足の内側(土踏まずのある方)で蹴った方がいいよ。プロは皆そうしてる。爪先で蹴るのは一見簡単だけど、実はプロでもコントロールが難しいうえに軌道が不規則に変化する。パスは味方に向けて蹴るものだから、足の内側で丁寧に蹴ったほうがいい。で、シュートみたいに相手に向かって威力のあるキックをする時だけ、爪先とか足の甲で思い切り蹴る。それと、蹴る時は軸足を少し曲げて踏み込むイメージ。そうするとキックにスピードが出るし、コントロールも安定する。」

「ああ、インサイドキックってやつでしょ。それは知ってるんだよなー。でも確かに俺、いつも爪先で蹴ってるな… あれ上級者向けなのか… 笑えてくる…」

このようなやりとりをしているうちに、気づけば僕らはグラウンドに到着していた。
サッカーが上手いだけの同級生に手取り足取り指示されるのは山田も嫌だろうし、実はチームも違うしで、これ以上のアドバイスは避けた。

グダグダの準備体操とランニングを終え、待ちに待ったサッカーが始まった。

【後編に続く】

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