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短編小説「真っ赤な本当」

「あの岸壁の隙間に挟まっているのがガザンビだ」

子供の頃に、伊豆のじいちゃんの家に行った時に海岸で岸壁を指差し、じいちゃんが言った。気がする。はっきりとは覚えていない。ガザンビが何なのか質問したかどうかも定かではない。だけど、岸壁の隙間に挟まっていた真っ赤なけむくじゃらのなにかは鮮明に覚えている。

私は現在32歳。妻との新婚旅行で伊豆に来ていた。私はハワイとかがいいのではないかと言ったのだが、なぜか妻は伊豆がいいといって聞かなかった。

妻とは職場恋愛だった。私がバスの運転手で、妻は元バスガイドだったが身体を壊し、現在は事務の仕事をしている。身体が弱いこともあり、ハワイなどの遠出は嫌だったのかもしれない。

私は乗り気ではなかったが、実際に伊豆に着き夕日をバックにした海岸を眺めて、少し感動していた。そして、あのじいちゃんとの時間を思い出してうるっときた。と、同時にガザンビのことを思い出した。

妻にその思い出を話すと全く信じていない様子だった。私はムキになり、その岸壁の場所まで妻を連れ行った。多少様子は変わっていたがその岸壁は存在した。私は指差し「あそこにガザンビがいたんだ」と言った。ガザンビが何なのかも知らないのに強気でガザンビという言葉を発した。特にガとザとビには力を入れて。

「え? あれのこと?」

妻が言った。よく見たが私にはなにも見えなかった。そのことを伝えると妻は、「え? あの赤いやつでしょ? 毛むくじゃらの?」と当たり前のように言う。しかし、全く私には見えない。

「どうして見えないの? あの赤い毛むくじゃらで、頭に竹とんぼみたいなのがついているヤツだよね?」

……ムックだ。妻は僕のことをからかっているのか? だってそれはムックじゃないか。先程ムキになった私への当てつけで妻が嘘をついていると思い疑心暗鬼になった。すると、

「何なんだろうね……」

と、波にかき消されるくらいの声で妻が呟いた。波風で髪がなびき、顔が隠れ表情は見えなかった。

何故かその感じが愛おしく感じて、全て信じた。

おわり

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