若いときにしっかり運動するってことは後々まで良い影響を及ぼす。体育の授業などは優劣をつけなきゃ楽しいと思う。本当は好きなのに下手だからやらないとかなっちゃうから。じゃあ成績どうつけるってなるけど。
その時の失敗や停滞は後に見れば大したことはなくて、飛躍の原点になったり、目標に繋がる経験になっていることはままにある。
いつまでも、軍隊じゃあるまいし、すべてを立場や役割の上下でモノを考えたり、上意下達の考え方から脱却しましょうね。学ばない一部の大人が健全な関係の構築を阻害している。
自分の理解を超えたところの理解は、当たり前だけど出来ない。大人たちよ、だから簡単に潰さないで欲しいよな。ひょっとしたらあなたより相当先を行っている可能性がある。年齢だけで上から目線にならずに、合わせてみる。分からないことは聞いてもいいじゃないか。それがお互いの学び。
おそらく10年くらい前の講義の様子だと思われますが、現代社会の行き詰まりを示唆するところもあり、面白い https://youtu.be/st54vOugXg4?si=YIr3IbQ2i2xc9Vlh
原因探しを良くやるが、特定の原因てあるようでなくて、あらゆることが複雑に絡み合っての今だから、誰のせいでもなくコレだと言う要因もないのかもしれない。必要なのは、現状に気付きがあったなら、これからどうしたいと言う意志が大切なのかも。
あちこちの責任を自分で取ろうとする人がいるけど、実はそんなに影響も与えてない。他人は他人でやってるから余計な干渉も介入もしなくていい。
自分が自由だと他人の自由も気にならなくなる。
私もそうだったが、したことに対して見返りを求める傾向が強かった。自分が好きでしたことと自覚すると、行為が完結したときに、ああ良いことしたで終わる。逆にしたことに対して変に責任を感じなくても済む。
角が取れて丸くなると言うけれど、尖ったまま、歪なままでいいんじゃないか??球体は集まってもスキマが出来る。歪な石は、何処かを埋めるピースとなりうる。
人を育てるのことで大切なのは、目を離さない、心を離さないこと。そして一個の人格として尊重すること。あれこれ言うだけでは育たない。