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【詩】きる・びびる・きる(テーマ詩「キル・ビル」)

生きた心地のしない部屋に、いくつもの顔がぶら下っている。
この中から早く正しい顔を選んでこの部屋を出ないといけない。どれが良いのか皆目見当がつかない。どの顔も自分には似合わない気がする。早くこの部屋を出たい。
何も考えずにひとつを手につかむと、思い切って顔面に張り付けてみる。顔の濡れた内側がびちゃりと張り付いて酷く気持ちが悪い。これで本当に良いのだろうか?わからないがもうこれで良い。早くこの部屋を出たい。部屋がこわい。
ドアを開けると夕日が差し込んできて思わず身をすくめる。陽の光がこわい。昼間の光よりはマシな気がするがそれでもこわい。人とすれ違う。この顔は本当に変じゃないだろうか。冷や汗が出る。自身がまるで無い。恥ずかしい。こわい。自分は溶け込めているのだろうか。カリカリと顔のさかい目を指でいじってしまう。顔の皮はもうピッタリと貼り付いていて剝がれそうにない。もし剥がれたところで、こんな場所で剝がしてしまってはどうすることも出来ない。余計悪い。それでも、ついいじってしまう。恥ずかしい。こわい。脇に汗をかいている。
突然、インカムをつけた黒服の男に声をかけられて私は飛び上がる。男はきらびやかな女の写真の入ったティッシュを渡してくる。私はそれをおかしな挙動で受け取り、逃げるようにその場を離れる。ドクドクと大音量の脈拍が耳元で鳴っている。
このティッシュは主に男性が行く店の広告で、気がつくと周りにはそんな店ばかりが並んでいる。これを渡されたということは私は男なのだ。少なくともそう見えているハズだ。この顔は。顔に触れる。その手に口紅がつく。口紅?風が吹いてふわりとスカートがふくらむ。私はスカートを履いている。では、やはり私は女か?まるで自信が持てない。今度はホストクラブを勧める男が目の前に立ち塞がる。私はやけに甲高い声ですみませんと叫び、踵を返して走り出す。私は自分が何なのかわからない。こわい。
走って、奔って、はしって、人ごみを縫って走る私はいつの間にか日本刀を握っている。
目の前が開ける。広場のような交差点は異装の人々でごった返している。全身タイツの群れ、血塗れのナース服、白塗りの顔、着ぐるみ。これは――これはハロウィンだ。
そこで私は自分の服が上下とも黄色のジャージに変わっていることに気づく。私は自分が映画のキャラクターのコスプレをしていることを理解する。どうしよう。私はこの映画を見たことがない。私は知らない映画の、知らないキャラクターの姿で、お祭り騒ぎの交差点に立っている。恥ずかしい。こわい。縋りつくように、日本刀を強く握りしめる。ずっしりと重みのある日本刀は安心感がある。
この刀は――本物なのだろうか?
私にはもう何もわからない
だから、
縋りつくように、日本刀を、強く握りしめる。



2021年7月25日Twitter上の「オンライン・ポエトリー・ナイトフライト」テーマ詩 参加作品(テーマ:キル・ビル)


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