【詩】星

君を構成する分子のいくつかが星だった頃、恒星の光を受けて君は更に遠くの星を照らしていた。
生まれ変わりよりも信じられるのはそういう事で、君の体はその時の光をきっと覚えている。
そんなふうに僕のことも何億年も経った後で思い出してくれるんだろうか。君がこれから花になる、猫になる、雪になる。溶けて流れるとまた次の季節だ。
覚えて、いて欲しい。これから先、どんな日にも僕の中の片隅に今日の僕がいることを。
君の中に、君だけが覚えている僕がいる。それだけでもう永遠だった。


さよなら、と思い出を手離すたび、閉じられる世界がある。
新緑の匂いのする風が吹く場所があって、
枝の隙間から木漏れ日になって光が降る。
そこには一度も人は来なかったから、その景色を誰かが見ることは無かった。
例えばそんなふうに、誰の手も届かない場所。
閉じられた思い出。
ホコリまみれの部屋で、カーテンが光を遮る朝、
体温は毛布の中、とても静かで、何か喋り出すと終わってしまう空気があった。
覚えて、いて欲しい。これから先、どんな日にも僕の中の片隅に今日の僕がいることを。
君の中に、君だけが覚えている僕がいることを。
ホコリまみれの木漏れ日の中で、どんな会話からその日を始めたっけ?
さよなら、と思い出を手離すたび、閉じられる世界がある。


君がさよなら、と思い出を手離した時、僕が宇宙から切り離される音がしていた。
キリトリ線がプチンと繋がり、僕は宇宙の中たった1人の惑星になる。
新緑の匂いのする風が吹く場所があって、その場所はこれから、永い時間の果てに若い惑星の地表にもう一度作られる。


君を構成する分子のいくつかが星だった頃、恒星の光を受けて君は更に遠くの星を照らしていた。
君を構成する分子が枝だった頃、君は光を自分の形に切り取り木漏れ日を揺らしていた。
君を構成する分子が君だった頃、君はホコリまみれの木漏れ日の中で静かに呼吸をしていた。
生まれ変わりよりも信じられるのはそういう事で、何億年も前の光を覚えている惑星たちが、今日も夜空で輝きを放っている。
君が覚えている光が、今日もどこかに届き続けていた。
君の中に、君だけが覚えている僕がいる。
それだけで、僕たちは星でいられた。


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