今までで一番イメージが湧かない海外渡航前の今の心境
来週にはLAを経由してグアテマラに入る。
今から15年前。僕は大阪の漫才師と南米を旅した。
当時僕は香港から日本に帰ってきて、大阪で彼を拾ってNY経由でペルーのリマに入った。
あの時から考えて、誰かを連れて海外に行くのは15年ぶり。
しかも、日本のアスリート。
大阪のふざけた漫才師とは訳が違う。
当時はお腹を下して、下痢を漏らした漫才師を連れて宿にチェックインしたこともあるが、次は真面目なアスリート。
中米最悪と言われるグアテマラの首都。
そんな彼とはグアテマラシティに行くにあたり、成田空港で初めて会う。
そう、彼とはオフラインで未だ直接会ったことがない。
僕は会ったことのない彼から突如オファーを受けたのだ。
TABIMINTONというスタイルで
知っている人も知らない人も。
僕は、旅をしながらバドミントンのコーチを行いwebで発信をするTABIMINTONというサイトを運営していた。
バドミントン関係の人なら一度くらいは目にしたことがある人も少なくはないかもしれない。
バドミントンのコーチがやりたくて海外の代表チームを指揮していたわけではない。
僕は〝海外で遊ぶため〟に代表チームのコーチをやっていたのだ。
根本的に、そこははっきり自分の中で区別されている。
海外を旅しながら収益を得るために、サイトを運営した。
海外で遊ぶついでにメキシコのジュニア代表チームに逆オファーした。
そして海外を旅するついでに、海外の鉱山などで天然石の買い付けをしていた。
要は、何かと理由をつけては海外で遊んでいた。
あれから4年。
そんな過去も忘れかけていた頃に舞い込んだ一つのオファー。
日本のバドミントン界という世界はそう広くない。
オファーをしてきた彼もTABIMINTONのサイトをずっと見ていたそうだ。
それどころか、僕の出身校から過去の戦績まで、ほぼ全て知っていた。
これには驚いた。
そして彼が目指すのは、日本だけでのプロ選手としてではなく、アメリカでプロを目指し、日本の中でもオンリーワンの選手となろうとしている。
僕は、バドミントンのカテゴリーに特化したサイトを運営していたことで、webの中での知名度とシェアは比較的取れていた。
2017年あたりは、まだまだ競合もおらずバドミントン系のブログはブルーオーシャンだった。
それらの発信方法なども学びながら、TABIMINTONの現役選手版としてやっていきたいとのこと。
僕はバドミントン界にTABIMINTONというジャンルを作った時に、いつか現役選手がやってくれたら面白いと思っていたので、やっぱり現れてくれたなと、少しばかり嬉しかった。
なぜ僕なのか
中米で自分自身の身を任せて、現地に精通し通訳ができるバドミントン関係者と条件を絞り込んだときに、日本で対応が可能なのは、控えめに言っても確かに僕だけ。
そして、そのスケジュールの都合がつく僕も、自分自身にびっくりだが、要するにこのオファーは僕にしか受けることのできないミッション。
どれだけバドミントンが強くてもグアテマラを知らなければダメだし、スペイン語の通訳ができても現地の治安を知らなければ身を任せれない。そうなると、全ての条件をクリアできる唯一の日本人が僕しかいないのだ。
グアテマラでは2018ー2019の年越しを過ごしていた。
当時メキシコ南部の街で家を借りていた僕は、年越しだけをグアテマラで過ごした。
と言っても、中心部のグアテマラシティとは違い、アティトラン湖という世界一美しい湖と呼ばれる湖畔の街で、のんびりと1日を過ごすだけ。
しかし同じグアテマラといっても今回は違う。
東京と、北海道の田舎町の治安が違うように、中米ではそのコントラストが日本の数倍大きい。
グアテマラも含め、どの国でも田舎は安全だ。
でも首都は1990年代まで内戦が続いていた町で、旅慣れた旅人でさえ立ち寄ることの少ない町が、グアテマラシティなのだ。
ある意味興奮している。
公式の国際大会にベンチ入りする経験は、まず持ってあり得ないことだが、それがあり得てしまったから。
その反面、緊張もしている。
僕一人なら海外でのトラブルは気にしないが、選手を連れるとなるとそうもいかない。それも、グアテマラシティという他の町よりも気を張る街。
なぜそんな国で試合?
細かい理由は、少しばかり難しい話になるので割愛するとして、簡単に言えば、海外での戦績とポイントを取りやすい大会というのが大きな理由。
テニスなども含めて、海外を転戦する選手などは海外での試合をある程度選んでポイントを稼いで、オリンピックやワールドツアーへの参戦を目指す。
彼の場合、アメリカで挑戦するにあたって、海外での実績を手土産にグアテマラでの大会を選んだ。
そして、これらは日本代表選手としての参戦ではなく、彼個人の日本人選手としての出場となるため、マネージャーなどの手配は、彼自身が一人でやっている。
メジャースポーツとは違い、バドミントンでプロを目指すなら多くのことを一人でこなさなければいけないし、メジャースポーツであっても名前の売れていないサッカー選手や野球選手なども、多くのことを自分自身でマネージメントするのがスポーツの世界。
マヤ族の子供相手に、ipadの使い方を教えて一日が終わるような旅スタイルの僕とは天と地のほどの差がある。
ハードな練習を積んで、空いている時間にはスポンサーを探したり、大会手続きやスケジュールの確認を行なっている。
選手はあくまで選手。
僕はあくまでTABIMINTONということだ。
もちろん可能な限りのサポートは全面的に協力する。
でもプレーや、その他手続きに関しての責任は、選手自身のもの。
再び味わう緊張感
これは海外渡航をすることへの緊張感ではない。
残念ながら、もう海外へ渡航することに対して最初の頃のような興奮は味わえない。
多くの人が、恋した相手に対してずっと当時と同じ恋心の熱量ではないように、旅の慣れは興奮を薄めてしまう緩和剤のようなもの。
僕が楽しみにしているのは、再びコートで味わえる勝負事の緊張感だ。
僕はもう誰かと競うことはない。
仕事で出世を目指しているわけではない。天然石を編み込む自身のブランドもオリジナルの作品。
そしてTABIMINTONというスタイルもサイトも唯一無二。
しかし、身を引いたはずの勝負事には戻れないはずなのに、僕は戻った。
きっと僕は自分ごとのように彼を応援するだろう。
完全アウェーの中でアジア人は僕ら二人。
そんな状況が僕は嫌いじゃない。
色々な意味で緊張がある。
しばらく味わっていなかった緊張感を味わうことのできる、棚から降ってきたとてもニッチなチャンスだ。
張りつめるような緊張と、久しぶりに感じるアスリートの世界を存分に味わいたい。それが完全なアウェーであっても。
僕にとっても想像がつかない、楽しみな海外渡航だ。
TABIMINTON again.
正直そんな気分だ。
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