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旅人のこころと旅人の心

「北海道の皆さん、若い旅人がそちらへ行くのでそちらへ行ったらよろしくお願いします」

そんな友人のポストをSNSで目にした。

SNSでそんな旅人を紹介する、彼も良き旅人。
若き頃から旅を続け、旅人の香りを身にまとっている男だった。

「こちらへ来るようなことがあれば、いつでも」

コメントにそう残すと、その若い旅人に伝えておくと彼は言った。

名前も年齢も知らない一人の旅人。
手がかりは、どこで買ったのか分からないようなニットの帽子と、一周回ってレトロなデザインのサングラスが妙に似合う、どこか田舎臭い青年の写真だけだった。


こころ

数日後、彼の親からメッセージが来た。

「紹介された彼の母親です。よろしくお願いします」と。

本人は台湾の旅から帰ってきたばかりで、ガラケーメインのため、あまりメッセージでのやり取りが頻繁に行えないとのことだった。

「アナログな旅人で何よりです。なるようになるでしょう」

母親にはそう送った。
四国の友人も、北海道には多くの友人がいる。
きっと彼の紹介で誰かと繋がって、事前に伝えていた僕が出店するイベントにはどうにかして来るだろうと思っていた。

次の日、彼から連絡が来た。
僕が紹介したイベントにはヒッチハイクで行くと。
想像通りだった。


名は「こころ」と言った。
ひらがなで「こころ」。

若干二十歳の旅人は台湾をしばし旅した後に、北海道が気になり旅をするために訪れた。
人口3000人ほどの町にある、少しばかり大人の洒落た遊び場には、旭川でヒッチハイクをして拾ってきた車でやってきた。

「初めまして。ハッシーさんですか?」

僕が指定した場所に降り立った彼は、大きなバックパックを座席から拾い上ると、少し緊張した面持ちで手を差し伸べてきた。


北海道という土地

北海道には多くの旅人がやってくる。
もちろん、東京や大阪などの大きな都市にも世界各国から旅人がやってきているだろうけど〝旅〟という感覚を味わうには、北海道という土地はより、適している場所かもしれない。

初雪が降り積もるこの日、こころ君の履いている夏ぐつはベチャベチャに濡れ、この時期に初めて北海道に来る人そのものを表していた。

挨拶を軽く終えると、そのまま僕の作業の手伝いをしてもらいながら彼の話を聞いた。

台湾の旅はどうだったのか。いつまで北海道を旅するつもりなのか。生まれはどこなのか。なぜ北海道を選んだのか。
そんな野暮ったい質問をいくつか投げかけた。


徳島出身の彼は、台湾を経由して北海道を次の旅場として選んだ。同じアジアの中でも南の地域から北の地域へと。

馴染みのない徳島弁で話す彼は、丁寧に僕の作業を手伝ってくれた。
初対面で出会う人が多い中、どこかでポツンといるよりも一緒に作業をしていた方が、彼も気が紛れて良かったかもしれない。

それであっても、そこにいた仲間たちは若干二十歳の旅人を迎え入れ、好奇な目を向け、彼がここに来るまでどんな旅をしていたのかを聞いていた。

居を構え、生活をしている僕たちからする北海道と、初めて足を踏み入れる彼から感じる北海道では、大きな違いを感じていることだったのではなかろうか。


文化的な音楽と

この日、タイミングよくアイヌ民族が使っていた楽器、トンコリでの演奏があった。
北海道に住んでいる人でさえ、あまり目にする機会がないトンコリの演奏。

「興味はあったが演奏を聞くのは初めて」

そう語る彼は、アイヌ民族の祈祷師として名高い「アシリ・レラ」さんの元で数日間生活を共にしてきた。


アイヌ文化は、国内でも北海道で色濃く残り、他では味わうことのできない独特なものがあるのではないだろうか。

北海道では常日頃からあり、文化として育っている僕たちだが、独特な地名や食文化などは本州の人々にとって、異国感を感じさせてくれるものなのだろう。


音楽とは不思議なもので、その時聴いたものが耳に残り、時を経て当時の旅を思い出させてくれるエッセンスへと変わる。

そして旅と音楽の相性も良く、旅人の奏でる音楽は、その人の旅を表してくれる音色になる。

そんなタイミングの日に訪れたこころ君は、持参してきたギターを静かに奏でると自らも歌い始めた。

右手で弦を押さえる左利きの唄歌い。

窓の外では静かに雪が降り積もる中、古びたストーブを囲みながら誰もが彼の歌に聞き入った。


旅人の心

心を育てる目的とした教育は日本では行われていない。
しかし、心を育てることで豊かな人生を歩くことができる。

旅をして、心を揺さぶられるほどの絶景に出会い、心が動くほどの他人の優しさに触れ、心を震わせるほどの音楽やアートに出会い、心が痛くなるほどの別れがあるかもしれない。

旅人のこころ君は、これからどのようにして心が育つのか。
旅人の道を先に歩いた者として、節介を承知で少しばかり気になった。

自ら多くを語るような子ではなかったが、この場所で多くの人たちと出会い、酒を酌み交わすことがきっと、君の心に深く刻み込まれ育つだろう。

そう思っていた。


多くの人はどんな仕事をしているかでその人を判断し、どれくらいの給料をもらっているかでその人の価値を決め、どれくらいのフォロワー数がいるかでその人の人気を図る。

だがしかし、その人がどんな生き方をしてきたかを聞いても深くは知れない。そして、その人の心に触れることなく、外見でその人を決めつける。

旅人の心は、旅でしか育つことがない。

俗世界に流されることなく、旅の始まりを感じながら好奇心と共に北海道を感じて欲しい。

北海道はそんな旅人を育てる土地なのかもしれない。


良き旅人へ

明くる早朝、荷物をまとめたこころ君は、ここで出会った友人と共に次の町へと向かうことにした。

「いい旅人になれよ」

彼にそう告げると、隣にいた一人の男はタバコを吸いながら呟いた。


「『いい旅人になれよ』は、しびれるなぁ」


何を持って〝いい旅人〟かは分からない。自分で決めるものではないかもしれず、他人の判断になるかもしれない。

ロマンを壊すようなことを言うと、旅もいずれどこかのタイミングで飽きがくるかもしれない。
それであっても、多くの時間を旅人として費やしてもらいたい。


僕も君のように旅人の道を歩いた。

今こうして、君のような旅人を迎え入れる立場も悪くはないが、そんな僕も未だに、旅人としての心を持ち続けている。


旅をする若者よ。
人の優しさに触れ、優しさを身に纏え。
見たことのない景色に心を打たれ、生まれたことに涙しろ。
忘れることのない音楽を記憶に染み込ませ、色褪せることのない思い出を心に留めておけ。


「またいつの日かどこかで」


そう言って彼を見送った朝。
今年初めて舞う雪が、彼の旅路を受け入れるかのように白い華を添えていた。

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