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映画を見るのはクソな人を見たいたいからです。



最近見た作品

で、心が動いた作品がこれ。


歪な家族が万引きや周囲を騙しながら、虚構で儚いの幸せと解釈する生活を送る。
見た後にカンヌ映画祭パルム・ドール、日本アカデミー賞作品賞受賞作品だと知った。

殆どの登場人物の性格や人間性に違和感を感じたし、人生観や周囲への接し方に同意できない部分が多々あった。物語の結末にも共感できず、見終わった後も大きな違和感が心に残った。

だけど、間違いなく良い映画だ。

好きな作品の条件


惹かれる作品(映画、ドラマ)について考えてみた。

他の人が良い、と言っているものを見ても大抵しっくり来ない。自分の琴線に触れて、楽しく見れるものは何なのか?上手く言語化できなくて、心の中に引っかかっていた。それが最近ハッキリわかった。

登場人物にクソな人間性を感じられるか??
だ。

人には裏表が必ずある。聖人君子のような人ほど、その背景には壮絶な過去がある。他人には話せない内面を隠し持っている。つらい過去や大きな失敗を乗り越えたからこそ、至ることが出来る心境があるし、相手の痛みや困りごとが理解できるようになる。話が若干逸れるが、私は言動や言葉の端々に善悪や喜びと悲しみが感じられる優しい人が好きだ。

大抵の人は社会で接する人と適正な距離感を維持するために、自分を良い人に見せようとする。そのために、社会では自分の中の善の感情を出す事が多くなる。

だけど、人間には必ず負の感情がある。善の感情よりも、負の感情を多くもつ人も多いし、負の感情は一時的に強いエネルギーを持つ。スターウォーズの暗黒面のように、負の感情が強くて揚げ足取りに必死になり、人の失敗を喜ぶことが蜜の味に感じる人も多い。

僕も含めて、その負の感情を抑えて(隠して)、社会活動を送っている。そうする事で良好な人間関係を送れる可能性が高まる。

だが、人間の本性はそうじゃない。他人を妬み、粗探しをし、コケにしたい。そんな人間の本性に触れたり感じるには、フィクションが丁度いい。作られた物語の中で誇張された人間の負の側面に触れた時に感じる心のざわつきが心地よい。

現実世界で人のクソな部分に触れる時のストレスは甚大だ。大抵は友人や家族に愚痴れば発散されるが、強烈なクソさに触れてしまうと、2―3日は自分の中に負の感情が残ってしまう。無意識にクソさを考えて余計にストレスを溜めるという負の循環に陥ってしまう。

なので、人のクソさに触れるのは作品が良い。クソさに触れて、人が皆隠し持ってる負の感情に触れることは、社会で生活していく中で必要なプロセスだと思う。作品の中で合っても、心がザワツクし怒りや嫌悪感を覚えることが多い。その負の感情を抱くことは、心が健全である証拠だし「生きているな」と感じる笑。

自分が良い作品だ、と思うものは妻や親しい人と共有できるのがベストなんだけど、心に大きな違和感を感じさせるもの、が良い作品という基準はしばらく変わりそうにない。


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