天正6年(1578)1月29日は信長の居城の安土城下で弓衆の福田与一の家から出火した日。信長は単身赴任のため起きた失火であると断じた。弓衆に60人、馬廻衆に60人と都合120名におよぶ直属家臣が妻子を尾張に残したままと判明。尾張に残した妻子のいる家を焼き払い安土城下に移住させた。