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2019年3月の記事一覧

第4回東奥文学賞 空襲の記憶が混在する、老人ホーム内の階級闘争

田辺典忠「健やかな一日」:大賞。老人ホームの4人部屋で暮らす「僕」は、なんとかオムツを外したくて、おねしょしないように水分補給も極力避ける日々。しかし、かつての青森空襲のあの日、防空壕の中であまりの恐怖で失禁した夢を見て――。見方によっては悲惨な暗い生活風景を見事なまでにユーモラスに描いて最後のページまで飽きさせません。比較的健康な人が多い3階と、寝たきりや重篤な認知症患者の多い2階という階層の違

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第3回東奥文学賞 地方行政の奮闘、雪国生活の闇と光

青柳隼人「北の神話」:大賞。県庁職員の課長である櫻城一夫は、中央から出向してきた年下の上司となる都島義男部長と共に、二つの古い病院を統合し最先端医療を取り扱う総合病院に建て替える計画、「Xプラン」の実現を画策する――。とにかくドキュメンタリーと見間違うほどのリアリティ。一つの病院建設のために、どれほどの人との交渉が必要か。医師学会会長、既存病院の院長、市長、県知事……それこそ「神話」と言えるくらい

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第2回東奥文学賞 地方農業の裏表と、夢と現実の折り合い

田邊奈津子「早春の翼」:大賞。自宅で農業を営む桜井七恵の元に、東日本大震災をきっかけに、千葉から義理の妹・苑美一家が出戻ってくる。苑美の夫である周平は大手の総合電機メーカーを辞め、農業をイチから始めるつもりらしい――。嫁姑問題の機微(と、その煩わしさ)、地方の不況、農業を始める人へのハードルなど、重いテーマを、能天気に明るくも極端に悲観的でもなく、その重さ分だけ正確に伝える力に脱帽。たとえば、農家

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第1回東奥文学賞 地方の魅力とは? それは刹那的な「快」ではなく、長く尾を引く「温もり」。

東奥文学賞とは――。
青森県を代表する新聞社・東奥日報社が創刊120周年を記念して創設。青森県内在住者または県出身者を対象に、題材・ジャンルを問わず、前途有為な新人を発掘・育成するための文学賞。発表は2年に1度、原稿用紙100枚以内。

世良啓「ロングドライブ」:大賞。東京で暮らす佐藤は会社の上司に山崎咲子を紹介される。彼女の趣味は美味しい料理のレシピを想像して復元すること――。登場人物の誰もが謙

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秋元弦「斜里の陣屋で」(2018)

1807年(文化4年)、蝦夷の斜里(しゃり)警備のために派遣された津軽藩士の一人、斎藤文吉(勝利)がそこでの活動を記した「松前詰合日記」。それをもとに書かれた、いわゆる《津軽藩士殉難事件》を描いた短編小説。派遣された100名中、極寒やその他の災難のために生きて還ったのはわずか15名と聞くと、さながら江戸時代版「八甲田山」のようだが、こちらの事件は、様々に、かつ個々に重いテーマをいくつも内包していて

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