オリンピック秘話

特別再録「オリンピックの英雄たち」(後編)

 東京五輪まであと500日を迎えた1963年の春、それまでのオリンピックで活躍した日本の英雄たちが、当時を語り合った。今回はその座談会の最終章をお届けする。  ヘルシンキ五輪での古橋廣之進の悲劇、小野喬、相原信行らが体操で金メダルをとったローマ五輪。  オリンピックの輝きよ、永遠に――。…

特別再録「オリンピックの英雄たち」(中編)

 東京五輪まであと500日を迎えた1963年の春。  それまでのオリンピックで活躍した英雄たちが、当時を振り返った。その座談会の中編をお届けする。  競泳5種目の優勝や、バロン西の勇姿が燦然と輝くロス五輪、「前畑ガンバレ」の名実況が記憶に残ったベルリン五輪。オリンピックの栄光がふたたび蘇る…

特別再録「オリンピックの英雄たち」(前編)

 東京五輪まであと500日を迎えた1963年の春。それまでのオリンピックで活躍した輝ける英雄たちが、往時を振り返った。  “消えた日本選手”となった金栗四三、パリ会場までの40日近い船旅、陸上での初の金メダル――座談会は実に朝から深夜に及んだ。『文藝春秋』1963年7月号に掲載されたその座談会…

アテネに「栄光の架橋」がかかった日

2004年、オリンピック誕生の地・ギリシアのアテネで体操ニッポンの陽は再び昇った。最高の名勝負秘話を、体操男子代表エースと、当時実況をしたNHKの名アナウンサーが語り合った。/刈屋富士雄(NHK解説主幹)×冨田洋之(順天堂大学スポーツ健康科学部准教授) 忘れられない栄光の瞬間 冨田 ありが…

硫黄島異聞‐なぜ彼は愛馬から落ちたのか。あるいはバロン西とウラヌス号、アスコツト号…

エピローグ「はるかなる蹄音」  大本営発表による『硫黄島、玉砕』が報じられてから数日後。  日本兵の抵抗が続く硫黄島で、西はまだ生きていた。  アメリカ軍の攻撃を辛うじてしのいだ西は、生き残った部下と共に連隊本部壕へ引き返した。しかし、一昼夜かけて戻ってみれば、本部壕は敵の砲撃に…

硫黄島異聞‐なぜ彼は愛馬から落ちたのか。あるいはバロン西とウラヌス号、アスコツト号…

終 章「1945年 再び硫黄島」  サイパン、グアム、レイテ――南方諸島が次々と陥落し、現地の将兵たちが壮絶な玉砕を遂げるなか、残る硫黄島には二万人の守備隊がかき集められた。 『小笠原兵団』と名付けられた守備隊を率いる最高指揮官は、栗林忠道(くりばやし・ただみち)中将である。  …

硫黄島異聞‐なぜ彼は愛馬から落ちたのか。あるいはバロン西とウラヌス号、アスコツト号…

第十章「1944年 東 京 ‐ウラヌス、我が友よ‐」  日米開戦の翌年から軍務に復帰した西を待っていたのは、騎兵はすでに時代遅れであるという現実だ。  すでに陸戦の主役は、騎兵から戦車と自動車機械化歩兵による機甲部隊の時代へ移り変わっていた。日本でも先のノモンハン事件での大敗によ…

硫黄島異聞‐なぜ彼は愛馬から落ちたのか。あるいはバロン西とウラヌス号、アスコツト号…

第九章「1940年 東 京 ‐幻のオリンピック‐」  1940年、秋。  明治神宮は紅葉に美しく染まっていた。  手入れの行き届いた木々を楽しむには、この時期が一番いい。年の瀬が近づく晩秋に入ると心が急いて、どうしても落葉の寂しさが目に付いてしまう。  境内に落ちる楓の一葉(ひとは…

硫黄島異聞‐なぜ彼は愛馬から落ちたのか。あるいはバロン西とウラヌス号、アスコツト号…

第八章「1936年 伯 林 ‐オリンピックの覇者‐」  総合馬術・三日目の8月16日は、オリンピック最終日でもある。  午前の障害飛越審査、そして午後から行われるプリ・デ・ナシオン(優勝国賞典)が終わればそのまま閉会式となる。すでにベルリン郊外のオリンピック競技場は、大会の締めく…

硫黄島異聞‐なぜ彼は愛馬から落ちたのか。あるいはバロン西とウラヌス号、アスコツト号…

第七章「1936年 伯 林 ‐総合馬術競技・二日目(後)‐」  木立を抜けた先にある土手をアスコツト号は一気に駆け登る。   西たちは細い農道を抜け、第三区間である牧場地へ入っていた。  第三区間は15キロと全区間中もっとも距離が長い。起伏のある地形と自然林の間を抜けるコースは変化…