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2024年上半期 個人的ベストアルバム


2024年の音楽シーンは非常に華やかで充実しているなという印象で、日本でも名の知れた大物アーティストが立て続けにアルバムを発表していることもあって、普段あまり海外の音楽の話をしない人とも音楽について話す機会が多かったような感覚があります。
Taylor SwiftやBruno Mars、Ed Sheeranなどが来日公演を行ったり、BeyoncéやBillie Eilishが突然握手会をしたり、この半年間で既にかなりのスターが日本を訪れていて、その度に盛り上がっている様子は音楽好きとしては嬉しいですよね。

2024年も早くも折り返し地点ということで、今年もこの半年の期間で個人的によく聴いた、素晴らしいと感じたアルバムについて書いてみようと思います。
話題になった作品からまだそれほど知られていない作品まで、有名無名問わず自分の感覚にスッとハマったアルバムを50作品選んでみました。
もう既に聴いた作品でも、まだ聴いたことがない作品でも、この記事を通してその素晴らしさが少しでも伝わったら嬉しい限りです。
では長くなりますがぜひ最後までお付き合いください。


50. Dua Lipa 「Radical Optimism」

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11月に来日公演も決定したDua Lipaの3rdアルバム。
最初に聴いた時は正直あまりピンと来なかったんだけど、聴き込む毎にどんどん良さが分かってきたタイプの作品でした。
まぁ前作の「Future Nostalgia」が20年代を代表するポップアルバムとして作品自体の評価もセールスも非常に高いものだったので、その次の作品としてかなり高いハードルが課せられてしまっていたし、それと比べると地味な印象なのは正直ありますよね。
ただ今作のサウンド面の要であるTame ImpalaのKevin ParkerとCaroline PolachekなどのプロデューサーとしてもおなじみのDanny L Harleの2人を中心としたサウンドプロダクションにフォーカスしながら聴いてみると結構細かく面白い音作りをしてるんですよね。
特にKevin Parkerのベースやシンセ、ドラムの響きへのこだわりや随所に感じるし、Tame Impala感のあるサイケデリックな響きを上手くポップスに落とし込んでいますよね。
この作品はサイケデリアやトリップホップ、ブリットポップなどの90sUKサウンドに影響を受けてて、特にMassive AttackやPrimal Screamが大きなインスピレーション源だったみたいなんだけど、そこをもっと全面的に感じさせてくれてたらより面白い作品になったかなとは思いましたね。

49.  SAM MORTON 「Daffodils & Dirt」

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イギリス出身の女優のSamantha MortonとXL Recordingsの創始者、Richard Russellによる異色のユニット、SAM MORTONのデビューアルバム。
近年は映画監督としても活躍しているSamanthaは以前から音楽好きで知られていて、彼女が出演したラジオ番組をたまたまRichardが聴いてたそうで、その時の選曲の良さに驚き一緒に音楽を作ろうと声をかけたのがこのプロジェクトの始まりだったらしいです。
SamphaやThe xx、FKA twigsなどを輩出してきたXL Recordingsの代表としてだけでなく、Everything Is Recordedというプロジェクトの指揮やIbeyiのプロデュースなどプロデューサーとしての顔も持つRichard Russellによる柔らかく落ち着いたトーンのトリップホップサウンドは、この夏のクールダウンに最適な涼しげな響き。
ゲスト参加のAlabaster DePlumeのサックスやLaura Grovesのピアノとコーラスが作品をより洗練させてる感じでしたね。
80s〜90sにかけて一世を風靡したレゲエバンド、UB40のAli Campbellも1曲参加していて、その頃のUKの空気感をオマージュしてる感じが面白い作品でした。

48. Empress Of 「For Your Consideration」

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ホンジュラス系アメリカ人のSSW、Lorely Rodriguezによるプロジェクト、Empress Ofの通算4作目となる新作アルバム。
10年以上のキャリアを持つ彼女ですが、今作は自身のレーベルのMajor Arcanaからリリースした初めてのアルバムということで、サウンド面も含めて心機一転したような印象の作品でしたね。
これまでの作品はR&Bを軸にしたダンスポップを主に鳴らしていましたが、今作では中南米をルーツに持つ自身の個性を活かしたラテン要素の強いダンスミュージックがサウンドの核になってます。
パーカッションのリズムとスペイン語のヴォーカルが艶かしく絡み合う感じが非常にセクシーだし、歌詞の表現も中々大胆なものが多い印象。
制作陣にはChannel Tresなどを手がけるNick SylvesterやNick León、Casey MQ、さらにはCharli XCXの作品にも参加していたUmruなどこちらもかなりアグレッシブな人選で、一癖も二癖もあるダンスミュージックに仕上がっています。
今年はビッグアーティストのリリースがかなり続いてることもあってこの作品にはあまり光が当たっていない印象ですが、結構攻めたもの作ってるので未聴の方は要チェックです。

47. naemi 「Dust Devil」

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ベルリンベースのアーティスト、naemiの新作アルバム。
以前はExaelという名義でも活動していたことでも知られていて、Soda GongやWest Mineral Ltd.といったアンビエントミュージックの重要レーベルからアルバムをリリースするなど、実験的な作風のミュージシャンとして注目を集める存在だったみたいです。
今作はnaemiの陶酔感のあるみずみずしいサウンドメイクはキープしながら、これまでにはあまりなかったヴォーカルとの接近に挑戦した作品となっていて、人の体温や動き、営みを感じる有機的なサウンドになっている印象を受けました。
Erika de CasierやHuerco S.やUllaなどなど、非常に多彩なゲストミュージシャンも今作の聴きどころな一つで、ゲストそれぞれのカラーを活かしサウンドに幅を持たせつつも、作品全体のトーンはしっかり統一させているのが見事なセンスですよね。
シューゲイザーやトリップポップなどからの影響を感じる90s感のある響きも個人的にはたまらないポイントでした。
非常に空間的でアトモスフェリックな美しさを放っている1枚です。
現時点ではストリーミングサービスでの配信はないので、ぜひBandcampでの配信やアナログ盤でチェックしてみて欲しいなと思います。

46. Normani 「DOPAMINE」

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アトランタ出身のシンガー、Normaniのデビューアルバム。
オーディション番組、The X Factorを勝ち上がりFifth Harmonyとしてデビュー後、ソロ活動をスタートさせてから5年以上の年月を経てようやく届けられた今作。
2019年の「Motivation」を最初に聴いた時は、彼女が今後のポップ/R&Bを背負っていく存在なんだなと思いましたが、その後は不定期にシングルはリリースされるものの中々アルバムのアナウンスがなく、気がつけばもう5年が経過してました。
待望のデビューアルバムである今作は、BeyoncéやBrandy、Aaliyah、Janet Jacksonといった彼女がリスペクトする女性アーティストへのリスペクトをストレートに示すような、00sR&Bへの愛に溢れた1枚に仕上がっています。
「Insomnia」にはBrandyがコーラスで参加していたり、インタビューでもBrandyやJanetにインスパイアされたと語っていたり、00sR&Bのヴァイブスが至る所から感じられるサウンドになってるんですよね。
「Big Boy」では歌詞でOutKastやPimp Cについての描写があったり、「Still」ではMike Jonesの「Still Tippin’」をサンプリングしてたり、出身地のサウスへのレスポンスもしっかりと示してるところも良かったです。
00sのR&Bを聴いて育った人間にはたまらない、思わずニヤついてしまうような1枚でした。

45. Rapsody 「Please Don’t Cry」

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ノースカロライナ州出身のラッパー、Rapsodyの通算4作目となる新作アルバム。
現行シーンを代表する実力派女性ラッパーでありながら、今ひとつ存在感の薄い印象のRapsody。
Kendrick Lamarをはじめ共演したアーティストや同業者からの信頼度はとても高いし、もっと評価されるべき存在だと常々思ってるんですが、今人気のあるIce SpiceやMegan Thee Stallionなどを見ても分かるように、女性ラッパーには実力だけでなくビジュアルやゴシップといった様々な要素が求められる時代なのかもしれないですね。
デビュー作から安定したクオリティの作品を作り続けているRapsodyですが今作もそう。
自身もアーティスト活動しているBLK ODYSSYを中心とした制作陣によるネオソウル〜レゲエ〜ゴスペルが程良くブレンドされたサウンドがとにかく心地良いし、Erykah BaduやLil Wayneといったゲストがそこに品良く華を添えている感じが洗練された大人のためのヒップホップって感じで素晴らしいんですよね。
自身の揺れ動く心情を巧みな言葉使いで描写するリリシストとしての実力は言わずもがなという感じ。
本当にラップが上手いですこの人。
ブラックミュージックラバーは聴き逃し厳禁な1枚です。

44. Mannequin Pussy 「I Got Heaven」

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フィラデルフィアベースの4人組バンド、Mannequin Pussyの通算4作目となる新作アルバム。
正直これまでの彼らの作品は全くと言っていいくらい聴いたことがなくて、シンプルに自分の好みの音楽ではないなと勝手に思ってたんですが、多くのメディアで高く評価されていたこともあって試しに聴いてみたら自分でもビックリするくらいすんなり受け入れられましたね。
これまでの作品の印象からハードでノイジーなパンクというイメージしかなかったんですが、こんなにキャッチーで幅の広いサウンドを鳴らせるバンドなんだと素直に感心したんですよね。
シャウト混じりのハードコアなサウンドももちろんあるんだけど、それが1つの要素として鳴っているというか、パンク一辺倒になることなくメロディアスなロックやバラードもしっかりと自分達のサウンドとして鳴らしているのが、自信として音から伝わってくるような感じ。
個人的には去年Wednesdayのアルバムをよく聴いてたことも大きくて、タイプは違うんだけどサウンドが放つエネルギーの量やベクトルは似たようなものを感じたんですよね。
苦手が好きに変わる喜びは滅多に味わう事のない感覚だと思いますが、今作を通じてそれを感じれたのが非常に嬉しかったです。

43. Caoilfhionn Rose 「Constellation」

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マンチェスターベースのSSW、Caoilfhionn Roseの3rdアルバム。
彼女の存在は今作を聴くまで知らなかったんですが、たまたま耳にした瞬間に心を掴まれました。
去年の5月6月頃、Gia Margaretの「Romantic Piano」をずっと聴いてたなぁということをふっと思い出させてくれるような、ゆったりと穏やかな時間が流れるアンビエントフォークサウンドがただただ心地良いです。
彼女が所属しているのはかつてGoGo Penguinも所属していたマンチェスターのジャズレーベル、Gondwana Recordsで、近年のUKジャズシーンを牽引してきた気鋭のレーベルとしてファンも多いんですよね。
今作も随所にジャズのテイストが忍ばしてあるというか、ドラムのリズムだったり柔らかいピアノやサックスの音色だったり、ジャズレーベルならではの演奏が彼女の作る楽曲に深みや奥行きを与えています。
彼女の歌声もクセがなく楽器の一つとして演奏と一体となるように馴染んでいて、全体としてのバランスも非常に美しい作品でしたね。

42. Zsela 「Big For You」

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NYベースのSSW、Zselaのデビューアルバム。
彼女の事は以前Blood OrangeのDev Hynesがレコメンドしていて知ったのですが、それから5年程が経ちようやくアルバムデビューということで個人的にはかなり待望の1枚でした。
彼女の父親はChocolate Geniusとしての活動でも知られるMarc Anthony Thompsonで、姉は女優のTessa Thompsonなんですよね。
Tessa ThompsonとDev Hynesは付き合ってるという噂もあるので、その繋がりもあったのかもしれません。
今作はFrank Oceanのコラボレーターとして知られるInc. no WorldのDaniel Agedと、Soccer MommyやThe War On Drugsなどを手がけているGabe Waxの2人との共同プロデュースで制作されていて、彼女の低音の効いたスモーキーな声の魅力を活かした落ち着いたトーンのサウンドが立ち並びます。
アルバムには他にもSlauson Malone 1やNick Hakim、Casey MQといったクセモノ達が作曲や演奏で参加していて、少し風変わりなニュアンスが加わって耳に心地良く引っかかってくる感じが面白かったですね。

41. Mount Kimbie 「The Sunset Violent」

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ロンドンベースのバンド、Mount Kimbieの通算4作目となる新作アルバム。
2022年リリースの「MK 3.5: Die Cuts | City Planning」はそのタイトルの通り彼らにとって「3.5枚目」のアルバムという位置付けで、メンバーのKai Campos、Dominic Makerそれぞれが指揮を取り制作したサウンドの方向性の異なるアルバムを1つにまとめた2枚組という異色の作品でした。
そんなある種本気の寄り道を経て約7年振りに届けられた4作目は、これまでのMount Kimbieのイメージからガラッと変わったロックバンドとしての姿勢を示した作品になっています。
メンバーが2名加わり4人体制となったことでよりバンドという意識が強まり、音楽的なモードもこれまでのエレクトロサウンドから一転してギター主体のポストパンク〜ニューウェイヴなベクトルへと一気に舵を切ったような仕上がりに。
最初聴いた時Dean Bluntとかbar italiaかと思いました。
盟友のKing Kruleも2曲で参加していて、相変わらずの相性の良さを感じさせてくれています。
ここ数年はプロデューサーやDJとしての活動などそれぞれが個性を発揮する場面が多く見られてましたが、今作のような変化は自分はかなり好意的に捉えてますね。
彼らの音楽的な幅の広さとチャレンジ精神を感じる素晴らしい1枚です。

40. Lau Ro 「Cabana」

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ブラジル出身で現在イギリス在住のSSW、Lau Roのデビューアルバム。
彼は元々Wax Machineというバンドをイギリスのブライトンで組んでいてそこでリーダーを務めていたそうで、サイケデリックロックやフォーク、ジャズが入り混じった中々前衛的な音楽を作っていたみたいです。
ソロとして初のアルバムとなる今作は、自身のルーツであるブラジルの音楽に向き合い制作された作品らしく、ボサノヴァやMPB、サイケデリックフォークといったブラジルのルーツミュージックをベースとしたトラッドな質感のサウンドがとにかく心地良い響き。
休日を家でゆったりとダラダラ過ごす際のBGMとして作られたような、聴いてると時間が溶けるタイプの癒しのサウンドですね。
Tyler, the Creatorもここ数年ブラジル音楽に魅了されてたり、その他にもボサノヴァを自身のサウンドに取り入れるアーティストが増えてきてる印象で、ブラジル音楽特有のメロウネスが近年ジワジワと世界に広まってきている感覚がありますよね。
このアルバムもしばらく家の中で聴く機会が多そうな気がします。

39. MIKE & Tony Seltzer 「Pinball」

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ニューヨークベースのラッパー、MIKEと同じくニューヨークベースのプロデューサー、Tony Seltzerのコラボアルバム。
MIKEは現行のアンダーグラウンドなヒップホップシーンを代表するラッパーの1人で、毎年のようにアルバムをリリースしそのほとんどを自身で作曲・プロデュースしている才能豊かなミュージシャンですね。
Tony SeltzerはWikiなどのラッパーにビートを提供している音楽プロデューサーで、MIKEとは以前にも仕事をした事があり常に連絡は取り合う間柄だったそうで、久々に再開した時にガッツリと組んでアルバムを作ろうと意気投合し今作が完成しました。
ソウルやジャズなどのネタをサンプリングするスタイルが多かったこれまでの作品に対して、今作はTony Seltzerによる浮遊感のあるトラップビートが作品の大半を占めていて、柔らかい質感のシンセや散発的なリムショットのリズムが生み出すみずみずしい響きがとても新鮮な印象でしたね。
今作はMIKEが代表を務めるレーベル、10kからのリリースなんですが、今年は他にもAnysia KymやJadasea、Sideshowといったラッパー達のアルバムが立て続けに出ていて、どれもとても面白い作品でMIKEのレーベルオーナーとしての才覚も益々冴えてきていますよね。
まだ26歳らしいので今後のさらなる進化を楽しみにしておきましょう。

38. Shabaka 「Perceive Its Beauty, Acknowledge Its Grace」

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ロンドン出身のミュージシャン、Shabaka Hutchingsのデビューアルバム。
彼は元々Sons of Kemetというジャズグループに所属していて、その後The Comet Is Comingというバンドを組んだり様々なアーティストの作品にサックス奏者として参加したり、UKのジャズシーンを牽引する存在として長年活躍してきた人です。
自身のバンドのツアーや他アーティストとの共演も含めた多忙さもあり、サックスプレイヤーとしての熱意が次第に失われていったShabakaが、サックス以外の楽器に挑戦して完成させた今作。
彼が興味を持ったのはフルートや尺八で、昨年同じくフルート奏者としてアルバムをリリースしたAndré 3000と同じくスピリチュアルジャズやニューエイジ的な方向性のアンビエントなサウンドに仕上がっています。
静謐で穏やかでメディテーショナルな響きに溶け合うフルートや尺八の温もりのある柔らかな音色が聴いてて非常に心地良いんですよね。
今作にはAndré 3000がフルート奏者として参加している他、Carlos NiñoやEsperanza SpaldingといったジャズミュージシャンからMoses Sumney、Lianne La Havas、ELUCIDなどのヴォーカリスト、さらにはFloating Pointsが共同プロデューサーとして1曲参加するなど、数多くのミュージシャンが携わっているのもポイント。
Shabakaの描くモノクロの世界にゲスト達が少しずつ淡い色使いで色を足していくような感じがとても面白い1枚でした。

37. Jawnino 「40」

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サウスロンドンベースのラッパー、Jawninoのデビューミックステープ。
UKのグライムシーン期待の若手という事で以前から様々なミュージシャンから注目を集めていた存在て、Playboi CartiやBlackhaineも自分達のライブに呼んだりしてたみたいですね。
ちなみにジャケットを見ても分かる通り、彼はビデオや写真では顔をぼかしたり仮面を被るスタイルなんだそうです。
彼にとって初の長編のプロジェクトとなる今作は、ロンドンの今の空気感をリアルに反映したようなクールな仕上がり。
グライムを軸にしながらドリルやジャングル、ハウスなどが入り乱れる多彩なビートを華麗に乗りこなす彼のラッパーとしてのポテンシャルの高さも感じさせる充実の内容。
James MassiahやJesse James Solomonといった同じロンドン界隈の若手達との共演だけでなく、MIKEやevilgianeといったニューヨーク勢が参加してるのも面白くて、今作はニューヨークのレーベルのTrue PantherとDJ Pythonが主催するレーベルのWorldwide Unlimitedの共同リリースという形で発表されているのもポイントですね。
もの凄いロンドン的なサウンドなんだけど、ニューヨークのシーンを経由して出てきてる感じが新しいなと思いますね。

36. Rosali 「Bite Down」

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ノースカロライナ州を拠点に活動しているSSW、Rosaliの通算4作目となる新作アルバム。
元々はフィラデルフィアで活動していたRosaliことRosali Middleman。
今作はノースカロライナの老舗レーベル、Merge Recordsに移籍してから初のアルバムで、彼女のシンガーとしてだけでなくギタリストとしての魅力も堪能出来る素晴らしい作品に仕上がっています。
70sのフォークロックを思わせる普遍的なグッドメロディーはもう抗いようがないくらいに心をときめかせてくれるというか、70s eraのFleetwood Macなんかを思わせるような味わい深さがあるんですよね。
歌声もとても落ち着いたトーンで、美しいメロディーの良さを真っ直ぐに伝えてくれるような響き。
かと思いきや楽曲によってはなんでそんな音色のギターを使う?って感じの歪んだ響きが聴こえてきたり、時折顔を覗かせるサイケデリックな一面が良いスパイスとして効かせてあって、そこがこの作品の大きな魅力になってますよね。
去年Edsel Axleという名義でインストのEPをリリースしてるんだけど、Rosaliのギタリストととしての個性が爆発してる作品になってるので、今作で彼女の存在を知った方はぜひそちらもチェックしてみて欲しいなと思います。

35. Hovvdy 「Hovvdy」

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オースティンベースのデュオバンド、Hovvdyの通算5作目となる新作アルバム。
2016年のデビュー以来、コンスタントに良作を生み出し続けているHovvdy。
決して派手さがあるわけではない、じんわりと心に沁み渡るようなフォーク・ロックサウンドを安定して届けてくれる彼らの姿勢は、インディーロックシーンの良心というか、いつどんな時に聴いても優しく寄り添っていてくれるような安心感と信頼感がありますよね。
そんな彼らのバンド名を冠したセルフタイトル作となる今作でも、これまでと大きくは変わらずゆったりとしたテンポの穏やかな楽曲が並んでるんだけど、少しエレクトロミュージック的なビートだったりヒップホップ的なサウンドアプローチだったり、これまでにはあまりなかった方向での音楽的な挑戦がやり過ぎでないくらいのちょうど良い塩梅で忍ばされていて、サウンド面での進化を感じましたね。
彼ら自身も気に入って使ってるのかもですが、彼らの音楽をpillowcoreと表現する事があるらしく、スローコアとベッドルームポップを掛け合わせた造語で、今作はそんなpillowcore的なサウンドを彼らなりに極めた作品なのかもしれません。

34. Tems 「Born in the Wild」

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ナイジェリア出身のSSW、Temsのデビューアルバム。
2020年の大ヒット曲、WizKidの「Essence」に参加したことで世界的にその名が広まったTems。
その後DrakeやBeyoncéのアルバムにゲスト参加するなど、アフリカンミュージックの世界的なブームの流れと共にどんどん活躍の場を広げていった彼女の、待望のデビューアルバムである今作。
長い間待った甲斐のある素晴らしい内容でしたね。
アフリカの雄大な自然のように何もかもを包み込んでくれるふくよかで深みのある歌声と、ゆったりと心地良いアフロビーツ〜R&Bサウンドの肉感的なグルーヴ。
聴いた後の感覚はLauryn Hillなんかと近い印象でしたね。
GuiltyBeatzやP2Jといった近年のアフロビーツの隆盛の立役者と言えるプロデューサー達によるサウンドの気持ち良さはもちろんのこと、なんと言ってもやはりこの声ですよね。
歌い上げるというよりかはとてもナチュラルに、語りかける延長で歌を届けてくれるみたいな、バックのサウンドと一体化するかのようにスムーズなのにしっかりと存在感のある、本当に特別な響きの声の持ち主だなと思いますね。
疲れた心と体に沁み渡る、優しく包容力のある1枚です。

33. Brittany Howard 「What Now」

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Alabama Shakesとしての活動でも知られるBrittany Howardの2ndソロアルバム。
ダイナミックでパワフルなヴォーカルパフォーマンスで唯一無二の存在感を放ち続けているBrittany Howardの作り出す音楽はどうしてもその圧倒的な歌声の印象が強いですが、音楽的にかなりアグレッシブに様々な挑戦を重ねて作られているという事を今作を聴いて改めて気付きました。
今作を最初聴いた時Princeみたいだなこの人という印象でしたもんね。
Princeもまさに唯一無二を体現していたミュージシャンの1人だったけど、自由にやりたい放題やってる感じとか、でもそれは確かな実力があるからこそそう聴こえるんだろうなという説得力というか、そのあたりがBrittanyの作る音楽からも同じようなものが感じられる気がするんですよね。
もちろんソウルやファンク、ロックをベースとした音楽性という意味でも共通しているし、それはAlabama Shakesの時から感じてたものではあったんだけど、今作からほとばしる凄みみたいなものはPrinceの領域にまで達してるなと思いましたね。
「Prove It To You」ではハウスミュージックにも接近していて、ダンスミュージックとの相性の良さもしっかりと示していて見事でした。

32. Chanel Beads 「Your Day Will Come」

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ニューヨークベースのミュージシャン、Shane Laversによるプロジェクト、Chanel Beadsのデビューアルバム。
ギターやベース、ドラムにシンセなど、ほぼ全ての楽器の演奏を1人でこなすShane Laversのソロプロジェクトでありながら、ほぼ全曲にSSWのMaya McGroryがヴォーカルとして参加してるので、実質的には2人のバンドと言えるのかもしれません。
Shaneが描くドリームポップ・アンビエント・ポストパンク・トリップホップが交わるモノクロームな質感の耽美な音世界がひたすらにクールで、Mayaのアンニュイな歌声がその世界観をより色濃く表現しています。
アルバムにはヴァイオリニストのZachary Paulも数曲参加していて、彼によるヴァイオリンの音色が作品全体をクラシカルな雰囲気に包んでいる感じ。
楽曲は様々なジャンルのサウンドが入れ替わり立ち替わりって感じなんだけど、全体としてしっかり統一感があるんですよね。
今作はThe Blue NileやPrefab Sprout、David Sylvianなどの80sのソフィスティポップに大きく影響を受けたんだそうで、そのあたりも非常に2024年らしい1枚だなと思います。

31. Faye Webster 「Underdressed at the Symphony」

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アトランタ出身のSSW、Faye Websterの通算5作目となる新作アルバム。
この人程マイペースという言葉がピッタリな人も中々いないなと思います。
野球観戦やポケモン、ヨーヨーなど多くの趣味を持つ彼女は、自身の日常の何気ない姿を歌にして人々の共感を集めてきました。
彼女自身のスタイルはずっと変わってないですが、前作あたりからTikTokをきっかけに彼女の楽曲が注目され、本人の思惑とは違った形で大衆的な人気を得ることになります。
今作は意図せずに人気者になってしまった彼女が感じた戸惑いや息苦しさを飾らない言葉で表現した作品となっていて、自分のペースで日々を過ごしていくことの大切さや尊さを生活感溢れる言葉で綴っています。
サウンド面はこれまで同様にゆったりとしたテンポのフォーク・カントリーテイストな響きで、休みの日に部屋着のままダラダラ過ごしながら聴くのに最適な極上の癒しのサウンドという感じ。
前作ALから今作までの間に「Car Therapy Sessions」というオーケストラの演奏を主体としたEPをリリースしたこともあって、これまでの作品以上にストリングスの優雅な音色が活かされたサウンドになってるのも印象的でしたね。

30. Kacy Hill 「BUG」

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アリゾナ州出身のSSW、Kacy Hillの通算4作目となる新作アルバム。
彼女はKanye Westのライブのバックダンサーとしてキャリアをスタートさせるという面白い経歴の持ち主で、その後彼のレーベルのG.O.O.D. Musicと契約しアーティストとしてもデビューしたんですが、色々とゴタゴタしたようでレーベルを去りインディペンデントで活動を続けてきました。
Nettwerkと契約してから初のアルバムとなる今作は、パッと聴きは爽やかで心地良いムードのAOR/ポップスという印象なんだけど、Bartees StrangeやJohn Carroll Kirby、Nourished by Time、Sega Bodegaといったクセモノ達によって奇妙で風変わりなアレンジを施されてる感じが面白い作品でしたね。
アルバム制作中はPeter GabrielやSting、Christopher Cross、Bruce Hornsby、Sheryl Crowなどをよく聴いていたそうで、他にも90年代のカントリーミュージックからも大きな影響を受けてるらしいです。
長年のパートナーとの別れや、前作を作った後に陥った燃え尽き症候群からの脱却などパーソナルな内容が綴られた歌詞は、彼女自身のセラピー的な意味合いで書かれているんだろうなという印象で、次第に前向きに進んでいこうと心情が変化していく様が描かれてる感じがグッときましたね。
ちなみに配信版でのジャケットはこのお尻のものとは違うバージョンに変わっています。

29. 1010benja 「Ten Total」

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カンザスシティを拠点に活動しているミュージシャン、1010benjaのデビューアルバム。
元々1010 Benja SLという名義で活動を開始したBenjamin Lymanは、The xxやFLA Twigs、Samphaなどが所属するYoung Turks(現在はYoung)と契約しシングルやEPをリリースし注目を集め、長らくアルバムが待ち望まれていた期待の新鋭でした。
その後Three Six Zeroに移籍しついにリリースしたデビューアルバムとなる今作は、彼のサウンドメイカーとしての才能、シンガーとしての実力が完全に証明された素晴らしい作品に仕上がっています。
OutKastやKanye Westが最大の影響源だと語る彼が作り出すサウンドは、R&B〜トラップ〜ポップなど様々なジャンルを縦横無尽に飛び回るようなハイブリッドな響き。
John Carroll KirbyやLidoもプロデューサーとして参加していて、1010benjaが作り出すカオスな世界観を程よく整理する役割を果たしています。
そして圧巻なのはヴォーカルパフォーマンスで、ハイトーンヴォイスで歌い上げだと思いきや次の曲ではキレキレのラップを披露したりと、こちらもサウンドに負けず劣らずハイブリッド。
ジェットコースターのように激しく展開していく構成は何度聴いても新鮮で、まだまだ聴いたことのない音楽はたくさんあるんだなと改めて思い知らされたような感覚でした。

28. Yaya Bey 「Ten Fold」

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ニューヨーク出身のSSW、Yaya Beyの通算5作目となる新作アルバム。
2022年リリースの前作アルバム「Remember Your North Star」が様々なメディアで軒並み高評価となり、一躍大きな注目を集めるようになったYaya Bey。
続編的なEPを挟みリリースされた今作も、前作に続き90s・00sネオソウルをベースにした軽やかでメロウなムードのR&Bサウンドはそのままに、よりバンド感の強いグルーヴが堪能出来る仕上がりになった印象。
制作陣にはKarriem RigginsやCorey Fonville、DJ Harrisonといったジャズ界隈の凄腕達が名を連ねていて、彼らの臨場感のあるサウンドメイクによって前作にも増して大人っぽいR&Bへと洗練された感じでしたね。
心地良いサウンドと裏腹に歌詞は割と重めな内容なのも前作同様で、前作では10代の頃の父親との確執が描かれてましたが、今作の制作中に亡くなってしまったそうで、そんな父親への思いも歌詞として綴られています。
ちなみに彼女の父親は今作にもクレジットされているGrand Daddy I.U.というラッパーで、Biz Markieの周辺で活躍していた人なんだそう。
今作はYaya Beyに音楽を教えてくれた父親へのトリビュート的な意味合いもあるみたいで、父を亡くした喪失感や感謝の思いが込められた歌詞を噛み締めながら聴くと、また違った味わいが感じられる作品なのかなと思います。

27. Ariana Grande 「eternal sunshine」

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2013年のデビューから2020年までの8年間で6枚のアルバムをリリースするという驚異のハイペースで作品を作り続けてきたAriana Grande。
前作から約3年半振り、通算7作目となる今作はそんなハードワーカーな彼女にとってプライベートにおけるこの3年半という期間がどれだけ大変で困難なものだったかがひしひしと伝わる内容になっています。
結婚・別居・離婚・新たな恋と、この期間に彼女が経験した激動の私生活がリアルに記録されている今作は、「別れ」というワードが作品全体に散りばめられているものの、サウンドは決して暗いムードになる事はなくむしろポジティブなトーンの楽曲が多いのが特徴的。
90s~00sのR&Bを由来とする華やかでゴージャスなポップサウンドと洗練されたヴォーカルパフォーマンスで、悲しみを乗り越え前を向いて進もうとしている1人の女性の感情の揺れや心情の変化を美しく演出しています。
ほとんどの楽曲でArianaと共にプロデューサーを務めているMax Martinのサウンドの引き出しの多さが光りますよね。
先行シングルの「yes, and?」ではリミックスにMariah Careyを、そして「the boy is mine」ではリミックスにBrandyとMonicaを招いていて、Arianaにとって彼女達が、そして90s〜00sのR&Bがどれだけ大きなインスピレーションになっているかが窺い知れますよね。
Ariana史上最も統一感のある1枚と言えるアルバムだと思います。

26. Bullion 「Affection」

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数多くのアーティストを手がけてきたプロデューサーとしても知られるBullionことNathan Jenkinsの新作アルバム。
これまでCarly Rae JepsenやWesterman、Nilüfer Yanya、Avalon Emersonなどの作品に携わってきたBullionは、個人的に最も信頼しているプロデューサーの1人。
彼の作る音はどれもどこか品の良さが漂うというか、派手さはないけど洗練された大人っぽさがある感じがとても好きなんですよね。
ここ数年The Blue NileやPrefab Sprout、Scritti Polittiなどの80sポップリスペクトなサウンドが増えてるけど、今回のアルバムはその決定打みたいな作品と言えるんじゃないでしょうかね。
ブルーアイドソウルとかソフィスティポップなんて呼ばれるソウルやAORのフレイバーが香る80sのポップスを下敷きに、エレクトロな音色で現代的に洗練させたような軽やかな響き。
ゲストヴォーカルに迎えたCarly Rae JepsenやPanda Bear、Charlotte Adigéryのそれぞれの持ち味を活かしながら、しっかりと作品の1つのパーツとして流れに組み込んでるあたりが流石でしたね。

25. Helado Negro 「PHASOR」

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エクアドルをルーツに持ち現在はニューヨークを拠点に活動しているRoberto Carlos Langeによるプロジェクト、Helado Negroの通算8作目となる新作アルバム。
2019年リリースの6作目「This Is How You Smile」で彼の存在を知ったんですが、彼の人となりや音楽性は今も全く掴めていないというか、なんかよく分かんないけど好きな音、的な楽曲をずっと作り続けてる人というイメージなんですよね。
ブラジリアンジャズ・トロピカリア、インディーポップ、エレクトロニカなど、様々なジャンルが混ざり合ったサイケデリックなサウンドは、文字通りジャンルレスでなんとも形容しがたい響き。
英語とスペイン語が入り混じった歌も相まって、どこか異世界から聴こえてくるような不思議な質感のサウンドなんだけど、とにかくチルな成分に満ち溢れているというか、ギリギリ合法なレベルで人を心地良くする作用がある音って感じなんですよね。
今作は大学で行われていたシンセサイザーについての研究を見学した経験が大きなインスピレーションになっているんだそうで、生音と電子音の絶妙なバランスのブレンド具合もポイントなのかなと思います。
特に予定の無い休日もこのアルバムを流していればなんとなく良い日になりそうな気がする、そんな作品です。

24. Astrid Sonne 「Great Doubt」

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デンマーク出身のミュージシャン、Astrid Sonneの通算4作目となる新作アルバム。
自分は今作で初めて彼女のことを知ったんですが、元々は、というか今も?ヴィオラ奏者としても活動しているそうで、これまでの3枚のアルバムはヴィオラの音色を主体としたクラシカルなサウンドのものだったり、かなり前衛的なエレクトロサウンドのものだったり、非常に実験的な作風の人だったみたいです。
初めてのヴォーカル主体の作品となる今作は、これまでの作品と比べると格段に聴きやすいサウンドにはなってるんだけど、彼女の音楽家としてのエッジィな部分は決して失われていないというか、聴こえてくる音の尖り具合は中々に凄いです。
優雅なストリングスやピアノの音色、重厚なビートが織りなすシンプルながら奥行きのあるサウンドは、現在拠点にしてるロンドンのTirzahや同郷のML Buchとも呼応するような抽象的でミステリアスな響き。
様々な音が鳴ってはいるんだけど音数少なく聴こえるというか、音と音の間の余白みたいな部分が非常に効果的に使われてるなという印象でしたね。
何度聴いても実体が掴めないような、不思議な魅力を持った作品です。

23. Adrianne Lenker 「Bright Future」

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Big Thiefとしてのバンド活動と並行して、ソロとしても精力的に作品を作り続けているAdrianne Lenkerの通算6作目となる新作アルバム。
現在最もクリエイティブなバンドと言って差し支えないであろうBig Thiefの顔として存在感を放ち続けているAdrianne。
ソロとしての作品は彼女の豊かなメロディーセンスと繊細な歌声がよりダイレクトに堪能出来るのが魅力的ですが、今作のアレンジも非常にシンプルでミニマル。
ギターとピアノの音色を軸とした、素材の良さを活かす必要最低限の調理と味付けによって、彼女が持つみずみずしさやピュアさがより引き立てられているような印象。
今作はとことんアナログでレコーディングする事にこだわったそうで、現場では携帯電話やパソコンには一切触れずテープに録音した音源を直接レコード盤にカッティングしたというんだから驚きですよね。
Adrianneの過去の体験や思い出を回顧するような歌詞の文学的かつ生々しい心理描写も聴きどころの一つで、飾り気のない真っ直ぐな歌声が言葉を直接心に伝えてくるような感覚。
聴く者を優しく温かく包み込んでくれる、今年屈指の癒しの1枚です。

22. Kim Gordon 「The Collective」

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元Sonic Youthのメンバーとしても知られるKim Gordonのソロとしての2ndアルバム。
先行シングル「BYE BYE」を最初に聴いた時の衝撃は、ここ数年様々な音楽を聴いてきた自分の中でもトップクラスで大きなものでしたね。
脳天を揺さぶるような凄まじい音圧の低音。
何もかもを破壊し尽くすようなノイズの迫力。
ヒップホップからの影響が強く反映された、うねるようなビートの上をクールに支配するキムのスリリングなヴォーカル。
このアルバムで鳴り響く全てのサウンドが攻撃的かつ刺激的で、御年70歳の大ベテランである彼女がこれ程までにフレッシュでアバンギャルドな作品を作り出すとは正直予想だにしなかったですね。
Yves TumorやLil Yachtyなどを手がけているJustin Raisenは前作に引き続いての起用ですが、今作はKimの要望でよりビートを重視したサウンドを目指していたんだそうで、中にはPlayboi Cartiに提供する予定だったビートを使った曲もあるんだとか。
Kimのヴォーカルも歌というよりは叫びとかに近いというか、まるで呪術師のように聴き手の脳内に直接語りかけてくるような感覚。
彼女くらいの長いキャリアをもったアーティストは中々新しい挑戦をするのが難しくなるというか、若い頃のようなバイタリティが次第に無くなっていってしまうと思うんですが、この人はまだまだ全然自分自身に飽きていないんですよね。
自分の新しい一面を見出して、それを音楽を通してさらけ出すことに全く億劫になっていない。
本当にカッコいい人だなと改めて思います。

21. Kali Uchis 「ORQUÍDEAS」

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コロンビアをルーツに持つアメリカ出身のシンガー、Kali Uchisの通算4作目となる新作アルバム。
去年3rdアルバム「Red Moon In Venus」をリリースしてからわずか10ヶ月で届けられた今作は、全編スペイン語のアルバムとしては2作目。
前作に引き続き70sソウル由来の妖艶なR&Bサウンドを軸にしながら、レゲトンやクンビアなどのラテン音楽を品良くブレンドさせてて、Bad BunnyやRosalíaとはまた違うアプローチでスペイン語ポップスの面白さを示してる感じが見事でしたね。
Kali Uchisの声から色気が漂ってるのはもちろんのこと、ベースラインの動きとかも艶かしいというかエロいというか。
これ中々簡単に表現出来るものじゃないと思いますね。
全ての音がラグジュアリーで聴いてて本当にうっとりしてしまいます。
今作のリリースのタイミングで第一子を授かっている事を明かしていましたが、アルバム制作中のハッピーでロマンティックなムードがサウンドにも表れているのかもしれません。
6月には早くも新曲「Never Be Yours」をリリースしていて、彼女の溢れる創作意欲はまだまだ止まることを知らないみたいです。

20.  Billie Eilish 「HIT ME HARD AND SOFT」

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Billie Eilishの音楽家としての凄さは分かっているつもりだったけど、日常的に普段聴くタイプの音楽ではないなと思ってた自分にとってこの3作目のアルバムはとても衝撃的な作品でした。
どこか仄暗く不気味で異質な存在というか、そのダークさも含めて多くの人々を魅了する才能の持ち主だなという認識はあったんですが、個人的にはあまり引っ掛からなかったというか。
最初はキワモノ扱いされていた印象でしたが、次第に世界的なスーパースターとなっていって、彼女に対する人々の熱狂ぶりも正直よく分からないというか付いていけないなと感じていました。
ただ今作を最初に聴いた時、こんな心地良いサウンド作るんだこの人とか、こんなに歌上手かったんだとか、アルバム1枚をサラッと聴けてしまったことにビックリしたんですよね。
兄のFinneasによるBillieのシンガーとしての魅力を引き出すプロダクションも見事で、楽曲のタイプは非常に幅広いんだけどどれもとてもミニマルでシンプルな音使いで、Billieの書くメロディーの良さを引き立ててるような印象。
それでいて1曲の中で前半と後半が別の曲かと思うくらいガラッと展開させていたり、とにかく飽きの来ない作品だなと思いましたね。
Billie自身も「アルバム」として聴いてもらうことを念頭において制作したと語ってましたが、まさにそうですよね。
自分のBillie Eilishに対する見方がガラッと変わったという意味でも、とても印象に残る1枚となりそうです。

19. Still House Plants 「If I don’t make it, I love u」

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ロンドンの3人組バンド、Still House Plantsの通算3作目となる新作アルバム。
Tirzahが2022年にリリースしたリミックスアルバム「Highgrade」に参加してた事がきっかけで彼らの存在を知ったんですが、実際にStill House Plantsとしての曲を聴いたのは今作が初めてでした。
最初に聴いた時、その迫力の凄さに圧倒されたのを覚えてます。
ヴォーカルを務める紅一点のJess Hickie-Kallenbachの低音の効いた少ししゃがれたような歌声は、往年のソウルシンガーを思わすような深みとコクのある響き。
そこにシンプルなフレーズを反復するノイジーなギター、不規則で緩急のあるリズムのドラムが艶かしく絡み合ったポストロックサウンドがとにかくクールで、フリージャズ的な雰囲気も感じさせる緊張感やライブ感が作品全体から漂っています。
歌のメロディーも楽曲の展開も全く先が読めないというか、ルールとかセオリーや予想を裏切ってくる危なっかしさみたいなところも彼らの大きな魅力だなと思いますね。
3人それぞれがどこか得体の知れないエネルギーを放っていて、それが1つになった時に発生する未体験のグルーヴを求めて何度も繰り返し聴いてしまいます。
過去の作品も凄そうなのでこれから時間をかけて聴いていこうと思います。

18. Arooj Aftab 「Night Reign」

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パキスタン出身で現在ニューヨークを拠点に活動しているSSW、Arooj Aftabの通算4作目となる新作AL。
2021年リリースの前作「Vulture Prince」が多くのメディアで高く評価され、翌年のグラミー賞では新設されたBest Global Music Performanceの初代受賞者となり、一気に知名度を上げたArooj。
程良く湿り気を帯びた深みのある歌声は、彼女自身が最も影響を受けているというSadeを思わすような妖艶な響きで、甘美でミステリアスなムードのジャズ〜ソウル〜フォークサウンドと絡み合い独自の世界観を作り上げています。
夜をテーマにした今作は、人が活発に動き出す情熱的な夜から、1人孤独に物思いに更け眠りにつく物静かな夜まで、様々な表情の夜がサウンドとして表現されていて、どんな時間に聴いても夜の世界に誘われるような感覚になるんですよね。
インドやパキスタンで使われているウルドゥー語と英語の2つの言語で歌われていて、普段あまり耳にする事のない独特の響きが聴く者を異世界へと連れて行きます。
今作には昨年共作のアルバムもリリースしたピアニストのVijay Iyerと音楽家のShahzad Ismailyの他、Moor MotherやCautious Clay、さらにはElvis Costelloといった異色の面々が制作に参加していて、多彩な楽器の響きが重なり合う臨場感溢れる演奏の素晴らしさも聴きどころですね。
寝る前に聴く音楽としてこれ以上ない程に最適な1枚だと思います。

17. The Smile 「Wall of Eyes」

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Thom YorkeとJohnny Greenwood、Tom Skinnerの3人によるバンド、The Smileの2ndアルバム。
Radioheadがバンドとして動いていない今、The Smileにかかる期待やプレッシャーの大きさは凄まじいと思うんだけど、今作を聴いて感じたのはRadiohead的なサウンドが聴きたいというファンの思いをある程度理解した上で作った作品なのかもなということ。
The Smileとしての前作アルバムは、個人的にはやや難解な部分もあって何回も聴こうとは思いにくいタイプの作品だったんですが、今作は完全にRadioheadの延長線上にある作品という感じがして、聴いてすぐにこれは長いお付き合いになりそうなアルバムだなと直感的に思ったのを覚えています。
メンバー3人が互いの良さを極限まで引き出し合いそれぞれの個性や色が重なり合うと、これほどまでに立体的で美しいアンサンブルが生まれるんだと圧倒されましたね。
手が届かないくらい崇高なサウンドなんだけど、同時にすぐ近くで鳴っているような親密さも感じるような。
正直Radioheadとして聴きたかったという思いがないわけではないんだけど、Tom SkinnerというドラマーがいるThe Smileだからこそ辿り着けたサウンドなんだろうなとも思うんですよね。
Radioheadの6人目のメンバーとも称されるNigel Godrichから離れ、Frank Oceanの「Blonde」にも携わっていたSam Petts-Daviesをプロデューサーとして迎えたことで、ある意味Radioheadというバンドを意識し過ぎずに自分達の鳴らしたいサウンドに集中出来た部分もあったのかもしれませんね。

16. claire rousay 「sentiment」

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カナダ出身で現在はLAを拠点に活動しているミュージシャン、claire rousayの新作アルバム。
More Eazeとの共作アルバムで聴かせるコラージュ的なアプローチのサウンドをはじめ、これまで実験的でエクスペリメンタルな作風のミュージシャンというイメージの強かったclaire rousayですが、今作はかなり自身の歌声にフォーカスしたメロディアスな響きへと変化したなという印象。
自分の音楽を「Emo Ambient」と表現しているように、90sロックとアンビエントを掛け合わせたような繊細でどこかノスタルジックなサウンドは、生々しさと神秘性が危ういバランスで保たれた儚げな響きをしています。
フィールドレコーディングで録音した音源を元に楽器の演奏や歌を付け足していくように楽曲を作っていく事が多いんだそうで、そのためか作品全体がどこかざらついた質感をしているのが印象的なんですよね。
claireはトランスジェンダーの女性である事を明かしていますが、今作では彼女の抱える悩みや葛藤がリアルな言葉として綴られていて、自身の心の痛みややるせなさを吐き出すことで自己セラピーをしている感じにも捉えられました。
孤独や感傷などの感情をはぐらかすような機械的なヴォーカルと、それを補うようにエモーショナルに鳴り響くギターやストリングスの音色。
非常にパーソナルな内容の作品ながら、同じように孤独を抱える人達に優しく寄り添う温かさも感じられる、心から美しいと思える1枚でした。

15. Vegyn 「The Road To Hell Is Paved With Good Intentions」

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サウスロンドン出身のプロデューサー、VegynことJoseph Thornalleyの2ndアルバム。
Frank Oceanの傑作「Blonde」に参加以降、数多くのアーティストの作品にプロデューサーとして関わってきたVegyn。
ここ数年はPLZ Make It Ruinsというレーベルの代表としても活躍していて、才能ある若手アーティストを発掘し続々と世の中に送り出しています。
EPやミックステープ、Headache名義でのアルバムリリースなど、自身のアーティスト活動も精力的に行っていたVegynにとって2作目のアルバムとなる今作は、彼のこれまでのキャリアを総括するような、集大成的な作品と言える完成度の1枚となっています。
メロウなハウスやアンビエント、ビックビートやトリップホップなど多彩なサウンドを自由に飛び回りながらもしっかりと統一感がある響きに仕上がっていて、彼のプロデューサーとしてのスケール感が益々大きくなっているなという印象。
John GlacierやEthan P. Flynn、Lauren AuderといったゲストヴォーカルからLoraine JamesやDuval Timothyといった仲間たちが制作に参加していて、これまでたくさんのコラボレーションを経て進化してきたVegynの歩みが今作に集約している感じですよね。
今年来日公演が発表されていましたが、健康上の理由でキャンセルとなってしまい、このタイミングで彼のライブを観れなくなってしまったのは本当に残念でしたよね。
以前Xではお知らせしたんですが、今回のアルバムの国内盤の解説の執筆を担当させてもらっていまして、より詳しく今作の魅力について語らせてもらってるのでぜひそちらもチェックしてみて欲しいなと思います。

14. Fine 「Rocky Top Ballad」

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デンマークベースのSSW、Fineのデビューアルバム。
彼女は去年NewJeansの2ndEP「Get Up」に参加したことでも知られていて、「New Jeans」や「Cool With You」など3曲にソングライターとして関わり一躍注目を集めました。
本名のFine Glindvadという名義でも知られていて、以前はCHINAHというバンドにも所属しており、Two Shellの「home」では彼らの曲がサンプリングされていたり結構長いキャリアを持った人でもあります。
個人の活動として初のアルバムとなる今作は、先程挙げたAstrid Sonneと同じくコペンハーゲンのレーベル、Eschoからのリリースで、現在のデンマーク音楽シーンの充実振りが如実に表れた素晴らしい1枚となっています。
Mazzy StarとMen I Trustの中間地点から聴こえてくるような、冷んやりとした質感のダウナーなギターサウンドと気怠くアンニュイなヴォーカル。
全ての楽曲の作詞作曲、プロデュースを自分自身で行っていて、どこか退廃的で陰のあるフォーク〜ドリームポップなサウンドはDean Bluntを思わすようなローファイな質感の響き。
澄んでいるんだけどどこか憂いのある声質がとにかく好みで、シンプルなメロディーの美しさも含めて全てが自分のツボにハマったサウンドって感じでしたね。
去年は同じデンマーク出身のSSW、ML Buchのアルバムにどハマりしてましたが、似たような感覚で今年はこのアルバムをよく聴くことになりそうです。

13. Mach-Hommy 「#RICHAXXHAITIAN」

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ニュージャージーベースのラッパー、Mach-Hommyの新作アルバム。
この人はとにかく多作な人で、毎年のようにアルバムやミックステープを発表してあるので今作が一体何作目のアルバムなのかとかは全然分からないんですが、ここ数作に比べて明らかに気合いの入った作品だなということは一聴してすぐに分かりましたね。
2020年リリースの「Pray for Haiti」も自身のルーツであるハイチの現状などを描いた作品でしたが、今作もハイチの公用語であるクレオール語が楽曲の中に登場していたり、自身のハイチでの思い出などが歌詞に綴られていたり、かなりパーソナルな内容の作品に仕上がっています。
とは言え彼は非常に秘密主義の人で、自分の顔をバンダナや仮面で隠していたり、歌詞に関してもGeniusなどのサイトにも彼のバースは一切載せないなど徹底していて、正直どんな事をラップしてるのかはあまりよく分かりません。
まぁそんなミステリアスなところも彼の魅力の一つなんですが。
サイケデリックロックやジャズ・ファンクなど多彩なネタ使いのビートから、同じハイチをルーツに持つKAYTRANADAとのコラボのアフロビーツ風味のトラックなど、これまで以上に幅の広いサウンドなのが印象的。
加えて今作はこれまでになくゲストが多いアルバムで、Black ThoughtやRoc Marciano、Quelle Chris、さらにはGeorgia Anne MuldrowやSam Gendelといった意外な人も参加していて、今まで以上に外の世界との繋がりを感じる作品と言えるのかなと思います。

12. Erika de Casier 「Still」

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デンマーク出身のSSW、Erika de Casierの通算3作目となる新作アルバム。
デビュー以来ずっと彼女を追い続けている自分にとっても、先程挙げたFineと共にNewJeansの作品に参加したことは本当に予想外の出来事でしたが、それによってErika de Casierという気鋭のアーティストの存在が世界的に知られるようになったのは素直に嬉しかったですね。
注目度も一気に高まった中でリリースされた今作は、AaliyahやJanet、Brandy、TLCなどR&Bを変革してきたY2K eraの先人達へのリファレンスを示しつつ、ドラムンベースやレゲトンなどのクラブミュージック由来のハイプなビートを生音主体の演奏で表現するという、めちゃくちゃオシャレでクールな仕上がりの1枚となっています。
音楽制作を始めた頃は地元の図書館で借りたDestiny’s ChildやErykah BaduのCDから刺激を受けていたそうで、今作のジャケットはパパラッチに追われてた当時のスターの姿を表現したらしいです。
タイトルの「Still」はDr. Dreの「Still D.R.E.」とJennifer Lopezの「Jenny From the Block」の歌詞が由来なんだそうで、そのあたりからも2000年代のR&B/ヒップホップのヴァイブスを感じますよね。
今作には自身の作品としては初めてゲストを招いていて、Blood OrangeやShy Girl、They Hate Changeといったこれまで共演経験のあるメンツがお返しのような形で参加しています。
これまでのErika de Casier節的なサウンドはキープしつつ、新しいものを取り入れ新鮮さを得ることにも成功した、彼女にとって新境地とも言える1枚です。

11. Beth Gibbons 「Lives Outgrown」

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Portisheadのメンバーとしても知られるイギリス出身のミュージシャン、Beth Gibbonsのソロデビューアルバム。
トリップホップを含めたブリストルサウンドの代名詞的存在であるPortisheadはもはや説明不用の最重要バンドですが、その顔であるBeth Gibbonsがアルバムを出すと聞いた時は正直驚きました。
2022年にKendrick Lamarのアルバムに参加して話題となりましたが、それ以外は特に目立った活動もなかったので、Portishaedとしての活動も含めて当分は期待出来ないだろうなと勝手に思っていたところでの突然のソロデビュー。
2002年に「Out Of Season」というアルバムをリリースしてるんだけど、Talk TalkのRustin Manとの共作だったので完全なソロとしてのアルバムは今作が初めてという感じみたいです。
近年Arctic MonkeysやBlur、Jessie Wareの作品のプロデューサーとして大活躍しているJames Fordと共に約10年という年月をかけて完成させたという今作。
家族や友人など近しい人達との多くの別れの経験が大きなテーマになっているそうで、ゆったりとしながらも躍動感のある生々しいサウンドアレンジメントが喪失感や不安などの感情をより一層リアルに伝えている感じ。
そしてなんと言ってもこの声ですよね。
聴き手を引き込む力は相変わらず凄まじいレベルだし、決して伸びやかでキレのある響きではないんだけど、様々な人生経験を積んできたからこそ出せる熟成感や説得力が言葉にも宿っています。
年老いていく事の不安や死が身近になっていく喪失感を歌にする彼女の正直さや人間味がサウンドからも滲み出ている今作は、今後自分達が歳を重ねれば重ねる程に沁みてくる1枚だと思います。

10. ScHoolboy Q 「BLUE LIPS」

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LA出身のラッパー、ScHoolboy Qの通算6作目となる新作アルバム。
Kendrick LamarやSZAを擁するレーベル、Top Dawg Entertainment所属のラッパーとして絶大な人気を誇るScHoolboy Q。
前作からのこの5年の間に親しい友人だったラッパーのMac Millerがドラッグのオーバードーズにより亡くなり、Qもその影響で酒やドラッグにまみれた生活を改め、ゴルフを始めるなど健康面にかなり気を使うようになっていったんだそう。
2022年にKendrickがレーベルを離脱し、ScHoolboy Qのカムバックへの期待も年々高まっていましたが、今年ついにリリースされました。
長い間待った甲斐のある非常に完成度の高いアルバムに仕上がっていて、ソウル・ジャズなネタ使いのメロウチューンからハードなバンガーまで様々なバリエーションのビートがもれなくハイクオリティなんですよね。
曲中にガラッとビートチェンジしたり、ドラムンベースのような激しいビートだったり、ラップを乗せるのがかなり難しそうなトラックもいとも簡単に乗りこなしてるというか、ビートを掌握する力がマジでハンパじゃないんですよねこの人。
以前からラップ上手いなと思ってたんですけど、久々に聴いたらやっぱりとんでもないですね。
様々な経験をしたベテランラッパーだからこその貫禄や説得力がありながら、若手を寄せ付けないレベルでまだまだ全然エネルギッシュでフレッシュで。
ラッパーとしてとても良い年の重ね方をしてるなと思いましたね。
個人的な2024年のラップアルバムオブザイヤー最有力候補です。

9. Fabiana Palladino 「Fabiana Palladino」

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イギリス出身のSSW、Fabiana Palladinoのデビューアルバム。
D’AngeloやJohn Mayer、Adeleなど、これまで錚々たるアーティストの作品に参加してきた伝説的なベーシスト、Pino Palladinoを父に持つFabiana。
2010年代以降のポップミュージックに多大な影響を与えているアーティスト、Jai Paulのレーベル、Paul Institute所属の彼女は、デビューアルバムである今作のプロデューサーを自ら務めていて、その新人離れした熟成っぷりを存分に見せつけています。
PrinceやAaliyah & Timbaland、そしてレーベルオーナーでもあるJai Paulなど、R&B/ポップを独自のベクトルで進化させてきた先人達の足跡を辿りつつ、彼女自身のフィルターを通しモダンにアップデートしたような仕上がりの今作。
80sや90sのR&B・ディスコ由来の、どこか懐かしさを感じるグルーヴがたまらなくツボでしたね。
今作にはJai Paulが共同プロデューサーとして参加している他にも、父のPino Palladinoがベースで、弟のRocco Palladinoがドラムで、妹のGiancarla Palladinoがコーラスで参加するなど、Palladino一家が総出で携わっていて、そこも聴きどころの一つかもしれません。
2012〜2013くらいの時期にJessie WareやJai Paul、Blood Orange、Autre Ne Veutあたりが出てきた時の、新しいR&Bの形が続々と示されてたワクワク感を今でも覚えてるんだけど、今作はその頃の空気感に近いものを感じたんですよね。
今後のさらなる飛躍が確信出来る素晴らしいデビュー作です。

8. Vampire Weekend 「Only God Was Above Us」

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ニューヨークベースのバンド、Vampire Weekendの通算5作目となる新作アルバム。
2008年のデビュー以来安定してハイクオリティの作品をリリースし続けている、信頼と実績のバンド、Vampire Weekend。
5年振りの新作アルバムである今作は、彼らのこれまでの輝かしいディスコグラフィーを網羅したような、1つの集大成と言える仕上がりの作品となっています。
聴いてるとこの曲はデビュー作っぽいなとか、この曲は3rdっぽいなとか、彼らのこれまでの歴史が楽曲の端々から感じられるサウンドになってる印象で、
自分達が凄いバンドだという事を自覚して作った作品って感じがしましたね。
過去の自分達の楽曲に目配せしつつも新たな表現にも果敢に挑戦していて、特にドラムの質感というかビート感・躍動感が一際新鮮な印象でした。
ディストーションの効いたノイジーな質感のギターの音色も前作には無かった響きで、オーセンティックでありながらアバンギャルドさも感じさせるプロダクションも含めて、非常にパンキッシュでヘビーな仕上がりという感じ。
フロントマンのEzra Koenigが青春時代を過ごしたニューヨークについて歌われた歌詞も非常に面白くて、80s・90sのニューヨークのダウンタウンの空気感が伝わってくるような風景描写が見事でしたね。
ファンが求めているサウンドと自分達の鳴らしたいサウンドは必ずしも同じではないと思うんですが、彼らはそのバランス感覚がとても優れてるなと今作を聴いて改めて感じました。

7. Waxahatchee 「Tigers Blood」

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アラバマ州出身のSSW、WaxahatcheeことKatie Crutchfieldの通算6作目となる新作アルバム。
4作目のアルバムあたりまではオルタナティヴなインディーロックという感じのサウンドを鳴らしていた彼女でしたが、2020年リリースの「Saint Cloud」でアメリカーナやカントリーに急接近し、それが多くのメディアで高い評価を受けたこともあり彼女にとって転機と言える作品となりました。
2022年にJess Williamsonと組んだユニット、Plainsとしてのアルバムを経て、引き続きプロデューサーのBrad Cookを迎えて完成させた今作は、近作のアメリカーナ路線の1つの到達点と言える素晴らしい1枚に仕上がっています。
まずKatieのメロディーメイカーとしての才能が覚醒しているというか、シンプルに良い曲だなぁとしみじみ聴いてしまう純度100%のグッドミュージックって感じが最高なんですよね。
彼女の伸びやかな歌声もそのメロディーの良さをストレートに心に届けてくれるし、人間関係についての葛藤や彼女が抱える禁酒についての問題などを綴った歌詞は決して明るいムードの内容ばかりではないんですが、彼女の正直で真っ直ぐな人となりが表れていてグッときます。
MJ LendermanのギターやWilcoのJeffの息子、Spencer Tweedyのドラムを含めたバンドとの一体感も素晴らしいし、本当に全方位的に完成度の高い作品だなと聴くたびに思いますね。

6. Tyla 「TYLA」

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 南アフリカ出身のシンガー、Tylaのデビューアルバム。
ここ数年の音楽シーンで急速に存在感を増してきているアフリカンミュージック。
アフリカ大陸出身の人気アーティストが続々と登場し、アフロビーツをはじめとするアフリカ発のサウンドを様々なミュージシャンが取り入れるなど、数年前からずっとトレンドであり続けているような今の状況は、2000年代前半にダンスホール・レゲエが世界を席巻した時を彷彿とさせますよね。
そんなムーヴメントの1つのピークと言える作品がこのTylaのデビューアルバムです。
ハウスミュージックをベースとした南アフリカ発の新たなダンスミュージック、アマピアノを軸に、ポップやR&Bを絶妙なバランスで組み合わせたサウンドは、流れる水のように滑らかで心地良い至福のグルーヴ。
アフリカのカルチャーや空気感を現地シーンへのリスペクトを込めながら表現しつつ、ポップフィールドへのアピールも実現出来ている仕上がりの細やかさがとにかく素晴らしいです。
今作にもゲスト参加しているTemsや、2ndアルバムをリリースしたAyra Starrなど、今年はアフリカ出身のシンガー達が傑作を相次いで発表していて、2024年の音楽シーンの1つのトピックと言えますよね。
今年のグラミー賞から新設されたBest African Music Performanceの初代受賞者となったTylaは、アフリカシーンの未来を担う存在としてかなりの大きなプレッシャーがあったと思いますが、今作はその期待に見事に応えた会心のデビュー作と言えるんじゃないでしょうか。   
 
5. Cindy Lee 「Diamond Jubilee」

カナダ出身のミュージシャン、Patrick Flegelによるプロジェクト、Cindy Leeの通算7作目となる新作アルバム。
2024年最も聴きづらく届きにくい傑作と言えるのかもしれません。
元々Womanというバンドでカルト的な人気を得ていたPatrickでしたが、ギタリストの死によってバンドは解散となりその後ドラァグクィーンとしての活動と並行して始めたソロプロジェクトがCindy Leeでした。
4年ぶりの新作となる今作は、2枚組32曲で2時間超えの大ボリューム、さらには前作に引き続きストリーミングサービスなどでの配信はされておらず、Bandcampなどでの購入も無し。
GeoCitiesでのフリーダウンロード、もしくはYouTubeチャンネルでの視聴のみでしか聴くことが出来ない、現在の音楽界の常識から逸脱した孤高の作品と言えますよね。
これまでのノイズや不協和音にまみれたエクスペリメンタルなサウンドは鳴りを潜め、60s・70sからタイムスリップしてきたかのようなローファイな質感のサイケデリックロック・フォーク・ソウルがもやもやと、ゆらゆらと鳴り響く様は、荘厳・耽美という表現が相応しいような未知なる美しさを放っています。
ロックが死んだ世界から送られてきたかのような、
隠れた名盤が時を経て発掘されたかのような、時代を超越した傑作のオーラが作品全体から漂ってるんですよね。
自分もそれなりにたくさんの音楽を聴いてきたつもりですが、今作を最初に聴いた時の感覚は全く味わったことのないものでした。
作品の性質上仕方ない部分はありますが、もっとたくさんの人の耳に届くべき傑作だなと思いますね。

4. Beyoncé 「COWBOY CARTER」

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説明不要のスーパースター、Beyoncéの通算8作目のアルバムとなる今作がカントリーミュージックに影響を受けた作品だと知った時は、いよいよとんでもない領域に足を踏み入れようとしてるなと驚きと共に不安を感じる不思議な感覚だったのを覚えています。
実際にリリースされて聴いてみると、その時の感覚は一瞬で消え去り、Beyoncéの音楽家としての引き出しの多さ、表現者としての幅の広さ、1人の人間としての懐の深さに感嘆しました。
実は前作の「RENAISSANCE」よりも前にリリースする予定だったという今作。
パンデミックの影響でリリースの順番を変える判断をしたそうですが、結果的に現在のカントリーミュージックブームの流れともリンクすることになり、Beyoncéの時代を読む力の凄さを感じますよね。
ハウス、カントリーとアメリカ音楽の歴史を再解釈する旅を続けているBeyoncé。
3部作の最後を飾る次なる作品で彼女がどんな音楽に挑戦するのか。
今から楽しみで仕方ないですね。
今作に関してはリリース直後により詳しく掘り下げた記事を書いたので、ぜひともそちらをチェックしてもらいたいです。

3.  Charli XCX 「BRAT」

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イギリス出身のシンガー、Charli XCXの通算6作目となる新作アルバム。
常にポップミュージックを進化させ続けてきたCharli XCXのキャリアは、自分自身のやりたい音楽とレコード会社やファンから求められる音楽の間でもがき続けてきた歴史でもあるのかもしれません。
トレンドセッター、ファッションアイコン、ポップスターとして周囲から扱われきたCharliですが、実は自身の音楽性としてはかなりアンダーグラウンドな嗜好を持っていたそうで、EP「Vroom Vroom」やミックステープ「Pop 2」などで度々その片鱗を見せていました。
長年契約していたレーベル、Asylumからの最後のアルバムとなった前作の「CRASH」は、彼女の中のポップスターを表現し尽くしたような作風でこれまでで最も商業的に成功した作品となり、Charliは新たなステージに足を踏み入れる決断をすることになります。
ずっと挑戦してみたかったというクラブミュージックへの本格的なアプローチを実現させた今作は、これまで蓄積していたクラブ・レイヴサウンドへの愛を爆発させたような1枚に仕上がっていて、ハウスやテクノをはじめとする様々なダンスミュージックがCharli XCXというポップアイコンを介して自由に飛び回っているような痛快さがあるんですよね。
盟友A.G. Cookを中心とした制作陣もCharliの思いに応えるようにキレッキレのサウンドメイクをしていて、本当に全曲がキラーチューンと言える圧巻の完成度。
一貫して攻めの姿勢のサウンドに対して歌詞は結構ナイーブな内容なものも多く、そのギャップというか二面性も面白くて、そのあたりもクラブに集まる若者のリアルな姿を表現してるのかなという印象でした。
亡き友人のSOPHIEに向けた「So I」には本当に心を打たれましたが、このアルバム全体からどこかSOPHIEの息づかいを感じるというか、彼女の意思を受け継ごうという思いが込められた作品なのかなと聴いてて感じましたね。

2. Jessica Pratt 「Here in the Pitch」

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LA出身のSSW、Jessica Prattの通算4作目となる新作アルバム。
時代を超越したタイムレスな作品という表現がよくありますが、それはこのアルバムを指す言葉だろうなと本気で思います。
彼女のこれまでの作品からも60sや70sの雰囲気が漂っていましたが、今作が醸し出している空気はそのリアルさが別次元のレベルにまで達しているなと感じます。
自分は古い音楽ほど良い音楽と思うタイプの人間ではないですが、現行の音楽からは感じられない味わい深さや魅力は時間を経過する事で出てくるものだろうなとも思います。
デニムや革製品のように、長い期間をかけて生まれる変化や魅力が音楽にもあると思うんですよね。
このアルバムは2024年にリリースされた作品にも関わらず、何十年も愛聴してきたような安心感や心の落ち着きをもう既に感じるというか、長きに渡り愛されてきた名盤みたいなオーラを既に放っているようなイメージなんですよね。
Burt Bacharach、Antonio Carlos Jobim、Judee Sill、Nick Drakeといった偉大な音楽家の残り香が芳しく薫るヴィンテージフォークサウンドはとにかく美しいの一言。
個人的には程よく漂うボサノヴァっぽい空気感がたまらなく好きで、ゆったりとしたギターの音色の揺れが本当に心地良いんですよね。
加えてコケティッシュでスウィートなこの歌声ですよ…。
もう参りましたって感じです。

1. Mk.gee 「Two Star & The Dream Police」

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ニュージャージー州出身のSSW、Mk.geeこと
Michael Todd Gordonのデビューアルバム。
今年の現時点で最もよく聴いてる作品を素直に1位にしようということで、迷わずこの作品を選ぶ事が出来ました。
ここ数年の音楽シーンを語られる場面でよく目にするキーワードの1つがリバイバルという言葉だと思います。
過去に流行したサウンドを取り入れたり、当時の音楽へのリスペクトを様々な形で示した楽曲が多数リリースされていますが、その流れの中心にいるのは現在20代や30代の若手ミュージシャン達。
彼らの生み出すサウンドは、彼らが生まれる前や幼少期の80・90年代の音楽、青春時代を過ごしてきた00・10年代の音楽が絶妙な塩梅で混ざり合った、懐かしさと新しさが交錯する何とも不思議な響きをしていますが、Mk.geeの作り出す音楽はまさにそんな質感のサウンド。
PrinceやBruce Springsteenからの影響を感じさせるメロディアスなポップ・ロックを軸としながら、実験的なアプローチで現代的に洗練させた今作は、彼のギタリストとしての才能も堪能出来る傑作アルバムに仕上がっています。
時に荒々しく歪ませたギターの音色は、美しく甘いメロディーにピリッとスパイスを効かせ作品全体を切れ味鋭く引き締めている感じ。
フィルターがかかったようなニュアンシーなヴォーカルとのバランスも絶妙で、本当によく練られたサウンドプロダクションだよなぁと聴くたびに感心してしまいます。
自分はミュージシャンが普段どんな音楽を聴いてるかを調べるのが趣味なんですが、今年最もよく名前が挙がるのがこのアルバムな気がしますね。
Mk.geeのライブに足を運んでいるミュージシャンの姿もインスタなどを通して本当によく見ますし、今最も同業者からの人気が高いアーティストと言えるのかもしれません。

というわけでいかがだったでしょうか?
2024年の音楽シーンに関して個人的に感じた流れや動きの1つが、懐かしさと新しさが混在した音というのがあります。
まぁここ数年はずっとそんな感じではあるんですが、今年は特にギターサウンドを通してそれを感じさせるアルバムが多いような気がします。
1位に選んだMk.geeをはじめ、Jessica Pratt、Cindy LeeやChanel Beadsなどなど、様々なタイプのギターの音色がキーとなったサウンドに心を掴まれることが多いんですよね。
去年リリースのML Buch のアルバムもその仲間ですね。
80s後半あたりのムードと10s以降の新しい音色が良いバランスで混ざり合ったサウンドが、今の自分の気分にフィットしてる音なんだと思います。

今年の後半も楽しみなリリースがたくさんありますし、音楽を聴くのに忙しい日々はこれからも続いていきそうですね。
今回の記事を通して何か参考になったり、聴くきっかけになれば嬉しいです。
最後まで読んで頂きありがとうございました!

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