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麻雀マンガに見るチートとしての薬物
最近のすっかりホワイト化した麻雀マンガでは、まずお目にかかることはありませんが、ひと昔前の麻雀マンガでは、薬物に耽溺する「ヤク中雀士」がけっこう登場していました。そういったマンガにおいて、薬物は、バクチ打ちの自堕落さを強調するだけでなく、ある種のパワーアップアイテムとしても描かれていました。
そこで、麻雀マンガにはどのような薬物が登場し、どのような効能があったのかを見ていきたいと思います。
サムネ画像は、下に貼った記事内の画像を使用しています。
1.元祖『麻雀放浪記』のころからやっていた
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歴史をひもとけば、すべての麻雀マンガの直接のルーツである昭和のベストセラー小説『麻雀放浪記』(1969〜1972)の主人公・坊や哲からして、ヤク中雀士でした。
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坊や哲がヤク中になったのは、原作小説の第2巻(風雲編)からでしたが、第1
巻(青春編)でも、坊や哲の師匠・出目徳が主要なヤク中として登場します。マンガ版『麻雀放浪記』第8巻の表紙は、これでもかと見せつけるように出目徳の注射シーン——キマってます。
自堕落系とパワーアップ系
面白いことに、のちの麻雀マンガに現れるヤク中雀士の2類型は、すでに『麻雀放浪記』の時点で出てきていました。
主人公の坊や哲は、現実から逃避するために薬物に溺れる「自堕落系」であったのに対して、師匠の出目徳は、薬物の力を借りてバクチ麻雀で打ち勝とうとする「パワーアップ系」でした。
■自堕落系(坊や哲)
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(——ずっと前はこんなじゃなかった。俺もずいぶん落ちたもんだ)
以前は金があったというわけじゃない。戦後、親もとを飛びだして以来、ずっと宿なしだ。でも、この世界に入った頃は自分流の誇りがあった。私は自分のためにしか博打を打たなかった。筋者であろうと市民であろうと組織にすがって生きている者とは没交渉の一匹狼で、自分以外はすべて敵であり、話し合いで味方を作るようなことはしなかった。それが本当の博打打ちだと思っていた。
今は犬みたいだ。薬をくれる奴のために働く。それなら最初から組織にすがって小市民になればよい。
やはりポン中毒だった出目徳の突然の死を思い出した。奴はともかく自分流の人生を送った。でも私はそうはいかないだろう。もっと哀れな野良犬で死ぬだろう。
つれぇわ……😢
■パワーアップ系(出目徳)
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「まァいいさ。時の運だ、俺ァこいつを頼りにするよ」
彼は金属性の石鹸箱のようなものから注射針をとりだし、アンプルを器用にポキンと折った。
「ヒロポンかい」私は眉をひそめた。
後年のようにヒロポン禍はその頃まだおこっていなかったが、私は中学の頃、その錠剤を呑んでひどく胃を荒らした経験があった。
「俺ァ年老りだからな。若え奴等とハンデ無しで打つのは苦しいよ。だが、こいつさえありゃァ大丈夫だ」
麻雀マンガによく出てくるのは、当然と言うべきか、後者のパワーアップ系でした。まァ、バクチの役に立たないなら、わざわざ賭場でクスリを打つ必要はないですからね。
ヒロポンの効能とは?
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気になるヒロポンの効能ですが、ヒロポンの成分はメタンフェタミンであり、これは海外ドラマ『ブレイキング・バッド』で主人公のホワイト先生が精製していたものと同じです。ヒロポンより後になって出てくるシャブやエス、スピードなどの覚醒剤も、すべて成分はメタンフェタミンでした。
覚せい剤には、中枢神経興奮作用があり、健康な人が塩酸メタンフェタミン1ミリグラムから5ミリグラムを摂取した場合、眠気が覚め、気分が壮快となり、疲労感がなくなる。さらに、思考力、判断力が高まり、多弁になり、多幸感を覚えるようになる。また、食欲減退作用が強く、欧米ではやせ薬として用いられていたこともある。
戦後の日本では、1951年までヒロポンは薬局で簡単に買うことができました。現在のエナジードリンクのように、疲れを取り長時間活動するために、一般の労働者から受験生まで広く使用されていました。『麻雀放浪記』に出てくるのも、当時の風俗を描く上では欠かせない存在だったからです。
なお、ヒロポンという名称は、上に貼ったコマで出目徳も言っている「疲労をポンと飛ばす」からではなく、ギリシャ語の「Philopon」(労働を愛する)からきています。麻雀では、ポンするとかえって疲労が集まりそうですね。
ヒロポンのお値段はおいくら?
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昭和26年(1951)を舞台とする原作小説『麻雀放浪記 風雲編』には、「ヒロポンのアンプルが、ルートからの直売で二十五円だった頃だ」と値段まで書かれています。喫茶店で飲むコーヒーが1杯30円、カレーライスが1皿80円の時代でした。
総務省統計局のホームページによれば、2023年3月現在の消費者物価指数は104.4でした。下に貼った日本銀行のサイトを元に計算すると、現在の物価は、1951年の約7.5倍になります。つまり、現在の値段に換算すると、ヒロポンは1本186円であり、レッドブルやモンエナと同じ感覚で買えたことになります。
余談ですが、この「昭和40年の1万円を、今のお金に換算するとどの位になりますか?」という日本銀行への質問にある「昭和40年」は、みんな大好き鷲巣麻雀の年であり、アカギ読者からの質問なのではないかと疑いたくなります。
答えは、2023年も『アカギ』第8巻出版年の1998年も、「昭和40年の1万円は現在の約4万円」になります。つまり、「昭和40年の5億は現在の20億」ということになり、10倍に換算している『アカギ』はけっこう盛ってそうです。
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2.戦後の薬物史
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戦後、いきなり違法になった
(ヒロポンは)第二次世界大戦中には、その強い覚醒効果に注目した日本軍が戦争に利用したため、数多くの兵士が期せずして覚醒剤中毒に陥り、戦後もずっとその副作用に苦しめられることになった。
敗戦後、軍が所蔵していた覚醒剤が市場に流出したことで、戦後間もない闇市では、安く簡単に覚醒剤の注射アンプルや錠剤が入手できた。
普通薬として新聞にも大々と広告が出されて、敗戦直後の日本で覚醒剤乱用ブームが起こった。
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こうしてヒロポンは日本中に蔓延しますが、覚醒剤取締法が、『麻雀放浪記 風雲編』の舞台でもある昭和26年(1951)に施行されたことで、昭和29年(1954)の覚醒剤事犯検挙者数は55,664人にも達しています。これは、エナドリが今日から違法と言われるようなものなので無理もありません。
その後、薬物対策の強化によって一旦は沈静化するものの、1970〜80年代と1990年代後半に、再び覚醒剤乱用ブームが起こっています。
今なお日本では、あらゆる薬物犯罪の中で、覚せい剤取締法違反が約80%を占めており、圧倒的に多いものとなっている。繰り返すが、この根深い問題は日本国家が国民にバラまいたことがはじまりであるという事実を忘れてはならない。
乱用薬物の多様化
依存性の高い危険な薬物は、覚醒剤・コカイン等の脳を刺激して強制的に興奮させるアッパー系(興奮系)、ヘロイン・睡眠薬等の脳を麻痺させて気分を鎮めたり眠らせたりするダウナー系(抑制系)、LSD・大麻等の実際には存在しないものが見えたり聞こえたりするサイケデリック系(幻覚系)の3種類に分類されます。
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こうした薬物にも流行り廃りがあり、1950年代はヒロポン、1960年代はヘロイン、1970年代はLSDが取締りの代表的対象でした。
また、いわゆる「合法ドラッグ」も次々に登場しています。1990年代後半に流行したマジックマッシュルームが2002年に規制され、クラブ・ドラッグとして世界的に流行したケタミンが2007年に規制されるなど、合法とされた薬物が流行しては違法指定されるいたちごっこが続いています。
近年の薬物状況
『警察白書』のデータに表れているのは、検挙者数や押収量等、オモテに出たものだけなので実態は闇の中ですが、近年の各種薬物の検挙者数は以下のようになっています。
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3.最後の一発は、せつない。【自堕落系】
麻雀マンガに話を戻すと、自堕落系のキャラはいくらでもいそうですが、アングラさの表現という以上の意味はあまりないので、目についたものだけを簡単に挙げます。
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片山まさゆき先生の初期作『ぎゅわんぶらあ自己中心派』の中の「クリスチーネ・M」は、当時の社会問題をビビッドに描写した力作――ではなく、若者の薬物汚染を描いた西ドイツ映画『クリスチーネ・F』(1981)のパロディでした。映画に出てくるのはヘロインですね。
当時の西ドイツは、西ヨーロッパに名だたる麻薬大国であり、特に大麻とヘロインの乱用で知られていました。1960年代以降、薬物乱用は世界中に広がっており、1970〜80年代は日本でも戦後に続く覚醒剤の第二の乱用期にあたっていました。
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渋沢さつき先生の『白』では、主人公の師匠にあたる凄腕の代打ち・十字が、精神的に依存していたヤクザの親分が死ンだことで、今度は薬物に依存するようになります。物語的には、師匠の死を乗り越えて主人公が成長するというありがちな流れですが、薬物がそのきっかけになっています。
4.今日強くなれるなら明日はいらない【パワーアップ系】
命の炎を徐々に小さくしていって燃え尽きる自堕落系とは対照的に、命と引き替えに、運という名の炎を盛大に燃え上がらせるのがパワーアップ系です。
ジャック・ハンマーの哲学
そんなドーピング界のスーパースターとして真っ先に名前が挙がるのが、格闘マンガ『グラップラー刃牙』シリーズのジャック・ハンマーです。強くなりたいという一念で大量の薬物を摂取し、モンスターへと変貌を遂げたジャックの「今日のために明日を捨てる」という哲学は、読者の心に大きなインパクトを与えました。
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そして、麻雀マンガにおいて、このジャック・ハンマーの哲学を地でいったのが『あぶれもん』の武士です(『刃牙』より前の作品ではありますが……)。
『あぶれもん』最強のバクチ打ち・轟健三の子分として登場した武士は、自身の弱さを指摘されたことをきっかけに、健三越えの野心を抱きます。
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「壮烈な人生を極める」ための手段として武士が選んだのは、薬物でした。
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老人のようなボロボロの体になりながらも強敵たちを蹴散らし、「これでもオレはヌルイか」と吠えた武士は、麻雀日本一決定戦の決勝で健三と対戦することなく、吐血して壮絶な卓上死を遂げます。健三も何か言ってやれよ。
記憶力が増す(ヒロポン)
麻雀マンガに登場するヤク中雀士の中で最も有名なのは、『哲也』に出てくるガン牌使いの印南でしょう。麻雀牌の背の模様やキズをすべておぼえ、相手の手牌を見透す印南の驚異的な記憶力を支えていたのはヒロポンでした。
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『哲也』の印南は、原作小説「左打ちの雀鬼」のヤク中のガン牌使い・印南と、『麻雀放浪記 風雲編』でヒロポンに溺れ、ヤクザの打ち子となった坊や哲が合わさったキャラですね。少年マンガの主人公がヤク中はまずいという判断もあったかもしれません。
役満手が入る(シャブ)
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ダジャレ大好きおじさん・どいーん原作の『ナルミ』では、「ヤク(薬)でヤク(厄)を落とし、麻雀のヤク(役)をつける」という高度なシャレが披露されます。誰かこれ、ラップにしてくれないかな。
それはともかく、この作品では、シャブを打つと役満手が入るという謎理論が展開されていました。「冴えてくる」とかそういう問題じゃねーだろ。
クソ度胸がつく(ヘロイン)
定番の覚醒剤以外に、変わり種としてヘロインを使用する例もありました。
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ヒロポンやシャブのようなアッパー系の薬物とは異なり、ダウナー系の薬物であるヘロインは、中枢神経に対して抑制作用があります。そのため、「鉄の塊より固え度胸がつく」というのは間違いではないですね。
しかし、「麻薬の王様」ヘロインの依存性はハンパないので、常習にならない市居さんは、こう見えて鉄のメンタルということになります。そのわりに、オヒキ扱いだったよっちんにハメられて茫然自失になったりするわけですが……。
薬物の危険性を最高3点として数値化した研究によれば、ヘロインは快感3点、精神的依存3点、身体依存3点と依存性は最高の3点となっている唯一の薬物である。
酒とタバコ(アルコール・ニコチン)
より身近な薬物である酒とタバコについてもふれると、酒(アルコール)はダウナー系の薬物であり、多く摂取すると判断力が低下するので、ギャンブルには向かないですね。
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一方、タバコ(ニコチン)とコーヒー(カフェイン)は、最も身近かつ合法なアッパー系の薬物として多用されています。
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5.麻雀マンガに出てきた薬物まとめ
ダメ。ゼッタイ。
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こうして見ると、麻雀マンガに出てくるのは、ほとんどがアッパー系の薬物ですね。超能力じみた力はともかく、基本的には不眠不休で打ち続けるためのものなので、当然と言えば当然です。コカインがあまり出てこないのは、覚醒剤の方がはるかに多く流通しており、作用の持続時間も覚醒剤より短いことが理由でしょうか。
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おおむね想像がつくとおり、ヤク中雀士の大半は悲惨な末路をたどります。ジャック・ハンマーの哲学どおり、パワーアップ系のヤク中雀士は、市居さん以外の全員が作中で死に至っています。
竜宮城の玉手箱
片山まさゆき先生の『満潮!ツモクラテス』に、麻雀の世界は現実から遊離した竜宮城のようなものだという話がありました。
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そうした竜宮城の中で摂取する薬物は、さらに現実感を喪失させ麻雀に没頭させる促進剤であると同時に、急速に肉体を消耗させ社会復帰をかなわなくさせる白く煙る玉手箱でもありました。
麻雀マンガにとっての薬物は、鉄火場のアングラさを強調し、陰のあるライバルキャラを手軽に作り出せる便利な舞台装置でした。しかし、それも、麻雀のスポーツ化や社会全体のホワイト化にともなって消え去りつつあります。
なくなって惜しいかと言えば、そういうわけでもなく、ヒロポンブームに始まる時代の所産であり、現在は『咲』のような別種の超能力マンガが流行っていることもあって、消えていくのも時代の流れということなんでしょうね。
ということで、あいかわらずの懐古趣味で、ヤク中雀士が出てくる麻雀マンガを簡単にまとめてみました。
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