草原の道 <セローで出発編>
50年前に司馬遼太郎がアントノフから見た風景と、ほとんど変わっていないだろう。もくもくとした雲と、なだらかな(というかおおらかな)大地が夕日に照らされていた。雨雲も混じっているように見える。ゆっくり降下していく飛行機から見た景色は、20年ほど前に初めてのシルクロードツーリングで敦煌の空港に降りる時とおなじような気分にさせた。
「こんな何もないところに空港あるのかよ。まさか草むらに着陸するんじゃないよね?」
気候が狂いまくってる東京は35℃ぐらいあったけどウランバートルはどうなのか、機内からでは暑いのか寒いのかも想像できない。おそらくこういう場合は肌寒いんだろう、敦煌もそうだった。
入国を済ませると、背が高くて屈強なお兄さん二人が出迎えてくれた。彼らが現地ガイドだ。
「こんにちわはじめまして。知り合いが同じ便に乗っていて荷物を受け取るので、もうちょっと待っててくださいね、喫煙所はあっちですよ。」
仲良くなれそうだw
屈強なのもそのはず。彼らは兄弟で、弟のほうが元々日本の大相撲の力士だったという。12年も日本にいたとのことで、日本語はペラペラだった。
今日はホテルで寝るだけで、バイクツーリングは明日の朝からスタートだ。ガイドの2人のクルマに分乗し1時間ほどかけてウランバートルの市内に入った。20℃前後?やはりかなり涼しくて雨も降り出していた。WeatherNewsの予報どおり雨だ。
市内に近づくにつれて交通量が増えてくるのだが、とにかくプリウスが多い。しかも2005年前後の2代目プリウス。ほぼ右ハンドル。おそらく日本からのものだ。日本の車検シールや12ヶ月点検のシールがそのまま貼ってあるものも多い。
「モンゴルは冬はマイナス40度になるんですよ、それでもプリウスは電気で一発でエンジンがかかるんです。だからみんなプリウスなんです。モンゴルで石を投げるとプリウスに当たる、なんて言われてますよ。」
というのがガイドの説明。とはいえ異常な多さだ。乗用車の比率的には、みたところプリウス5割、その他のトヨタのハイブリットが2割、残りがRVだろうか。ホンダとか他にもハイブリットあんだろ、と思うのだが、この国は本当にトヨタ一強だった。この夏のドラマ「VIVANT」のことを帰国するまでボクは知らなかったのだけど、もし見る機会があったら現地ロケのシーン(バルカ国の町中)をよく見てみてください。プリウスだらけですw
ホテルはなかなかの設備のホテルで、シャワーの水圧が低いことを除けば非常に快適だった。寝る頃には雷が鳴り始めて激しい雨が降り出していた。……そして翌朝、目を覚ましても雨。本降りだった。
「はやくはやく。カッパは上下着ておいたほうがいいよ」
奥さんを急かし、汗だくになってバイクの装備を整えてロビーに降りる。海外ツーリングっぽくなってきた。
外に出ると、YAMAHAのXT250という青いオフロードバイクが5台並んでいた。ちょっと顔が違うけど日本で言うセローだ。セローといえば225だと思ってたんだけど、だいぶ前から250ccだったんだね。けっこう新しい型でよく整備されているのがわかる。
250ccもオフロードも今日がはじめての奥さんは、並んでるバイクを見て「えー!でかい!こんなの全然ムリー」
とか言っている。
まあ、またがってごらんよ、といって後ろを押さえて跨らせる。
「あー、重さで車体が沈んで足がつくもんだね」
学生の時、はじめてバイクでツーリングに行く後輩にいろいろ助言をする時のことを思い出してきた。
「無理に前の人を追ってはいけない」
「自分で安全が確保できると思えるスピードで走ること」
「前車だけではなくて数台前の様子をみること」
とか奥さんに説明しながら、だんだんボクも不安になってきた。奥さん、中型は教習所でだけしか乗ってないし、オフロードは一度も走ったことない、複数人でのツーリングも初めてなんだよなあ……。「初心者向け」と書かれていたこのツアーを、ちょっとナメていたかもしれない、しかもこの雨。やっぱり少しは練習してからくればよかったなと思い始めていた。
ガイドの2人はWR450とKTM350で登場した。そのほかにサポートカーが2台、ランクルとTACOMAかな?ここでもトヨタ車。サポート要員はバイクの2人のほかに3人で合計5人。
「バイク選びましたか? どれも同じですよ。じゃあ、出発しましょうか」
唐突にツーリングはスタートする。
水たまりだらけのウランバートル市内を抜ける。今日は朝早いせいかずいぶん交通量が少ないという。普段は激しい渋滞で、1キロ進むのに1時間かかったりもするのだとか。遊牧民以外の人はほとんどウランバートルに住んでいるので、国の人口の半分以上が首都に集中しているんだそうだ。
1時間ほど走って、少し郊外に出たかなと思ったところで左に曲がると、木のゲートが見えた。そこを越えると、いきなり草原だった。日本の林道の入り口とはずいぶん様子が違う。「え?これ牧場なの?」というゲートをくぐり、いきなり牧場のど真ん中を走り出すようなかんじだった。雨が少し小降りになったところでダート道が始まった。