見出し画像

【連載第1回】訳者まえがき、目次 『クラフトビールフォアザギークス』全文無料公開

この連載の説明はこちら。


訳者まえがき

 本書(原題『BrewDog:Craft Beer for the Geeks』)は、私が日本語版監修と翻訳を担当し、2019 年に発行された『クラフトビールフォアザピープル ブリュードッグ流あたらしいビールの教科書』の続編に当たる。
 原書は2020 年9月、つまり世界がコロナ禍まっただ中に発行された。本書は書誌情報の通り海外で印刷されたため、発行は2022 年2月だが、翻訳と本稿の執筆が終わっているのは2021 年9月であり、もちろんコロナ禍まっただ中である。発行のころも、程度の差こそあれ、コロナ禍下であることは変わらないだろう(しかしこの予測は良い方に外れてほしい)。
 ブリュードッグはコロナ禍が本格化した2020年春に早くも、自前の蒸留設備(彼らはローンウルフという蒸留酒ブランドも展開している)で手指消毒剤を製造し、近隣の医療機関に寄付した。この「酒造関係者による消毒液の製造」はその後、米国のクラフトブルワーの業界団体「ブルワーズアソシエーション」や、日本でも規模や酒の種類を問わず、多くの酒造会社が追随する嚆矢となった。さらに、感染抑止のために学校が休校になったせいで給食が食べられなくなった子供たちのために、社有の配送車で食事を届けた。
 また、コロナ禍下でも進めているのが「カーボンネガティブ(二酸化炭素の吸収量が排出量より多い状態)」だ。「この世界を再び素晴らしくする(メイク・アース・グレイト・アゲイン)」という標語を掲げ、スコットランドのハイランド地方の広大な土地に植林し、彼らのビール醸造で発生する実に2 倍の量の二酸化炭素を吸収している。そういえば、この標語の基となった「米国を再び偉大にする(メイク・アメリカ・グレイト・アゲイン)」を言い始めた人は、コロナ禍にあっても派手に立ち回ったが、表舞台からは退場した。
 しかしブリュードッグに起きたことは良い話だけでなく、一つ悪いこともあった。2021 年6月、「下位の従業員にストレスを与える言動」が横行し、「恐怖の文化」を助長している、という約70 人の元従業員から告発があり、CEO(最高経営責任者)のジェームズ・ワットは謝罪した。詳しい内容は伝わっていないが、日本風に言えば「パワハラ」だろうか。SNS 上では一瞬「炎上」に近いことが起きたが、経営側が早々に謝罪をして告発者の声に耳を傾けている姿勢を見せたことと、告発者側から具体的な内容が続いて出てこなかったことなどから、騒ぎはすぐに収束した。
 そして2021 年9 月初旬に公になったニュースは我々の度肝を抜いた。アサヒビールとの合弁会社ブリュードッグジャパンを立ち上げ(ブリュードッグは株式の51%を保有)、パンクIPA、エルヴィスジュース、ヘイジージェーンはブリュードッグが展開するという。同社のCEO(最高経営責任者)、もとい本書の著者の一人であるジェームズ・ワットは、フィナンシャルタイムズの報道によれば、「将来的には日本に醸造所を設立する可能性もある」と言っているという。
 ブリュードッグは、英国でもはやクラフトブルワリーではないという見方もある。英国の飲料専門メディア『drinks business』の2018年の取材によれば(*)、英国の業界団体で小規模ブルワリーへの減税などの実績があるソサエティーオブインディペンデントブルワーズ(SIBA)は、クラフトブルワリーの定義の要素の一つに、ビールの年間製造量が2万kL 未満であることを設けているという(ただしSIBAのウェブサイトには記載されていない)。ブリュードッグは2016年の年間製造量は2万1400kLと公表しており、その後は量を公表していないようだ。一方、利益は2016年の7200万ポンドから2020年の2億3800万ポンドまでと実に3倍以上、右肩上がりに成長しており、年間製造量も上がりこそすれ、まず下がってはいないだろう。つまり、SIBAの定義を重視するのであれば、ブリュードッグはもはやクラフトブルワリーではない。
 さらに、ブリュードッグジャパンがアサヒビールの工場でビールを造るにせよ、いずれ新たな工場で造るにせよ、日本の業界団体が定める定義にある経営の独立性の面に照らし合わせれば、もちろんクラフトブルワリーにならない。私は、この日本の定義は重視すべきと考えている。その理由はマーク・メリとの共著『今飲むべき最高のクラフトビール100』に記したので、興味がある人は参照してほしい。
 そしてやはり興味を覚えるのが、「あのブリュードッグが日本だけでなく世界的にも巨大なメーカーと組む」ことが、本書が出るころに市場でどんな影響を与えているかだ。
 この仕事を完遂するために、『クラフトビールフォアザピープル』と『ミッケラーの「ビールのほん」』でも醸造技術について助言していただいた株式会社Knotの植竹大海さんに、三度目のご指導をいただいた。植竹さんが北海道鶴居村で準備中のブルワリーが楽しみでならない。ドイツ語のカタカナ音写などの扱いは、2021年に発行された『ビア・マーグス』というビール醸造を題材にした小説の独日翻訳という大役を果たした、森本智子さんに指導を仰いだ。『恋するクラフトビール』の著者でイラストレーターのTOAさんにも鋭い指摘もいただいた。そして今回もガイアブックスの田宮次徳さんに見守っていただいた。
 皆さんのご協力がなければ完走することができませんでした。この場を借りて深謝します。
* 2018年10月10日公開記事「What is ‘craft beer’? Four definitions from the brewing industry」

2021 年9月15日長谷川 小二郎


目次

はじめに  7

ここが違うぜクラフトビール 11

品質は家で始まり家で終わる/ビールの4 要素2.0/自発的であること/味わいの科学/品質と新鮮さ

気まぐれで完璧なカルチャークラブ 47

クラフト文化/いかさま師たち/先駆者たち/ブリュードッグの最も重要な五つのビール

ビアスタイル公会議  81

時代の変化/今すぐ飲め、次に飲め

美味しくて犬まっしぐら2.0  117

ビールと料理の合わせ方

日曜犬工  171

ビールの完成度は家庭から始まる/オフフレーバー/さらなる自家醸造のために
自家醸造のための参考図書   217
用語集  218
索引  221

(つづく)

本書は下記の他、全国の書店でお求めいただけます。

amazonはこちら。


私のサイン入りを希望の方は私のECサイトから(サインなしも選べます)。数量限定でブリュードッグの特製バッグも付きます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?