或ることば

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「兎角何かを愛することに理由を探し出した時点で、それは仕方のないことだと諦める他ないのだから。懸命に生きなさい。」 或ることば

「自由なる創造とは、運命の出会いと同様なのだよ、君。 無限のキャンバスに絵は描けないということが、ちょうど、無限の宇宙に散らばってしまっては誰とも出会いないのと同じなのだからね。」 或ることば

「この締め切りギリギリの日々に、他のやるべきことが一気に片付いたことは幸運であった。 確かにもう余裕はないように見える。 けれども心のありようは全く反対だ。 目の前のことを慈しむべき刹那に、それを大いに許す心の余裕が生まれたのだから。」 或ることば

「カーテンに区切られた大部屋は真っ白だった。 とても清潔な顔をしているからだろうか。 僕は自分が汚く見えた。 何日間もベッドの上にいたからだろうか。」 --或ることば

「恐ろしいことがあった。 ある文章を読んだんだけど、そいつは立派なことに、歴とした学術論文として掲載されていた。 でも、『葡萄』と『季節』を間違えていたんだ。あそこには『季節』と書かれなくてはいかなかったのに。 僕はもう読まなかったよ。つまらなかったから。」 ー或ることば

“明日君が死ぬかもしれない”と気づき、今日を生きれた人間のみが、“memento mori”と口にするのであって、それは他人から教わることなど到底できない。 考えてもみろ。これまで本当に死んだと公言した人間なんて、ひとりだっていただろうか? —或ることば

書けない! 情景があるのに ことばが追いついてこない!! そしてこんなときにでてくることばまで、こんな陳腐でありきたりだなんて。

書けないもどかしさ。 忙しいってなんだろう。 なんのために忙しいのか分からないとき、自分になんて声援を送ればいいんだろう。

「人には輝ける場所がある。だから、今求められている仕事に傷ついて、あなたの良さを損なってはいけない。 太陽でさえも月に隠れては輝けないのだから。」 --或ることば

納得して、納得して。 迷っていいから生きていたい。

「私は一方に加担するのではない。 つまるところ、私が述べたいのは、『集団に勝る個の尊重』と、『個に勝る集団秩序の有用性』の両立は、この社会において尊いということだ。 文化の破壊は糾弾されなくてはならない。それはこの両立の歴史を粉砕することに等しいからだ。」 --或ることば

『果たして、愛の対義語は無関心だろうか? 無関心の対義語は、今日では、懐疑心ではないかと思うのだ。 それゆえ、愛の対義語は、別の言葉に置き換えられなければならない。 私はそれを、野蛮としたい。』 ー或ることば

「己の弱さが出るときは、大抵部屋に独り。」 --或ることば、

「責苦を忍んで無人の部屋にひとり待ち続ける。 信じることも期待することもなく。 己が役割を果たすがために、そこにいる。」 或ることば

ひたむきさと一縷の希望は補完関係にある。 努力が美徳とされるとき、我々はそのことをすでに了承している。 或ることば

「心の内奥から湧き出てる、相手に対する配慮、尊重、慈しみ、そして、幸せであってほしいという穏やかな祈願。 それを愛情と呼び、その一部になりたいと切に願う、焦がれる思いを恋慕と呼ぶ。」 ー或ることば

「酒が入ると、時々本当の音がでてしまう。 それは単純な本心ではなく、人間としての願望、今、目の前から消え去ってしまいたいという願望だ。 我々は何をしにここにいるのだろう。」 --或ることば

「局所的な対症療法よりも、根管治療の方が良い、と考えたくなるのは理解できるし、実際にそれが理想的だと私も思う。 しかしだな、それは破壊とは違う。 つまり、上の階に住む人間の足音がうるさいからと言って、マンション全体を取り壊すのはナンセンスだということだ。」 --或ることば

「ただひたすらに感謝します。この人生を歩めたことに。 先は続いている、そのことは承知しているとも。 しかし、それがこれまで歩んだ道に、連なり交わってきた多くの者への感謝を抱かぬ理由にはならんのです。 私はどうやら、ずっと幸せだったらしい。」 --或ることば

『〇〇の傘』 「雨が止んだ後で、壊れた傘をいつまでも持つもんじゃない。 一体何に使うんだい。誰も庇えない傘を。 雨も止んだというのに。」 ー或ることば