2024年年間 個人的ベストアルバム
2024年もいよいよ終盤というわけで、今年も1年を振り返る毎年恒例年間ベストの季節がやってきました。
今年もたくさんの素晴らしい音楽に日々囲まれた生活だったわけですが、今年は自宅でのリスニング環境がガラッと変わり、以前に比べるとかなり良質なスピーカーやレコードプレイヤーを手に入れ、より音楽をじっくりと楽しむようになった気がします。
サブスクでサッと手軽に聴くのももちろん好きなのですが、さぁこれから音楽を聴くぞ!と少し気合いを入れてレコードを再生する感じも、その作品により深く耳を傾けられる気がしてとても良かったですね。
そうやってメリハリを付けて音楽を聴くスタイルは、来年以降も続けていきたいと思います。
というわけで今年も個人的によく聴いた、思い入れのあるアルバムを50作品選んでみました。
今年全部で何作品聴いたのかはちょっと分からないですが、その中でも特にお気に入りの上位50枚という感じです。
確かにこれ良かったよねとか、このアルバムは知らなかったから聴いてみようとか、この記事を読んだ方にとってなんらかの気付きやきっかけとなれば嬉しい限りです。
では長くなりますがぜひ最後までお付き合いください。
50. Being Dead 「EELS」
テキサス州オースティンベースの3人組バンド、Being Deadの2ndアルバム。
去年リリースのデビューアルバム「When Horses Would Run」にどハマりして、その年の個人的なベストアルバムにも入れた彼らから早くも届いた2枚目のアルバムは、前作以上によりリラックスしたムードで自分達のやりたいことを追求したような仕上がりになっている印象でしたね。
ガレージロックやサーフロック、パンク、フォークなどが入り混じったやりたい放題感溢れるサウンドの方向性は一切ブレることなく、より自由にアグレッシブにスケールアップしている感じが成長を感じさせます。
男女のヴォーカルが縦横無尽に入り乱れる感じもトリッキーで面白いんですよね。
今作はこれまでSt. VincentやAngel Olsenなど数々のアーティストの作品にプロデューサーやエンジニアとして携わってきたJohn Congletonをプロデューサーに迎えていて、そこも音作りにおける進化の要因なんだと思いますね。
歌詞やビデオ、アートワークも含めて何もかもがとにかく変というか、ぶっ飛んでるというか。
好きな人はとことん好きで苦手な人には全く引っかからないであろう、他のバンドには無い特殊な個性を放つ不思議な魅力を持った存在です。
49. Lou Hayter 「Unfamiliar Skin」
ロンドンベースのアーティスト、Lou Hayterの2ndアルバム。
元々NYPC(New Young Ponny Club)というバンドのキーボーディストとして活動していたLou Hayter。
NYPCは2000年代後半に登場したダンサブルなポップ・ロック・パンクサウンドで人気のバンドでしたが、より自分好みの音楽を作っていきたいなどの理由でバンドを脱退しソロ活動をスタートさせたんだそう。
AirのメンバーのJean-Benoit Dunckelとのユニット、Tomorrow’s Worldとしての作品やDJとしての活動を経てリリースされた今作は、彼女のダンスミュージックへの愛が詰め込まれたサウンドになってて最高でしたね。
PrinceやKylie Minogue、Paula Abdulといった80s•90sのアイコニックなポップスターからの影響を強く感じる、ダンスポップ〜ディスコ〜ハウス〜R&Bサウンドがとにかくスタイリッシュ。
レイト80s〜アーリー90sのMTV全盛期な空気感が漂う感じというか、懐かしさとモダンさのバランスが本当に絶妙な1枚です。
48. Milan W. 「Leave Another Day」
ベルギーのアントワープベースのミュージシャン、Milan W.の新作アルバム。
Milan W.はMilan Warmoeskerkenによるソロプロジェクトで、これまでの作品はほとんどがインストゥルメンタルのアンビエントなエレクトロサウンドでしたが、今作で作風をガラッと変えてきました。
The CureやCocteau Twins、King KruleやDean Bluntあたりと共鳴するような、妖しげで耽美な世界観のサウンドにぐいぐいと引き込まれていくような感覚。
ひたすらに陰鬱でどんよりとした空気感が支配した響きなんだけど、ギターやストリングスなどの弦楽器の
旋律の美しさでダークになり過ぎていない感じが絶妙なんですよね。
失恋や別れをテーマにした歌詞やそれを物悲しく歌うヴォーカルもとことんダウナーなトーンで統一されていて、そのあたりも先程挙げたドリームポップ〜ポストパンクの偉大な先人達の後を追っている感じというか。
今作は以前ベストアルバムにも挙げたことのあるベルギーのミステリアスなプロジェクト、Voice Actorと同じレーベルのStroomからリリースされていて、個人的にはそこも心を掴まれたポイントでした。
47. Yaya Bey 「Ten Fold」
ニューヨーク出身のSSW、Yaya Beyの通算5作目となる新作アルバム。
2022年リリースの前作アルバム「Remember Your North Star」が様々なメディアで軒並み高評価となり、一躍大きな注目を集めるようになったYaya Bey。
続編的なEPを挟みリリースされた今作も、前作に続き90s・00sネオソウルをベースにした軽やかでメロウなムードのR&Bサウンドはそのままに、よりバンド感の強いグルーヴが堪能出来る仕上がりになった印象。
制作陣にはKarriem RigginsやCorey Fonville、DJ Harrisonといったジャズ界隈の凄腕達が名を連ねていて、彼らの臨場感のあるサウンドメイクによって前作にも増して大人っぽいR&Bへと洗練された感じでしたね。
心地良いサウンドと裏腹に歌詞は割と重めな内容なのも前作同様で、前作では10代の頃の父親との確執が描かれてましたが、今作の制作中に亡くなってしまったそうで、そんな父親への思いも歌詞として綴られています。
ちなみに彼女の父親は今作にもクレジットされているGrand Daddy I.U.というラッパーで、Biz Markieの周辺で活躍していた人なんだそう。
今作はYaya Beyに音楽を教えてくれた父親へのトリビュート的な意味合いもあるみたいで、父を亡くした喪失感や感謝の思いが込められた歌詞を噛み締めながら聴くと、また違った味わいが感じられる作品なのかなと思います。
46. Tara Lily 「Speak In The Dark」
サウスロンドンベースのSSW、Tara Lilyのデビューアルバム。
彼女のことはKing Kruleが猛烈にプッシュしていたことで知ったんですが、最初に聴いた瞬間から凄い才能がまた現れたなと感じましたね。
R&Bをベースにジャズやトリップホップ、ドラムンベースまで巻き込んだクールでダウナーなサウンドは、得体の知れない不穏さと洗練された美しさが同居した異形の響き。
彼女はバングラデシュ系の移民の家系で育ったんだそうで、アジアの文化や音楽からも大きな影響を受けていたらしく、今作でもエキゾチックなエッセンスが散りばめられていましたね。
King KruleことArchy Marshallがギターで参加している他、ジャズミュージシャンのTheo CrokerやラッパーのSurya Senも参加し、そのミステリアスな世界観をより洗練させています。
King Kruleとは彼の4作目のアルバム「Space Heavy」にTaraが参加した他、何度か曲を共作しているみたいです。
聴いてると想像していた以上に幅広いサウンドへと展開していくし、柔軟で自由な発想を持った彼女が今後どんな音楽を作っていくのかが非常に楽しみですよね。
45. Tems 「Born in the Wild」
ナイジェリア出身のSSW、Temsのデビューアルバム。
2020年の大ヒット曲、WizKidの「Essence」に参加したことで世界的にその名が広まったTems。
その後DrakeやBeyoncéのアルバムにゲスト参加するなど、アフリカンミュージックの世界的なブームの流れと共にどんどん活躍の場を広げていった彼女の、待望のデビューアルバムである今作。
長い間待った甲斐のある素晴らしい内容でしたね。
アフリカの雄大な自然のように何もかもを包み込んでくれるふくよかで深みのある歌声と、ゆったりと心地良いアフロビーツ〜R&Bサウンドの肉感的なグルーヴ。
聴いた後の感覚はLauryn Hillなんかと近い印象でしたね。
GuiltyBeatzやP2Jといった近年のアフロビーツの隆盛の立役者と言えるプロデューサー達によるサウンドの気持ち良さはもちろんのこと、なんと言ってもやはりこの声ですよね。
歌い上げるというよりかはとてもナチュラルに、語りかける延長で歌を届けてくれるみたいな、バックのサウンドと一体化するかのようにスムーズなのにしっかりと存在感のある、本当に特別な響きの声の持ち主だなと思いますね。
疲れた心と体に沁み渡る、優しく包容力のある1枚です。
44. Dawuna 「Naya」
バージニア州リッチモンド出身のミュージシャン、Ian Mugerwaによるプロジェクト、Dawunaの2ndアルバム。
彼は元々ot to, not toという名義で活動をスタートしていて、Nicolas Jaarが代表を務めるレーベル、Other Peopleからデビューし、その後Dawuna名義で活動を開始した非常にミステリアスなアーティストです。
前作アルバム「Glass Lit Dreams」はアブストラクトな世界観のR&Bサウンドが一部の音楽ファンの間で話題となり一躍注目を集めましたが、今作はそこからよりブラックミュージックのエッセンスを強く表出させた内容となっています。
D’AngeloやPrinceの未発表デモ音源が発掘されたみたいなヤバさがあるというか、ノイズや奇怪な処理を施したヴォーカルの生々しくざらついた質感のサウンドや官能的なグルーヴは、聴いてて背筋がゾクゾクするような怪しげな響き。
90s・00sに隆盛を極めたネオソウルがベースになってるのは間違いないと思うんだけど、単純にその頃のサウンドを進化させた感じとも違うというか、素材となる音を拝借して切り貼りしたコラージュアートのような、なんとも言えない不気味な仕上がりなんですよね。
前作に引き続き咀嚼に時間を要する不思議な魅力を放つ1枚です。
43. Chanel Beads 「Your Day Will Come」
ニューヨークベースのミュージシャン、Shane Laversによるプロジェクト、Chanel Beadsのデビューアルバム。
ギターやベース、ドラムにシンセなど、ほぼ全ての楽器の演奏を1人でこなすShane Laversのソロプロジェクトでありながら、ほぼ全曲にSSWのMaya McGroryがヴォーカルとして参加してるので、実質的には2人のバンドと言えるのかもしれません。
Shaneが描くドリームポップ・アンビエント・ポストパンク・トリップホップが交わるモノクロームな質感の耽美な音世界がひたすらにクールで、Mayaのアンニュイな歌声がその世界観をより色濃く表現しています。
アルバムにはヴァイオリニストのZachary Paulも数曲参加していて、彼によるヴァイオリンの音色が作品全体をクラシカルな雰囲気に包んでいる感じ。
楽曲は様々なジャンルのサウンドが入れ替わり立ち替わりって感じで、まるで夢の中の世界で鳴ってる音みたいな感じなんですよね。
場面場面で断片的に記憶は残ってるけど、どう繋がってるとかどんな流れかの部分はとても曖昧な感じみたいな。
その陶酔感とかトリップ感みたいなところも今作の魅力の1つかなと思います。
今作はThe Blue NileやPrefab Sprout、David Sylvianなどの80sのソフィスティポップに大きく影響を受けたんだそうで、そのあたりも非常に2024年らしい1枚だなと言えるんじゃないでしょうか。
42. Skee Mask 「Resort」
ドイツはミュンヘン出身のプロデューサー、Bryan Müllerによるプロジェクト、Skee Maskの通算4作目となる新作アルバム。
Skee Maskとして活動する以前のSCNTSTの頃からエレクトロ/ダンスミュージックシーンの中で異彩を放っていたBryan。
Skee Mask名義になってからは毎年のようにEPやアルバムをリリースし続けている非常にハードワーカーな人なんですが、そのどれもがハイクオリティな若き天才プロデューサーですよね。
今作は静と動のコントラストがこれまでの作品以上にはっきりと表れた作りになっている印象で、メディテーショナルな質感のゆったりとしたテンポのアンビエントサウンドと、パキッとしたビートのフロアライクなモダンテクノサウンドがシームレスに繋がり、全く異なるリズムのサウンドが流動して溶け合っていく様は、水の流れにも似た美しさがあります。
だからこそ移動中だったり作業中だったり、体や頭が動いている状態の時に聴くとスーッと馴染むような感覚があるんですよね。
その時の自分の気分に合わせて気持ちをクールダウンさせてくれたり、逆に気分を高揚させてくれたり、日常のあらゆるシーンをリゾート地のような心地良い空間に誘ってくれる、非常に順応性の高い作品だなと思います。
41. Mabe Fratti 「Sentir Que No Sabes」
グアテマラ出身で現在はメキシコシティベースのミュージシャン、Mabe Frattiの通算4作目となる新作アルバム。
去年リリースのHector Tostaとのユニット、Titanicとしてのアルバムも素晴らしかったMabe Fratti。
チェロ奏者としての演奏活動と同時に、弾き語りスタイルで歌も歌うSSWとして作品を作り続けている彼女の最新作は、これまでの作品と同様に非常に実験的かつ即興的な仕上がり。
チェロの重厚な音色とクリアな歌声が艶かしく絡み合うジャズポップサウンドはロックなアプローチも感じられる意外と聴きやすい響き。
と思いきや急に嵐のような打楽器のビートが襲ってきて一気にアヴァンギャルドな世界に引きずり込まれる。
もの凄く動物的で生々しい音なんですよね。
無駄を削ぎ落としたミニマルな作りの響きにも関わらず情報量は非常に多いというか、音の迫力に圧倒されてしまうくらいの多重感のあるサウンドなのがこの人のミュージシャンとしての凄さだなと思いますね。
スペイン語で歌われる歌って、普段英語や日本語の歌を聴くことが多い自分にとって良い意味での違和感があって、今作でもその言語の響きの違いがスパイスとして効果的に働いてるなと思いました。
耳で聴くというよりは全身で体感するみたいな感覚の1枚ですね。
40. Ariana Grande 「eternal sunshine」
2013年のデビューから2020年までの8年間で6枚のアルバムをリリースするという驚異のハイペースで作品を作り続けてきたAriana Grande。
前作から約3年半振り、通算7作目となる今作はそんなハードワーカーな彼女にとってプライベートにおけるこの3年半という期間がどれだけ大変で困難なものだったかがひしひしと伝わる内容になっています。
結婚・別居・離婚・新たな恋と、この期間に彼女が経験した激動の私生活がリアルに記録されている今作は、「別れ」というワードが作品全体に散りばめられているものの、サウンドは決して暗いムードになる事はなくむしろポジティブなトーンの楽曲が多いのが特徴的。
90s~00sのR&Bを由来とする華やかでゴージャスなポップサウンドと洗練されたヴォーカルパフォーマンスで、悲しみを乗り越え前を向いて進もうとしている1人の女性の感情の揺れや心情の変化を美しく演出しています。
ほとんどの楽曲でArianaと共にプロデューサーを務めているMax Martinのサウンドの引き出しの多さが光りますよね。
今年は映画「Wicked」が公開となり女優としても非常に高く評価されている彼女ですが、一方で今作の存在感はやや薄れてしまった感があるのがちょっと残念というか、個人的には彼女のディスコグラフィーの中でも結構上位でお気に入りなんですけどね。
インパクトの強い曲こそ多くはないものの、非常に統一感のある良いアルバムだなと思います。
39. Bullion 「Affection」
数多くのアーティストを手がけてきたプロデューサーとしても知られるBullionことNathan Jenkinsの新作アルバム。
これまでCarly Rae JepsenやWesterman、Nilüfer Yanya、Avalon Emersonなどの作品に携わってきたBullionは、個人的に最も信頼しているプロデューサーの1人。
彼の作る音はどれもどこか品の良さが漂うというか、派手さはないけど洗練された大人っぽさがある感じがとても好きなんですよね。
ここ数年The Blue NileやPrefab Sprout、Scritti Polittiなどの80sポップリスペクトなサウンドが増えてるけど、今回のアルバムはその決定打みたいな作品と言えるんじゃないでしょうかね。
ブルーアイドソウルとかソフィスティポップなんて呼ばれるソウルやAORのフレイバーが香る80sのポップスを下敷きに、エレクトロな音色で現代的に洗練させたような軽やかな響き。
ゲストヴォーカルに迎えたCarly Rae JepsenやPanda Bear、Charlotte Adigéryのそれぞれの持ち味を活かしながら、しっかりと作品の1つのパーツとして流れに組み込んでるあたりが流石でしたね。
38. Billie Eilish 「HIT ME HARD AND SOFT」
Billie Eilishの音楽家としての凄さは分かっているつもりだったけど、日常的に普段聴くタイプの音楽ではないなと思ってた自分にとってこの3作目のアルバムはとても衝撃的な作品でした。
どこか仄暗く不気味で異質な存在というか、そのダークさも含めて多くの人々を魅了する才能の持ち主だなという認識はあったんですが、個人的にはあまり引っ掛からなかったというか。
最初はキワモノ扱いされていた印象でしたが、次第に世界的なスーパースターとなっていって、彼女に対する人々の熱狂ぶりも正直よく分からないというか付いていけないなと感じていました。
ただ今作を最初に聴いた時、こんな心地良いサウンド作るんだこの人とか、こんなに歌上手かったんだとか、アルバム1枚をサラッと聴けてしまったことにビックリしたんですよね。
兄のFinneasによるBillieのシンガーとしての魅力を引き出すプロダクションも見事で、楽曲のタイプは非常に幅広いんだけどどれもとてもミニマルでシンプルな音使いで、Billieの書くメロディーの良さを引き立ててるような印象。
それでいて1曲の中で前半と後半が別の曲かと思うくらいガラッと展開させていたり、とにかく飽きの来ない作品だなと思いましたね。
Billie自身も「アルバム」として聴いてもらうことを念頭において制作したと語ってましたが、まさにそうですよね。
自分のBillie Eilishに対する見方がガラッと変わったという意味でも、とても印象に残る1枚となりそうです。
37. Sabrina Carpenter 「Short n’ Sweet」
今年世界的に大ブレイクを果たしたSabrina Carpenter。
実は今作で通算6作目のアルバムなんだそうで、意外にも中々に長いキャリアを重ねてようやく大ブレイクに至ったみたいなんですが、自分にとってもこのアルバムをここまで気に入ることになるとは意外でした。
私生活や恋愛事情をダイレクトに反映させた大胆な表現と秀逸な言葉遊びが炸裂した歌詞の面白さ、カントリーやR&Bを取り入れたひたすらにキャッチーで清涼感あるサウンド、クセが無くキュートな歌声。
そのどれもがとにかく良く出来ていて、今の時代に聴くポップミュージックとしてパーフェクトと言える仕上がりだなと思いましたね。
今やどこにでもいるでお馴染みのJack Antonoffに加え、かつてOne Directionを手がけていたJohn RyanやJulian Bunettaなどポップ界のマエストロ達がプロデューサーとして参加していて、彼らによるキラキラさせ過ぎない程度に華やかなサウンドプロダクションも見事な塩梅。
一度聴いたらすぐ覚えられそうな耳馴染みの良い曲が並ぶ中、やはり「Espresso」は一際キャッチーですよね。
疲れた時はコーヒーと甘いもの、みたいな感覚で、ひと息つきたい時に何のストレスもなく聴ける、愛され度の高い1枚だなと思います。
36. Helado Negro 「PHASOR」
エクアドルをルーツに持ち現在はニューヨークを拠点に活動しているRoberto Carlos Langeによるプロジェクト、Helado Negroの通算8作目となる新作アルバム。
2019年リリースの6作目「This Is How You Smile」で彼の存在を知ったんですが、彼の人となりや音楽性は今も全く掴めていないというか、なんかよく分かんないけど好きな音、的な楽曲をずっと作り続けてる人というイメージなんですよね。
ブラジリアンジャズ・トロピカリア、インディーポップ、エレクトロニカなど、様々なジャンルが混ざり合ったサイケデリックなサウンドは、文字通りジャンルレスでなんとも形容しがたい響き。
英語とスペイン語が入り混じった歌も相まって、どこか異世界から聴こえてくるような不思議な質感のサウンドなんだけど、とにかくチルな成分に満ち溢れているというか、ギリギリ合法なレベルで人を心地良くする作用がある音って感じなんですよね。
今作は大学で行われていたシンセサイザーについての研究を見学した経験が大きなインスピレーションになっているんだそうで、生音と電子音の絶妙なバランスのブレンド具合もポイントなのかなと思います。
特に予定の無い休日もこのアルバムを流していればなんとなく良い日になりそうな気がする、そんな作品です。
35. Arooj Aftab 「Night Reign」
パキスタン出身で現在ニューヨークを拠点に活動しているSSW、Arooj Aftabの通算4作目となる新作アルバム。
2021年リリースの前作「Vulture Prince」が多くのメディアで高く評価され、翌年のグラミー賞では新設されたBest Global Music Performanceの初代受賞者となり、一気に知名度を上げたArooj。
程良く湿り気を帯びた深みのある歌声は、彼女自身が最も影響を受けているというSadeを思わすような妖艶な響きで、甘美でミステリアスなムードのジャズ〜ソウル〜フォークサウンドと絡み合い独自の世界観を作り上げています。
夜をテーマにした今作は、人が活発に動き出す情熱的な夜から、1人孤独に物思いに更け眠りにつく物静かな夜まで、様々な表情の夜がサウンドとして表現されていて、どんな時間に聴いても夜の世界に誘われるような感覚になるんですよね。
インドやパキスタンで使われているウルドゥー語と英語の2つの言語で歌われていて、普段あまり耳にする事のない独特の響きが聴く者を異世界へと連れて行きます。
今作には昨年共作のアルバムもリリースしたピアニストのVijay Iyerと音楽家のShahzad Ismailyの他、Moor MotherやCautious Clay、さらにはElvis Costelloといった異色の面々が制作に参加していて、多彩な楽器の響きが重なり合う臨場感溢れる演奏の素晴らしさも聴きどころですね。
寝る前に聴く音楽としてこれ以上ない程に最適な1枚だと思います。
34. The Smile 「Wall of Eyes」
Thom YorkeとJohnny Greenwood、Tom Skinnerの3人によるバンド、The Smileの2ndアルバム。
Radioheadがバンドとして動いていない今、The Smileにかかる期待やプレッシャーの大きさは凄まじいと思うんだけど、今作を聴いて感じたのはRadiohead的なサウンドが聴きたいというファンの思いをある程度理解した上で作った作品なのかもなということ。
The Smileとしての前作アルバムは、個人的にはやや難解な部分もあって何回も聴こうとは思いにくいタイプの作品だったんですが、今作は完全にRadioheadの延長線上にある作品という感じがして、聴いてすぐにこれは長いお付き合いになりそうなアルバムだなと直感的に思ったのを覚えています。
メンバー3人が互いの良さを極限まで引き出し合いそれぞれの個性や色が重なり合うと、これほどまでに立体的で美しいアンサンブルが生まれるんだと圧倒されましたね。
手が届かないくらい崇高なサウンドなんだけど、同時にすぐ近くで鳴っているような親密さも感じるような。
正直Radioheadとして聴きたかったという思いがないわけではないんだけど、Tom SkinnerというドラマーがいるThe Smileだからこそ辿り着けたサウンドなんだろうなとも思うんですよね。
10月には3rdアルバム「Cutouts」が早くもリリースされて、こちらも言わずもがなのハイクオリティ。
2作のサウンドのアプローチや作りの違いを聴き比べるのも楽しみ方としてはアリなのかなと思います。
33. Kali Uchis 「ORQUÍDEAS」
コロンビアをルーツに持つアメリカ出身のシンガー、Kali Uchisの通算4作目となる新作アルバム。
去年3rdアルバム「Red Moon In Venus」をリリースしてからわずか10ヶ月で届けられた今作は、全編スペイン語のアルバムとしては2作目。
前作に引き続き70sソウル由来の妖艶なR&Bサウンドを軸にしながら、レゲトンやクンビアなどのラテン音楽を品良くブレンドさせてて、Bad BunnyやRosalíaとはまた違うアプローチでスペイン語ポップスの面白さを示してる感じが見事でしたね。
Kali Uchisの声から色気が漂ってるのはもちろんのこと、ベースラインの動きとかも艶かしいというかエロいというか。
これ中々簡単に表現出来るものじゃないと思いますね。
全ての音がラグジュアリーで聴いてて本当にうっとりしてしまいます。
今作のリリースのタイミングで第一子を授かっている事を明かしていましたが、アルバム制作中のハッピーでロマンティックなムードがサウンドにも表れているのかもしれません。
8月には4曲の新曲を追加したデラックスバージョンのParte 2もリリースしていて、そちらも合わせてチェックしてみて欲しいなと思います。
32. Vegyn 「The Road To Hell Is Paved With Good Intentions」
サウスロンドン出身のプロデューサー、VegynことJoseph Thornalleyの2ndアルバム。
Frank Oceanの傑作「Blonde」に参加以降、数多くのアーティストの作品にプロデューサーとして関わってきたVegyn。
ここ数年はPLZ Make It Ruinsというレーベルの代表としても活躍していて、才能ある若手アーティストを発掘し続々と世の中に送り出しています。
EPやミックステープ、Headache名義でのアルバムリリースなど、自身のアーティスト活動も精力的に行っていたVegynにとって2作目のアルバムとなる今作は、彼のこれまでのキャリアを総括するような、集大成的な作品と言える完成度の1枚となっています。
メロウなハウスやアンビエント、ビックビートやトリップホップなど多彩なサウンドを自由に飛び回りながらもしっかりと統一感がある響きに仕上がっていて、彼のプロデューサーとしてのスケール感が益々大きくなっているなという印象。
John GlacierやEthan P. Flynn、Lauren AuderといったゲストヴォーカルからLoraine JamesやDuval Timothyといった仲間たちが制作に参加していて、これまでたくさんのコラボレーションを経て進化してきたVegynの歩みが今作に集約している感じですよね。
今年来日公演が発表されていましたが、健康上の理由でキャンセルとなってしまい、このタイミングで彼のライブを観れなくなってしまったのは本当に残念でしたよね。
以前にもお知らせしたんですが、今回のアルバムの国内盤の解説の執筆を担当させてもらっていまして、より詳しく今作の魅力について語らせてもらってるので、ぜひそちらもチェックしてみてください。
31. Jamie xx 「In Waves」
Jamie xxの実に9年振りとなる2ndアルバムは、今年最も待ち望まれていた作品の1つだったんじゃないでしょうか。
The xxとしての活動も止まっている中で、メンバーそれぞれのソロ活動が活発化していたここ数年、Jamieも単発で楽曲は発表してましたがついにフルアルバムが届けられると知った時は本当に嬉しかったですよね。
コロナ禍を経てようやく世界が内ではなく外にエネルギーを向け始めたことに呼応するように、ダンスミュージックを通じて人との繋がりやクラブカルチャーの素晴らしさを改めて伝えてくれる今作。
彼のサウンドの核となっているサンプリングという文化の面白さ、奥深さ、可能性があらゆる方向から表現されているような仕上がりで、過去の音楽への愛とリスペクト、豊富な知識と発想力、新しい音楽に対する鋭い感度を併せ持つ彼だからこそ生み出せるフロアバンガーの数々は、どれも聴いていて自動的に体が動き出してしまうような高揚感に包まれています。
The xxのメンバーのRomyとOliverはもちろんのこと、Panda BearやRobyn、The Avalanchesなど多彩なゲストとのコラボから生まれる化学反応も今作の聴きどころの1つ。
Jamie xxの作り出す音はやっぱり特別で、他のビートメイカーでは味わえない独特のワクワク感があるなと改めて感じさせてくれる1枚でした。
30. Floating Points 「Cascade」
伝説的なジャズサックス奏者、Pharoah Sandersとの共演や宇多田ヒカルの「BAD モード」への参加など、多方面に活躍の場を広げていたFloating Pointsの約5年振りとなる新作アルバム。
先程挙げたJamie xxと同様に、コロナ禍の内省的なモードのバックラッシュとも言えるような、これまで以上に人を踊らせることに特化したヘヴィーでワイルドなサウンドが特徴の作品でした。
自由自在に暴れ回るシンセ、極太のベース、攻撃的なキック。
全てが異次元のレベルに達した超絶フロア仕様な楽曲の数々は、彼の音へのこだわりが細部まで詰め込まれた職人技と呼べる最高品質の音の波が次々と押し寄せてくるような感覚。
その波に飲み込まれながら高まっていく緊張感と高揚感、そしてそれが一気に解き放たれる時の心地良さたるや…。
ダンスミュージックって最高だよなと心から感じられる瞬間ですよね。
彼の尋常では無い音へのこだわりに耳をこらすのも良いし、彼の音楽の真価が発揮されるクラブで踊り狂うのももちろん良いし、どちらも味わってこのアルバムの素晴らしさを最大限に体感したいなと思いますね。
29. Kim Gordon 「The Collective」
元Sonic Youthのメンバーとしても知られるKim Gordonのソロとしての2ndアルバム。
先行シングル「BYE BYE」を最初に聴いた時の衝撃は、ここ数年様々な音楽を聴いてきた自分の中でもトップクラスで大きなものでしたね。
脳天を揺さぶるような凄まじい音圧の低音。
何もかもを破壊し尽くすようなノイズの迫力。
ヒップホップからの影響が強く反映された、うねるようなビートの上をクールに支配するキムのスリリングなヴォーカル。
このアルバムで鳴り響く全てのサウンドが攻撃的かつ刺激的で、御年70歳の大ベテランである彼女がこれ程までにフレッシュでアバンギャルドな作品を作り出すとは正直予想だにしなかったですね。
Yves TumorやLil Yachtyなどを手がけているJustin Raisenは前作に引き続いての起用ですが、今作はKimの要望でよりビートを重視したサウンドを目指していたんだそうで、中にはPlayboi Cartiに提供する予定だったビートを使った曲もあるんだとか。
Kimのヴォーカルも歌というよりは叫びとかに近いというか、まるで呪術師のように聴き手の脳内に直接語りかけてくるような感覚。
彼女くらいの長いキャリアをもったアーティストは中々新しい挑戦をするのが難しくなるというか、若い頃のようなバイタリティが次第に無くなっていってしまうと思うんですが、この人はまだまだ全然自分自身に飽きていないんですよね。
自分の新しい一面を見出して、それを音楽を通してさらけ出すことに全く億劫になっていない。
本当にカッコいい人だなと改めて思います。
28. Doechii 「Alligator Bites Never Heal」
GlorillaやSexyy Redをはじめとして、新たな世代の女性ラッパー達の活躍が目立った2024年。
その中でも一際個性的で凄い逸材だなと感じたのがフロリダ州出身のDoechiiでした。
声色を自在に操りながら聴き心地の良いフロウでビートを乗りこなす様はまるでKendrick Lamar。
さらにScHoolboy Q譲りのストーリーテリング能力、SZAを思わすシンガーとしての巧みさも併せ持つ、所属レーベルTDEの良さを凝縮したような圧巻のスキルを持ってるんですよね。
今作はミックステープという扱いのようなんですが、彼女の才能を世界に知らしめたという意味でもターニングポイントになる作品と言えるでしょうね。
作品の前半は90sヒップホップっぽいオールドスクールなテイストのビートが多くて、Doechiiのラップの上手さがより際立って聴こえるというか、シンプルなビートだからこそ彼女の言葉運び、リズム感の素晴らしさがダイレクトに伝わってくるんですよね。
後半になってくるとメロウな歌モノもあったりして、本当に器用でマルチな才能の持ち主だなと思います。
来年にはデビューアルバムのリリースが控えてるという話もありますし、彼女の動向から益々目が離せないです。
先日公開されたTiny Desk Concertもマジで鳥肌モノのカッコ良さだったのでぜひチェックしてみてください。
27. Astrid Sonne 「Great Doubt」
デンマーク出身のミュージシャン、Astrid Sonneの通算4作目となる新作アルバム。
自分は今作で初めて彼女のことを知ったんですが、元々はヴィオラ奏者としても活動しているそうで、これまでの3枚のアルバムはヴィオラの音色を主体としたクラシカルなサウンドのものだったり、かなり前衛的なエレクトロサウンドのものだったり、非常に実験的な作風の人だったみたいです。
初めてのヴォーカル主体の作品となる今作は、これまでの作品と比べると格段に聴きやすいサウンドにはなってるんだけど、彼女の音楽家としてのエッジィな部分は決して失われていないというか、聴こえてくる音の尖り具合は中々に凄いです。
優雅なストリングスやピアノの音色、重厚なビートが織りなすシンプルながら奥行きのあるサウンドは、現在拠点にしてるロンドンのTirzahや同郷のML Buchとも呼応するような抽象的でミステリアスな響き。
様々な音が鳴ってはいるんだけど音数少なく聴こえるというか、音と音の間の余白みたいな部分が非常に効果的に使われてるなという印象でしたね。
アルバムジャケットの意味ありげな笑顔もどことなく不気味だし、歌詞の内容も不確実な現状や不安を歌ったものが多く、「Everything is unreal」という曲もあるように非現実の怖さみたいなものが1つのテーマとしてあるのかなと思いました。
そういう意味で「Great Doubt」というアルバムタイトルは本当によく出来てるなと思いますね。
9月にはML BuchやSmerz、Blood Orangeなどが今作の収録曲をリエディットした「EDITS」もリリースされていて、そちらもとても面白い内容だったのでぜひチェックしてみてください。
何度聴いても実体が掴めないような、不思議な魅力を持った作品です。
26. claire rousay 「sentiment」
カナダ出身で現在はLAを拠点に活動しているミュージシャン、claire rousayの新作アルバム。
More Eazeとの共作アルバムで聴かせるコラージュ的なアプローチのサウンドをはじめ、これまで実験的でエクスペリメンタルな作風のミュージシャンというイメージの強かったclaire rousayですが、今作はかなり自身の歌声にフォーカスしたメロディアスな響きへと変化したなという印象。
自分の音楽を「Emo Ambient」と表現しているように、90sロックとアンビエントを掛け合わせたような繊細でどこかノスタルジックなサウンドは、生々しさと神秘性が危ういバランスで保たれた儚げな響きをしています。
フィールドレコーディングで録音した音源を元に楽器の演奏や歌を付け足していくように楽曲を作っていく事が多いんだそうで、そのためか作品全体がどこかざらついた質感をしているのが印象的なんですよね。
claireはトランスジェンダーの女性である事を明かしていますが、今作では彼女の抱える悩みや葛藤がリアルな言葉として綴られていて、自身の心の痛みややるせなさを吐き出すことで自己セラピーをしている感じにも捉えられました。
孤独や感傷などの感情をはぐらかすような機械的なヴォーカルと、それを補うようにエモーショナルに鳴り響くギターやストリングスの音色。
非常にパーソナルな内容の作品ながら、同じように孤独を抱える人達に優しく寄り添う温かさも感じられる、心から美しいと思える1枚でした。
25. Adrianne Lenker 「Bright Future」
Big Thiefとしてのバンド活動と並行して、ソロとしても精力的に作品を作り続けているAdrianne Lenkerの通算6作目となる新作アルバム。
現在最もクリエイティブなバンドと言って差し支えないであろうBig Thiefの顔として存在感を放ち続けているAdrianne。
ソロとしての作品は彼女の豊かなメロディーセンスと繊細な歌声がよりダイレクトに堪能出来るのが魅力的ですが、今作のアレンジも非常にシンプルでミニマル。
ギターとピアノの音色を軸とした、素材の良さを活かす必要最低限の調理と味付けによって、彼女が持つみずみずしさやピュアさがより引き立てられているような印象。
今作はとことんアナログでレコーディングする事にこだわったそうで、現場では携帯電話やパソコンには一切触れずテープに録音した音源を直接レコード盤にカッティングしたというんだから驚きですよね。
Adrianneの過去の体験や思い出を回顧するような歌詞の文学的かつ生々しい心理描写も聴きどころの一つで、飾り気のない真っ直ぐな歌声が言葉を直接心に伝えてくるような感覚。
聴く者を優しく温かく包み込んでくれる、今年屈指の癒しの1枚です。
24. Mach-Hommy 「#RICHAXXHAITIAN」
ニュージャージーベースのラッパー、Mach-Hommyの新作アルバム。
この人はとにかく多作な人で、毎年のようにアルバムやミックステープを発表してあるので今作が一体何作目のアルバムなのかとかは全然分からないんですが、ここ数作に比べて明らかに気合いの入った作品だなということは一聴してすぐに分かりましたね。
2020年リリースの「Pray for Haiti」も自身のルーツであるハイチの現状などを描いた作品でしたが、今作もハイチの公用語であるクレオール語が楽曲の中に登場していたり、自身のハイチでの思い出などが歌詞に綴られていたり、かなりパーソナルな内容の作品に仕上がっています。
とは言え彼は非常に秘密主義の人で、自分の顔をバンダナや仮面で隠していたり、歌詞に関してもGeniusなどのサイトにも彼のバースは一切載せないなど徹底していて、正直どんな事をラップしてるのかはあまりよく分かりません。
まぁそんなミステリアスなところも彼の魅力の一つなんですが。
サイケデリックロックやジャズ・ファンクなど多彩なネタ使いのビートから、同じハイチをルーツに持つKAYTRANADAとのコラボのアフロビーツ風味のトラックなど、これまで以上に幅の広いサウンドなのが印象的。
加えて今作はこれまでになくゲストが多いアルバムで、Black ThoughtやRoc Marciano、Quelle Chris、さらにはGeorgia Anne MuldrowやSam Gendelといった意外な人も参加していて、今まで以上に外の世界との繋がりを感じる作品と言えるのかなと思います。
23. Beth Gibbons 「Lives Outgrown」
Portisheadのメンバーとしても知られるイギリス出身のミュージシャン、Beth Gibbonsのソロデビューアルバム。
トリップホップを含めたブリストルサウンドの代名詞的存在であるPortisheadはもはや説明不用の最重要バンドですが、その顔であるBeth Gibbonsがアルバムを出すと聞いた時は正直驚きました。
2022年にKendrick Lamarのアルバムに参加して話題となりましたが、それ以外は特に目立った活動もなかったので、Portishaedとしての活動も含めて当分は期待出来ないだろうなと勝手に思っていたところでの突然のソロデビュー。
2002年に「Out Of Season」というアルバムをリリースしてるんだけど、Talk TalkのRustin Manとの共作だったので完全なソロとしてのアルバムは今作が初めてという感じみたいです。
近年Arctic MonkeysやBlur、Jessie Wareの作品のプロデューサーとして大活躍しているJames Fordと共に約10年という年月をかけて完成させたという今作。
家族や友人など近しい人達との多くの別れの経験が大きなテーマになっているそうで、ゆったりとしながらも躍動感のある生々しいサウンドアレンジメントが喪失感や不安などの感情をより一層リアルに伝えている感じ。
そしてなんと言ってもこの声ですよね。
聴き手を引き込む力は相変わらず凄まじいレベルだし、決して伸びやかでキレのある響きではないんだけど、様々な人生経験を積んできたからこそ出せる熟成感や説得力が言葉にも宿っています。
年老いていく事の不安や死が身近になっていく喪失感を歌にする彼女の正直さや人間味がサウンドからも滲み出ている今作は、今後自分達が歳を重ねれば重ねる程に沁みてくる1枚だと思います。
22. Still House Plants 「If I don’t make it, I love u」
ロンドンの3人組バンド、Still House Plantsの通算3作目となる新作アルバム。
Tirzahが2022年にリリースしたリミックスアルバム「Highgrade」に参加してた事がきっかけで彼らの存在を知ったんですが、実際にStill House Plantsとしての曲を聴いたのは今作が初めてでした。
最初に聴いた時、その迫力の凄さに圧倒されたのを覚えてます。
ヴォーカルを務める紅一点のJess Hickie-Kallenbachの低音の効いた少ししゃがれたような歌声は、往年のソウルシンガーを思わすような深みとコクのある響き。
そこにシンプルなフレーズを反復するノイジーなギター、不規則で緩急のあるリズムのドラムが艶かしく絡み合ったポストロックサウンドがとにかくクールで、フリージャズ的な雰囲気も感じさせる緊張感やライブ感が作品全体から漂っています。
歌のメロディーも楽曲の展開も全く先が読めないというか、ルールとかセオリーや予想を裏切ってくる危なっかしさみたいなところも彼らの大きな魅力だなと思いますね。
3人それぞれがどこか得体の知れないエネルギーを放っていて、それが1つになった時に発生する未体験のグルーヴを求めて何度も繰り返し聴いてしまいます。
冷徹な程に無感情であるようにも聴こえるし、気が狂ってるかのように感情が爆発しているようにも聴こえるし、聴くたびに違った感覚を付与してくれる不思議な魅力を持った1枚です。
21. Kendrick Lamar 「GNX」
11月に予告もなしに突如リリースされたKendrick Lamarの通算6作目の新作アルバム。
今年のラップシーンはとにかくKendrick vs. Drakeのビーフ合戦が大きなトピックスで、逆に言うとそれ以外の作品ベースの話題は盛り上がりに欠けた1年だったなという印象でした。
まぁここ数年はずっとそん感じなのかもしれないですが、ラップ作品がヒットチャートの上位にわんさかいた時代と比べるとちょっと元気がないというか、クオリティ的にも突出した作品が中々出てきてないかなという感じですよね。
今作はそんな覇気のないラップシーンに喝を入れるかのような、彼の感情の高まりと衝動がインスタントに記録されたミックステープのような仕上がりの1枚となっています。
時に激しく時に冷静に、語気やトーンを操り怒りや失望を露わにするラップの迫力がただただ凄まじく、今年を代表する1曲となった「Not Like Us」でもそうだったように、言葉という武器を使って戦うファイター的モードに入ったKendrickのラッパーとしての凄さが伝わってきますよね。
ポップかつバウンシーな最新型ウェッサイビートが立ち並ぶ中、SZA客演曲の「luther」やSWV「Use Your Heart」使いの「heart pt. 6」のオアシスのようなメロウネスがまたたまらなく心地良い…。
Jack Antonoffがプロデューサーとしてほぼ全曲に参加していたのは意外でしたが、前作にはなかった良い意味での軽薄さというか聴きやすさみたいなところは、彼の手腕によるものが大きいのかもしれません。
来年にはスーパーボウルのハーフタイムショーが控えてますが、それまでにまた何かサプライズが用意されてるなんて噂もありますし、何よりどんな演出になるのかが本当に楽しみです。
20. Vampire Weekend 「Only God Was Above Us」
ニューヨークベースのバンド、Vampire Weekendの通算5作目となる新作アルバム。
2008年のデビュー以来安定してハイクオリティの作品をリリースし続けている、信頼と実績のバンド、Vampire Weekend。
5年振りの新作アルバムである今作は、彼らのこれまでの輝かしいディスコグラフィーを網羅したような、1つの集大成と言える仕上がりの作品となっています。
聴いてるとこの曲はデビュー作っぽいなとか、この曲は3rdっぽいなとか、彼らのこれまでの歴史が楽曲の端々から感じられるサウンドになってる印象で、
自分達が凄いバンドだという事を自覚して作った作品って感じがしましたね。
過去の自分達の楽曲に目配せしつつも新たな表現にも果敢に挑戦していて、特にドラムの質感というかビート感・躍動感が一際新鮮な印象でした。
ディストーションの効いたノイジーな質感のギターの音色も前作には無かった響きで、オーセンティックでありながらアバンギャルドさも感じさせるプロダクションも含めて、非常にパンキッシュでヘビーな仕上がりという感じ。
フロントマンのEzra Koenigが青春時代を過ごしたニューヨークについて歌われた歌詞も非常に面白くて、80s・90sのニューヨークのダウンタウンの空気感が伝わってくるような風景描写が見事でしたね。
ファンが求めているサウンドと自分達の鳴らしたいサウンドは必ずしも同じではないと思うんですが、彼らはそのバランス感覚がとても優れてるなと今作を聴いて改めて感じました。
19. Erika de Casier 「Still」
デンマーク出身のSSW、Erika de Casierの通算3作目となる新作アルバム。
デビュー以来ずっと彼女を追い続けている自分にとっても、昨年NewJeansの作品に参加したことは本当に予想外の出来事でしたが、それによってErika de Casierという気鋭のアーティストの存在が世界的に知られるようになったのは素直に嬉しかったですね。
注目度も一気に高まった中でリリースされた今作は、AaliyahやJanet、Brandy、TLCなどR&Bを変革してきたY2K eraの先人達へのリファレンスを示しつつ、ドラムンベースやレゲトンなどのクラブミュージック由来のハイプなビートを生音主体の演奏で表現するという、めちゃくちゃオシャレでクールな仕上がりの1枚となっています。
音楽制作を始めた頃は地元の図書館で借りたDestiny’s ChildやErykah BaduのCDから刺激を受けていたそうで、今作のジャケットはパパラッチに追われてた当時のスターの姿を表現したらしいです。
タイトルの「Still」はDr. Dreの「Still D.R.E.」とJennifer Lopezの「Jenny From the Block」の歌詞が由来なんだそうで、そのあたりからも2000年代のR&B/ヒップホップのヴァイブスを感じますよね。
今作には自身の作品としては初めてゲストを招いていて、Blood OrangeやShy Girl、They Hate Changeといったこれまで共演経験のあるメンツがお返しのような形で参加しています。
これまでのErika de Casier節的なサウンドはキープしつつ、新しいものを取り入れ新鮮さを得ることにも成功した、彼女にとって新境地とも言える1枚です。
18. Fontaines D.C. 「Romance」
アイルランドはダブリン出身のバンド、Fontaines D.C.の通算4作目となる新作アルバムは、自分達が20年代最重要バンドだという事を高らかに宣言し、圧倒的な説得力と共にそれを完全に証明してみせたような気概に満ちた傑作でした。
サウンドも歌詞も印象をガラッと変化させながら、作り出す世界観やカラー、オリジナリティはブラさずにスケールアップしてるというか、俺たちは新たなステージに足を進めたんだというのを分かりやすく示すことが出来ているなと感じましたね。
それはBlurやArctic Monkeys、そしてBeth Gibbonsなどの作品を手がけてきたJames Fordをプロデューサーに迎えたことも大きいのでしょう。
アルバムラストを飾る「Favorite」は、これまでの彼らだったらまず無かったであろうタイプの楽曲で、The CureやThe Smashing Pumpkinsを思わすノスタルジックな質感が本当に素晴らしい1曲ですよね。
数ある若手バンドの中でもロックシーンの救世主としてとりわけ名前を挙げられる彼らですが、今年のメディアの年間ベストを見てもこの作品はたくさんランクインしていて、ロックの未来はお前らに任せた!と念を押されてるような印象でしたね。
そんな熱烈な期待を糧にして、これからさらに大きなバンドへと成長していって欲しいし、その器に相応しい存在だと今作を聴いて確信しました。
17. Fine 「Rocky Top Ballad」
デンマークベースのSSW、Fineのデビューアルバム。
彼女はErika de Casierと一緒に去年NewJeansの2ndEP「Get Up」に参加したことでも知られていて、「New Jeans」や「Cool With You」など3曲にソングライターとして関わり一躍注目を集めました。
本名のFine Glindvadという名義でも知られていて、以前はCHINAHというバンドにも所属しており、Two Shellの「home」では彼らの曲がサンプリングされていたり結構長いキャリアを持った人でもあります。
個人の活動として初のアルバムとなる今作は、先程挙げたAstrid Sonneと同じくコペンハーゲンのレーベル、Eschoからのリリースで、現在のデンマーク音楽シーンの充実振りが如実に表れた素晴らしい1枚となっています。
Mazzy StarとMen I Trustの中間地点から聴こえてくるような、冷んやりとした質感のダウナーなギターサウンドと気怠くアンニュイなヴォーカル。
全ての楽曲の作詞作曲、プロデュースを自分自身で行っていて、どこか退廃的で陰のあるフォーク〜ドリームポップなサウンドはDean Bluntを思わすようなローファイな質感の響き。
澄んでいるんだけどどこか憂いのある声質がとにかく好みで、シンプルなメロディーの美しさも含めて全てが自分のツボにハマったサウンドって感じでしたね。
去年は同じデンマーク出身のSSW、ML Buchのアルバムにどハマりしてましたが、今年もFineやAstrid Sonne、Erika de Casier、Molinaなどデンマークの音楽シーンの充実っぷりを改めて感じる1年だったなと思いますね。
16. Nilüfer Yanya 「My Method Actor」
ロンドン出身のSSW、Nilüfer Yanyaの通算3作目となる新作アルバム。
本人曰くこれまでで最も激しいアルバムだという今作。
確かにサウンド面では激しくかき鳴らしたギターのざらついた響きが印象的で、そのヘヴィーなリフが頭に残りやすくはあるものの、大半の楽曲は比較的落ち着いたメロウなサウンドだったので、彼女の言う激しさは最初あまりピンとは来なかったという印象でした。
ただ歌詞に耳を傾けると、結婚や出産が現実味を帯び始め、なんとなく周りの目が気になり出してきたこと、自分自身と向き合うことの大切さなど、30歳を目前にした女性の漠然とした焦りや不安がリアルに綴られていて、人生の過渡期に立った1人の人間の激しく揺れ動く精神や肉体がこのアルバムの描きたかったテーマなんだろうなと、とてもしっくり来たんですよね。
盟友のWilma Archerと共に作り出したニュアンシーなカラートーンの音世界に、ギターやストリングス、そして彼女特有のハスキーなヴォーカルがビビッドな色を加える感じがおしゃれというか、決して派手ではないもののシンプルで質の高い響きでコーディネートされた大人のサウンドって感じがめちゃくちゃ洗練されてるんですよね。
聴けば聴くほど良さが分かる、とはよく使われる表現だけど、このアルバムはまさにそんな1枚だなと思います。
15. Fabiana Palladino 「Fabiana Palladino」
イギリス出身のSSW、Fabiana Palladinoのデビューアルバム。
D’AngeloやJohn Mayer、Adeleなど、これまで錚々たるアーティストの作品に参加してきた伝説的なベーシスト、Pino Palladinoを父に持つFabiana。
2010年代以降のポップミュージックに多大な影響を与えているアーティスト、Jai Paulのレーベル、Paul Institute所属の彼女は、デビューアルバムである今作のプロデューサーを自ら務めていて、その新人離れした熟成っぷりを存分に見せつけています。
PrinceやAaliyah & Timbaland、そしてレーベルオーナーでもあるJai Paulなど、R&B/ポップを独自のベクトルで進化させてきた先人達の足跡を辿りつつ、彼女自身のフィルターを通しモダンにアップデートしたような仕上がりの今作。
80sや90sのR&B・ディスコ由来の、どこか懐かしさを感じるグルーヴがたまらなくツボでしたね。
今作にはJai Paulが共同プロデューサーとして参加している他にも、父のPino Palladinoがベースで、弟のRocco Palladinoがドラムで、妹のGiancarla Palladinoがコーラスで参加するなど、Palladino一家が総出で携わっていて、そこも聴きどころの一つかもしれません。
2012〜2013くらいの時期にJessie WareやJai Paul、Blood Orange、Autre Ne Veutあたりが出てきた時の、新しいR&Bの形が続々と示されてたワクワク感を今でも覚えてるんだけど、今作はその頃の空気感に近いものを感じたんですよね。
今後のさらなる飛躍が確信出来る素晴らしいデビュー作です。
14. ScHoolboy Q 「BLUE LIPS」
LA出身のラッパー、ScHoolboy Qの通算6作目となる新作アルバム。
Kendrick LamarやSZAを擁するレーベル、Top Dawg Entertainment所属のラッパーとして絶大な人気を誇るScHoolboy Q。
前作からのこの5年の間に親しい友人だったラッパーのMac Millerがドラッグのオーバードーズにより亡くなり、Qもその影響で酒やドラッグにまみれた生活を改め、ゴルフを始めるなど健康面にかなり気を使うようになっていったんだそう。
2022年にKendrickがレーベルを離脱し、ScHoolboy Qのカムバックへの期待も年々高まっていましたが、今年ついにリリースされました。
長い間待った甲斐のある非常に完成度の高いアルバムに仕上がっていて、ソウル・ジャズなネタ使いのメロウチューンからハードなバンガーまで様々なバリエーションのビートがもれなくハイクオリティなんですよね。
曲中にガラッとビートチェンジしたり、ドラムンベースのような激しいビートだったり、ラップを乗せるのがかなり難しそうなトラックもいとも簡単に乗りこなしてるというか、ビートを掌握する力がマジでハンパじゃないんですよねこの人。
以前からラップ上手いなと思ってたんですけど、久々に聴いたらやっぱりとんでもないですね。
様々な経験をしたベテランラッパーだからこその貫禄や説得力がありながら、若手を寄せ付けないレベルでまだまだ全然エネルギッシュでフレッシュで。
先程Kendrickのところでもここ数年のラップシーンはちょっと元気無いよねみたいな話をしたんですが、数年後このアルバムがそこからの転換のきっかけとして語られるようになるかもなと思うんですよね。
それくらい数多くのラッパー達に刺激を与えた作品だと思います。
13. Tyla 「TYLA」
南アフリカ出身のシンガー、Tylaのデビューアルバム。
ここ数年の音楽シーンで急速に存在感を増してきているアフリカンミュージック。
アフリカ大陸出身の人気アーティストが続々と登場し、アフロビーツをはじめとするアフリカ発のサウンドを様々なミュージシャンが取り入れるなど、数年前からずっとトレンドであり続けているような今の状況は、2000年代前半にダンスホール・レゲエが世界を席巻した時を彷彿とさせますよね。
そんなムーヴメントの1つのピークと言える作品がこのTylaのデビューアルバムです。
ハウスミュージックをベースとした南アフリカ発の新たなダンスミュージック、アマピアノを軸に、ポップやR&Bを絶妙なバランスで組み合わせたサウンドは、流れる水のように滑らかで心地良い至福のグルーヴ。
アフリカのカルチャーや空気感を現地シーンへのリスペクトを込めながら表現しつつ、ポップフィールドへのアピールも実現出来ている仕上がりの細やかさがとにかく素晴らしいです。
今作にもゲスト参加しているTemsや、2ndアルバムをリリースしたAyra Starrなど、今年はアフリカ出身のシンガー達が傑作を相次いで発表していて、2024年の音楽シーンの1つのトピックと言えますよね。
今年のグラミー賞から新設されたBest African Music Performanceの初代受賞者となったTylaは、アフリカシーンの未来を担う存在としてかなりの大きなプレッシャーがあったと思いますが、今作はその期待に見事に応えた会心のデビュー作と言えるんじゃないでしょうか。
12. MJ Lenderman 「Manning Fireworks」
ノースカロライナ州アッシュビル出身のバンド、Wednesdayのギタリストとしても活動しているMJ Lendermanの通算4作目となるソロアルバム。
バンド活動と並行してソロアーティストとしても精力的に作品を作り続けているMJ Lendermanの最新作は、彼の飾らない人柄やミュージシャンとしての面白さが滲み出た味わい深い1枚でした。
野性味があって粗々しく、それでいて優しく柔らかいギターの音色。
酒とタバコを愛する男の哀愁や日常をユニークに切り取った歌詞。
牧歌的なカントリーロックと絶妙にマッチする気怠い歌声。
彼の歌詞の中の主人公は、基本的に全員冴えない孤独な男なんだけど、そんな彼のなんて事ない日常の一場面を短編小説のように描き、その小説のサウンドトラックかのように音楽が盛り立てていくみたいな作りになってるんですよね。
彼が尊敬しているBob DylanやNeil Youngがそうであるように、特別じゃないものを特別に響かせる事が出来る人だと思いますね。
カントリーやフォークってある程度年齢や経験を重ねた方がグッと味わい深さが増すタイプの音楽だと思うんだけど、この人は25歳という若さでそれを出せちゃってるのが凄いなと思います。
ソングライターとしてもシンガーとしてもギタリストとしても、心から好きなミュージシャンの1人です。
11. Geordie Greep 「The New Sound」
ロンドン出身のミュージシャン、Geordie Greepのデビューアルバムは今年出会った音楽の中でも特に衝撃的な作品でした。
彼はblack midiのフロントマンとしてバンドを牽引し、サウスロンドンのロックシーンを活性化させた若手のホープ的存在でしたが、今年の8月にバンドが無期限の活動休止を発表。
それから間髪入れずリリースしたのがソロデビューアルバムとなる今作で、バンド時代とは全く違うやりたい放題な内容でぶっ飛ばされましたね。
今作は彼が長年憧れていたサルサやサンバといったラテン音楽を、バンド時代に培ったプログレッシブなロックサウンドと融合させて完成させた意欲作で、独自の文化を持つブラジル音楽への愛とリスペクトがそこら中から溢れ出た仕上がりとなっています。
ブラジルのサンパウロで現地ミュージシャンとのセッションを行ったそうで、その時のライブ感だったり高揚感がそのままパッケージングされたようなエネルギッシュなサウンドは、まさにThe New Soundな未体験の響き。
正直自分はblack midiの頃の作品はあまりピンと来たものがなかったんですが、このソロのスケール感やごっちゃ煮感はやたらに刺さってしまいまして、聴けば聴くほど音楽を心から楽しんで演奏してるのがヒシヒシと伝わってきてグッときましたね。
彼が影響を受けたブラジルのミュージシャンとしてMilton NascimentoとNaná Vasconcelosを挙げていたんですが、この作品をきっかけにブラジルの音楽をもっと聴いてみたいと思ったり、どんな歴史があるのか調べてみたり、自分に新しい感覚を与えてくれたような1枚でした。
10. Tyler, The Creator 「CHROMAKOPIA」
Tyler, The Creatorの通算8作目となる新作アルバムは、彼にとって新境地とも言える1枚でした。
実の母親であるBonita Smithの言葉で幕を開ける今作は、30代となりこれまでの人生を振り返ると同時にこれからの人生に思いを馳せ、自分自身と改めて向き合うTylerのリアルな内面と本音が描かれた作品となっています。
孫の顔が見たいという母親の言葉に複雑な表情を浮かべた経験は、彼と同じ30代独身の人なら味わったことがあるんじゃないでしょうか。
デビュー当時、過激な言動や映像表現で同世代の若者達から圧倒的な支持を集めていた彼もすっかり大人となり、かつて一緒にバカ騒ぎしていた仲間達も次々と家庭を築いていく中で、自分だけが取り残されていっているような感覚に襲われ、このまま年老いていくことの恐怖感も同時にやってくる。
これまでほとんど語ることのなかった父親への思いを歌詞にした楽曲もあったり、彼がリアルタイムで感じている様々な悩みや不安が生々しく表現された、これまでで最もパーソナルな作品と言える仕上がりとなっています。
もちろんサウンド面も聴きどころ満載で、ジャンル関係なく様々な音楽を聴きまくっている彼だからこそ作れるブレンデッドなサウンドのクオリティの高さは流石の一言。
今作も全ての曲の作曲・プロデュース・アレンジをTyler自身が務めていて、「Flower Boy」以降のTylerのクリエイティヴィティの凄さは、70年代のStevie Wonderや80年代のPrinceにも匹敵するレベルだと本気で思いますね。
9. Nala Sinephro 「Endlessness」
ベルギー出身で現在はロンドンベースの作曲家、Nala Sinephroの2ndアルバム。
自分は普段率先してジャズを聴くタイプのリスナーではないんですが、ジャズの影響を感じる音楽にはとても惹かれる傾向にあります。
少し難しい音楽というイメージのあるジャズを一度本格的に聴いてみようと思ったことは何度もありますが、あまりにも長い歴史を持ちどこから聴けば良いか分からない、とか何かと理由付けて逃げてきてしまうんですよね。
Nala Sinephroの作り出す音楽がジャズであるかどうかは分からないですが、そんな自分でもジャズの世界に足を踏み入れてみようと思えるきっかけになるかもしれないと、この作品を繰り返し聴きながら感じました。
モジュラーシンセやハープなど自身が演奏する楽器の他、サウスロンドンのジャズシーンのミュージシャン達を多数招き、それぞれの楽器の音色を活かしながら1つの壮大な組曲を完成させていく、彼女のプレイヤーとして、コンポーザーとしての能力の高さが随所に表れていますよね。
季節が移ろうように姿形や表情、質感を徐々に変化させながら、水の流れのようにシームレスに繋がりループしていく様は自然の営みにも似た美しさ。
ジャズやアンビエントの融解地点で鳴り響くコラージュミュージックとも言える今作は、多方面の音楽ファンに聴いてもらう価値のある傑作だと思います。
8. Waxahatchee 「Tigers Blood」
アラバマ州出身のSSW、WaxahatcheeことKatie Crutchfieldの通算6作目となる新作アルバム。
4作目のアルバムあたりまではオルタナティヴなインディーロックという感じのサウンドを鳴らしていた彼女でしたが、2020年リリースの「Saint Cloud」でアメリカーナやカントリーに急接近し、それが多くのメディアで高い評価を受けたこともあり彼女にとって転機と言える作品となりました。
2022年にJess Williamsonと組んだユニット、Plainsとしてのアルバムを経て、引き続きプロデューサーのBrad Cookを迎えて完成させた今作は、近作のアメリカーナ路線の1つの到達点と言える素晴らしい1枚に仕上がっています。
まずKatieのメロディーメイカーとしての才能が覚醒しているというか、シンプルに良い曲だなぁとしみじみ聴いてしまう純度100%のグッドミュージックって感じが最高なんですよね。
彼女の伸びやかな歌声もそのメロディーの良さをストレートに心に届けてくれるし、人間関係についての葛藤や彼女が抱える禁酒についての問題などを綴った歌詞は決して明るいムードの内容ばかりではないんですが、彼女の正直で真っ直ぐな人となりが表れていてグッときます。
MJ LendermanのギターやWilcoのJeffの息子、Spencer Tweedyのドラムを含めたバンドとの一体感も素晴らしいし、本当に全方位的に完成度の高い作品だなと聴くたびに思いますね。
自分が小さい頃父が車の中でカントリーミュージックをよく聴いていて、その当時はなんか地味だしどの曲も一緒に聴こえるとか言って全然興味を示さなかったみたいなんですが、その頃にカーステレオから流れてた曲の系譜にあるこの作品に今こんなに心を掴まれてるとは…。
自分も年を重ねたなと感じた瞬間でした。
7. Beyoncé 「COWBOY CARTER」
説明不要のスーパースター、Beyoncéの通算8作目のアルバムとなる今作がカントリーミュージックに影響を受けた作品だと知った時は、いよいよとんでもない領域に足を踏み入れようとしてるなと驚きと共に不安を感じる不思議な感覚だったのを覚えています。
実際にリリースされて聴いてみると、その時の感覚は一瞬で消え去り、Beyoncéの音楽家としての引き出しの多さ、表現者としての幅の広さ、1人の人間としての懐の深さに感嘆しました。
実は前作の「RENAISSANCE」よりも前にリリースする予定だったという今作。
パンデミックの影響でリリースの順番を変える判断をしたそうですが、結果的に現在のカントリーミュージックブームの流れともリンクすることになり、Beyoncéの時代を読む力の凄さを感じますよね。
ハウス、カントリーとアメリカ音楽の歴史を再解釈する旅を続けているBeyoncé。
3部作の最後を飾る次なる作品で彼女がどんな音楽に挑戦するのか、今から楽しみで仕方ないです。
正直彼女がスーパースター過ぎて、このレベルの傑作を生み出し続けていることが当然のことみたいな感じで多くの人が麻痺してる部分もあると思うんだけど、サウンド面においても歌詞においても作品自体のテーマにおいても、これだけのスケール感で常に驚きと新しい発見を与え続けているBeyoncéの凄さを、改めて噛み締めるべきだと思いますね。
冷静に、こんなアルバム他に誰が作れるのか?って話ですよね。
心からリスペクトの気持ちを送りたいです。
今作に関してはリリース直後により詳しく掘り下げた記事を書いたので、ぜひそちらもチェックしてみてください。
6. Magdalena Bay 「Imaginal Disk」
LAベースのMica TenenbaumとMatthew Lewinによるデュオ、Magdalena Bayの2ndアルバム。
2010年代後半にシーンに登場して以来、常にポップス界の異端であり続けるMagdalena Bay。
前作アルバム「Mercurial World」は個人的に2020年代を代表するポップアルバムだと思ってて、その年のベストアルバムにも選んでたくらい好きなんですが、そこからさらに飛躍して新たな次元のポップミュージックにまで到達したのが今作です。
アヴァンギャルドでサイケデリックでプログレッシヴ、それでいて夢のようにキャッチーなポップサウンドというかなりハイレベルな事を実現させてるんですよね。
ベースの音圧とかドラムの迫力とか、かなりハードなロック・ファンクにも引けを取らないレベルだし、曲によってはTame ImpalaとかPink Floydを思わすサイケな音のうねりが強烈な存在感を放ってたり、いわゆるポップミュージックではまず聴けないであろう響きがふんだんに散りばめられてるのも面白かったです。
そんな挑戦的なサウンドをポップミュージックたらしめてるのは間違いなくMicaのコケティッシュなヴォーカルで、どれだけ毒々しいサウンドでも彼女の甘くキュートな声と合わさるとマイルドに中和されるんですよね。
ポップミュージックって様々なジャンルの音楽の良いところを少しずつ取り入れられる自由で受け皿の大きい、専門性の薄い音楽だからこそ、中々評価されにくい音楽だと思ってるんですが、このアルバムは様々なメディアで今年トップレベルで高く評価を受けていて、彼らの挑戦的な姿勢が新しい時代のポップミュージックとして受け入れられていてとても嬉しかったです。
5. Cindy Lee 「Diamond Jubilee」
カナダ出身のミュージシャン、Patrick Flegelによるプロジェクト、Cindy Leeの通算7作目となる新作アルバム。
2024年最も聴きづらく届きにくい傑作と言えるのかもしれません。
元々Womanというバンドでカルト的な人気を得ていたPatrickでしたが、ギタリストの死によってバンドは解散となりその後ドラァグクィーンとしての活動と並行して始めたソロプロジェクトがCindy Leeでした。
4年ぶりの新作となる今作は、2枚組32曲で2時間超えの大ボリューム、さらには前作に引き続きApple MusicやSpotifyなどのストリーミングサービスなどでの配信はされておらず、合法なのかさえ怪しいサイトからダウンロードするかYouTubeで試聴するかの選択しか聴く手段がありませんでした。
発表から約半年後の10月にようやくBandcampでの配信や一部レコードストアでLP・CDの販売がスタートしたりと、現在の音楽界の常識から逸脱した孤高の作品と言えますよね。
これまでのノイズや不協和音にまみれたエクスペリメンタルなサウンドは鳴りを潜め、60s・70sからタイムスリップしてきたかのようなローファイな質感のサイケデリックロック・フォーク・ソウルがもやもやと、ゆらゆらと鳴り響く様は、荘厳・耽美という表現が相応しいような未知なる美しさを放っています。
ロックが死んだ世界から送られてきたかのような、
隠れた名盤が時を経て発掘されたかのような、時代を超越した傑作のオーラが作品全体から漂ってるんですよね。
自分もそれなりにたくさんの音楽を聴いてきたつもりですが、今作を最初に聴いた時の感覚は全く味わったことのないものでした。
ストリーミングサービスの普及が音楽業界に与えた影響は、良い部分も悪い部分も同じくらいあるのだと思いますが、それがもはや当たり前になった現在において、聴きたいと思った人にしか届かない時代錯誤な傑作が多くの人の心を掴んでいるという事実が、今後何かしらの意味を持ってくる気がしてなりません。
4. Jessica Pratt 「Here in the Pitch」
LA出身のSSW、Jessica Prattの通算4作目となる新作アルバム。
時代を超越したタイムレスな作品という表現がよくありますが、それはこのアルバムを指す言葉だろうなと思います。
彼女のこれまでの作品からも60sや70sの雰囲気が漂っていましたが、今作が醸し出している空気はそのリアルさが別次元のレベルにまで達しているなと感じました。
自分は古い音楽ほど良い音楽と思うタイプの人間ではないですが、現行の音楽からは感じられない味わい深さや魅力は時間を経過する事で出てくるものだろうなとも思います。
デニムや革製品のように、長い期間をかけて生まれる変化や魅力が音楽にもあると思うんですよね。
このアルバムは2024年にリリースされた作品にも関わらず、何十年も愛聴してきたような安心感や心の落ち着きをもう既に感じるというか、長きに渡り愛されてきた名盤みたいなオーラを既に放っているようなイメージなんですよね。
Burt Bacharach、Antonio Carlos Jobim、Judee Sill、Nick Drakeといった偉大な音楽家の残り香が芳しく薫るヴィンテージフォークサウンドはとにかく美しいの一言。
個人的には程よく漂うボサノヴァっぽい空気感がたまらなく好きで、ゆったりとしたギターの音色の揺れが本当に心地良いんですよね。
加えてコケティッシュでスウィートなこの歌声ですよ…。
もう参りましたって感じです。
どこかのサイトで彼女のことを「音楽界最高の時計職人」と形容していたのを目にしたんですが、言い得て妙な表現だなと思いますね。
まるで過去からタイムスリップしてきたかのような、エヴァーグリーンな名作です。
3. Mk.gee 「Two Star & The Dream Police」
ニュージャージー州出身のSSW、Mk.geeこと
Michael Todd Gordonのデビューアルバム。
ここ数年の音楽シーンを語られる場面でよく目にするキーワードの1つがリバイバルという言葉だと思います。
過去に流行したサウンドを取り入れたり、当時の音楽へのリスペクトを様々な形で示した楽曲が多数リリースされていますが、その流れの中心にいるのは現在20代や30代の若手ミュージシャン達。
彼らの生み出すサウンドは、彼らが生まれる前や幼少期の80・90年代の音楽、青春時代を過ごしてきた00・10年代の音楽が絶妙な塩梅で混ざり合った、懐かしさと新しさが交錯する何とも不思議な響きをしていますが、Mk.geeの作り出す音楽はまさにそんな質感のサウンド。
ヘヴィーでありながらライト、メロウでありながらハード。
このアルバムはそんな矛盾とアンバランスに満ちたレコードです。
PrinceやBruce Springsteenからの影響を感じさせるメロディアスなポップ・ロックを軸としながら、実験的なアプローチで現代的に洗練させた今作は、彼のギタリストとしての才能も堪能出来る傑作アルバムに仕上がっています。
時に荒々しく歪ませたギターの音色は、美しく甘いメロディーにピリッとスパイスを効かせ作品全体を切れ味鋭く引き締めている感じ。
フィルターがかかったようなニュアンシーなヴォーカルとのバランスも絶妙で、本当によく練られたサウンドプロダクションだよなぁと聴くたびに感心してしまいます。
自分はミュージシャンが普段どんな音楽を聴いてるか、称賛してるのかを調べるのが趣味なんですが、今年最もよく名前が挙がっていたのがこのアルバムだった気がしますね。
Mk.geeのライブに足を運んでいるミュージシャンの姿もインスタなどを通して本当によく見ますし、今最も同業者からの人気が高いアーティストと言えるのかもしれません。
このアルバムの後にリリースされたシングル「ROCKMAN」も本当に素晴らしい曲で、彼が音楽シーンの先頭に立つ日もそう遠くないなと確信しました。
2. Charli XCX 「BRAT」
イギリス出身のシンガー、Charli XCXの通算6作目となる新作アルバムは、まさに2024年を象徴する1枚と言えると思います。
常にポップミュージックを進化させ続けてきたCharli XCXのキャリアは、自分自身のやりたい音楽とレコード会社やファンから求められる音楽の間でもがき続けてきた歴史でもあるのかもしれません。
トレンドセッター、ファッションアイコン、ポップスターとして周囲から扱われきたCharliですが、実は自身の音楽性としてはかなりアンダーグラウンドな嗜好を持っていたそうで、EP「Vroom Vroom」やミックステープ「Pop 2」などで度々その片鱗を見せていました。
長年契約していたレーベル、Asylumからの最後のアルバムとなった前作の「CRASH」は、彼女の中のポップスターを表現し尽くしたような作風でこれまでで最も商業的に成功した作品となり、Charliは新たなステージに足を踏み入れる決断をすることになります。
ずっと挑戦してみたかったというクラブミュージックへの本格的なアプローチを実現させた今作は、これまで蓄積していたクラブ・レイヴサウンドへの愛を爆発させたような1枚に仕上がっていて、ハウスやテクノをはじめとする様々なダンスミュージックがCharli XCXというポップアイコンを介して自由に飛び回っているような痛快さがあるんですよね。
盟友A.G. Cookを中心とした制作陣もCharliの思いに応えるようにキレッキレのサウンドメイクをしていて、本当に全曲がキラーチューンと言える圧巻の完成度。
一貫して攻めの姿勢のサウンドに対して歌詞は結構ナイーブな内容なものも多く、そのギャップというか二面性も面白くて、そのあたりもクラブに集まる若者のリアルな姿を表現してるのかなという印象でした。
10月には超豪華なゲストを多数迎えたリミックスアルバムがリリースとなり、現象となった今作がより華やかに、よりクレイジーにリニューアルされた形になっていましたよね。
今年の各音楽メディアの年間ベストアルバムでは今作を1位に挙げるところが圧倒的に多いですが、まぁ至極順当というか、数年後に2024年の音楽シーンを振り返った時に真っ先に頭に浮かぶのがこの作品なのは間違いないでしょうね。
「brat」という言葉の汎用性も含めて、時代を作る・変える力を持った発明的な傑作だなと思いますね。
1. Clairo「Charm」
アトランタ出身のSSW、Clairoの通算3作目となる新作アルバムは、今年自分が最も長い時間を共にした1枚となりました。
10代の頃にYouTubeへの投稿をきっかけに爆発的な人気を獲得したはClairoは、急激に注目を集めたことで精神的に不安定となり、ニューヨークの外れの長閑なエリアに移り住み、そこで古いレコードや愛犬に囲まれ徐々に落ち着きを取り戻していったんだそう。
今作はその頃から彼女が傾倒している60s70sソウル・ジャズ・ロックへの愛とリスペクトがこれでもかと散りばめられた1枚になっていて、ヴィンテージなムードのサウンドがとにかく心地良いんですよね。
今作はEl Michels Affairとしても活動してるLeon Michelsがプロデューサーとして参加していて、ClairoとLeonの双方のアナログ器材・録音へのこだわりが随所に表れています。
ピアノやオルガン、メロトロンといった鍵盤楽器の音色は、どこか人の体温を感じる温かみがあり、ドラムやベースが作り出すリズムやグルーヴも修正の加わっていない適度なズレや揺らぎがそのままの形で収録されているんですよね。
Clairoのヴォーカルもアンニュイなトーンで艶っぽいというか、息の成分が多めに含まれた色気のある響きが甘美なムードのサウンドと相まって、洗練された大人の余裕を感じさせます。
これまで自身のメンタルヘルスやセクシャリティについての葛藤など、自分自身と向き合った内省的な内容の歌詞を歌うことが多かったClairoですが、今作では人との繋がりやそこから生まれるときめきや高揚感、嫉妬など、他人との気持ちのやり取りを通じた繊細な感情を歌詞にしていて、そこも大きな変化だなと感じましたね。
今年はどこか懐かしく、2024年に出た作品なのかどうかよく分からないみたいな作品に惹かれることが多かった1年だったんですが、このアルバムもまさにそんな作品。
ヒップホップの世界では過去の古いソウルやジャズの楽曲をサンプリングしてビートを作ることがよくありますが、このアルバムは現時点で既にそんなムードがあるというか、熟成した名盤のオーラが漂ってるような印象なんですよね。
何の理由も無しにふと聴きたくなるアルバムこそ、その人が本当に心から好きな作品なのだと思いますが、自分にとって「Charm」がそれにあたる1枚なのだと思います。
というわけでいかがだったでしょうか?
最初にも書いたのですが、今年はレコードプレイヤーやスピーカーを新調したこともあって、これまで以上にアナログな質感のサウンドに惹かれる傾向が強まったのかもしれません。
上位に選んだ作品はその多くがどこかヴィンテージな佇まいの味わい深さのあるアルバムで、その作品を聴いてるとゆっくりと時間が流れるような感覚になるんですよね。
リリースされた直後にそのアルバムを聴いて、その音に惹かれた作品を少し時間が経ってからまたじっくりと聴き直す、みたいなルーティンが出来たのは、自分にとってとても豊かな変化だったように思います。
人にはそれぞれの音楽の楽しみ方があると思いますが、年を追うごとにより丁寧に音楽と向き合えるようになっていきたいなと思っています。
今年もTwitter(X)や雑誌SPURでの連載を通して、自分の好きな音楽について発信、というか自分の好き!をたくさん放出させてもらいました。
2025年も既に楽しみな作品のリリースやライブがたくさん控えてますし、変わらず音楽にまみれた日常になりそうですね。
最後まで読んでくださってありがとうございました!