人気の記事一覧

戦国三好家の歴史創作漫画について

本能寺の変 1582 信長の台頭 2 246 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』

永禄7年(1564)5月9日は安宅冬康が飯盛山城で兄・三好長慶に謀殺された日。冬康は歌を好み穏やかな仁慈の人で無用な殺戮を繰り返す兄を諫める逸話も残る。畿内を制した長慶も二人の弟と嫡男を続けて失い心身ともに病んでいく。讒言があったともいわれるが長慶は唯一信頼できる弟を殺害した。

永禄4年(1561)4月23日(3月18日とも)は三好長慶の弟・十河一存が死去した日。鬼十河と敵に恐れられたが病に斃れた。不仲だった長慶の家臣・松永久秀による毒殺説も。一存に始まり一存の兄・実休、嫡男・義興を続けて失い病だった長慶は唯一残った弟・安宅冬康を誅殺した2ヶ月後に病死。

【小説こぼれ噺】安宅氏の謎