Bad luck

 実家へ帰ろうとすれば台風で電車が止まり、翌日いざ帰ろうとすれば路面の地盤がどうとか言われて帰宅が予定時間より6時間遅れた。帰省から戻ろうとしたら今度は電車の信号トラブルで5時間以上帰るのが遅くなった。バスに乗ろうとすれば横断歩道で信号を待つ間に乗りたかったバスが行ってしまい、バイトへ行こうと家を出た瞬間ゲリラ豪雨に遭遇する。晴れているから傘はいらないだろうと思ったら雨に降られるし、天気予報で雨が降ると言われて傘を持てば見事に晴れてただ邪魔なだけ。更にバイト先では頭のおかしい客が馬鹿みたいに来るし、客が勝手にキレて商品を投げたのになぜか自分が怒られる。運の要素があるゲームでは全く勝てないしソシャゲのガチャは勿論当たらない。

 ちなみに上の現象はすべてこの3週間の中で起こったことである。

 私に2019年における間の悪さ、運の悪さを語らせたら何時間でもぶっ続けて喋ることが出来る自信がある。思えばそう、三ヶ日が運のピークだった。正月に気まぐれで神社に行けば大吉(なお)。グラブルの最大無料100連のガチャピンチャレンジは2日続けて100連が引けた。貯めた石で天井余裕でした、対戦ありがとうございました(アニラ入手)。


 以上、2019年において自分に降り掛かった幸運である。本当にこれだけ。

 普段からあまりネガティヴな感情を表には出さないように心がけてはいるものの、流石に我慢にも限界がある。あのさあ、神様ちょっと運のステ振りミスってない? とか思ってしまう。

 この上半期、本当に良いことが殆どなかった。どうにもこうにも動けない、運に恵まれない日々の連続。不運ばかりが降りかかり、気分はまるで上条さんである。最近は不運にも慣れてきてもうデフォルトなんじゃないかと諦めてしまうほどだ。ただ、自分に幻想をぶち壊せる右手はないし顔が整っているわけでもない。他人に説教するほど偉い人間ではないし、守ってくれる友人など皆無だ。つまり私はどうあがいても上条さんにはなれない。ただ不運なだけの凡人。え、ゴミじゃん。


 ここで「じゃあきっとここからは良いことがあるよ!」などと楽観的に捉えられるほど、私は真っ直ぐな性格をしていない。なぜならランダムとは公平ではなく偏りだからだ。そしてその偏りは必ず戻るとは限らない。私はそれを知っているからこそ、どうにも後ろ向きに考えてしまう。悪いことが起きればその分いいことがあるなんて言葉は欺瞞だ。悪いことばかり起きすぎて、ただ普通のことが良いことのように錯覚する、ただそれだけだ。そしてもし良いことが起こったとしてもその後数倍の不運が降りかかることを私は今年、身を持って体感している。

 今のメンタルはそれはもう酷いもので、普段なら「あほくさ、そんなわけないやろ」と一笑に付すことができるような説を真剣に検討してしまうほどである。真人間になろうとしたのがマズかったのだろうか。それともQOLを上げるために色々と生活に投資したのがマズかった? あるいは。などとついつい考えてしまう。その原因は大抵自分にあると思い込み、負の感情が循環する。当然ネガティヴエンジンも絶好調、いつでもフルスロットルで突っ走れるほどだ。



 さて、そんな現実逃避にはモッテコイな現環境であるが、いつまでもこうしてネガティヴを極めているわけにもいかない。自分について考えること数知れず、自意識過剰の擬人化と名乗っても過言ではないこの私だからこそ、この状態からの対処方法を知っている。不運に耐えられる自分を取り戻す自分なりのやり方を知っている。


 ただ一言、こう呟けばいい。
















 かんがえすぎ。

 

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