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002 カリギュラ効果

 イリーはおもむろにお尻を突き出しJKを通せんぼする「押すなよ!絶対に押すなよ!!」
「急に何よ?」
「いやいや、抱腹絶倒のギャグじゃよ。お気に入りなんじゃ」
「抱腹絶倒って、熱湯風呂のやつ?今日日見ないわよ。そもそもテレビを見なくなっちゃったのもあるけど」
「あれは心理効果を上手く利用した巧みな芸なんじゃよ」
「心理効果って何よ?」
「カリギュラ効果という」
「カリギュラ効果??」
「うむ、絶対にするなと言われたら逆にしたくなるというアレじゃ。」
「あー、確かにそういうのってあるわね」
「絶対に戸を開けるなと言われると開けたくなって鶴の姿を垣間見た者も居ったし、絶対に開けてはならない玉手箱を開けてひどく老け込んだ某太郎も居った」
「有名な話にも度々出てくるのね。あるあるってことかしら?」
「そうじゃな、カリギュラ効果はたいそう共感しやすい感覚なんじゃよ」
「共感しちゃうからこそ、心から残念だと思うのよね。特に浦島太郎の受けた仕打ちは目に余っちゃうわ。」
「そいじゃあ浦島くんの一件について再考してみようではないか」
「そうね。『浦島太郎』は話によって細部は多少異なるけど、大枠は『浦島太郎が亀を助けて、竜宮城に連れて行ってもらい、帰る際にもらった開けてはならない玉手箱を開けるとお爺さんになってしまう』っていう話よね」
「いかにも、やはりキーアイテムの玉手箱が引っかかるのぉ」
「ええ、開けてはならない玉手箱って意味不明よ。プレゼントとして破綻してるわ!浦島太郎ばっかり酷い目に遭うのもアンフェアよ」
「そうじゃな。昔話のくせして教訓っちゅうもんがないんじゃよな。少しばかり裏話を書き加えて『浦島太郎』を二次創作してみようか?」
「そういうの好み!!」
イリーは紙と万年筆を取り出し、サラサラと図や言葉を書き連ねる。あっという間に仕上がったらしく、したり顔で一言「よぉしJK、昔話の時間じゃ」


『浦島太郎』
  作者:未詳  改編:イリー
 竜宮城は男子禁制の城。男は竜宮城に入ってはならない。入れば城の呪いで、みるみるうちに老けてしまうからだ。
 乙姫は恋に恋する幼気な少女。乙姫は「地上の殿方を一人、竜宮城に招き入れよ」と家臣の亀に命じた。亀は呪いを危惧して乙姫を止めたが乙姫は聞かない。口論の末、男を招き入れるのは1週間だけだと乙姫と約束して、亀は渋々地上に向かった。浜辺で遊んでいる小僧たち4、5人の前でわざとひっくり返る。面白がって子供らは亀をいじめた。ちょっとした騒ぎになった頃、男気あふれる殿方がやって来て子供らを諌め、亀を助けた。計画通りである。
「優しく正義感あふれる殿方よ、そなたは命の恩人です。そなたにお礼がしたいから海の桃源郷と呼ばれる私の故郷、竜宮城へ来てください」と亀が誘う。亀が喋り出してギョッとしたが、これも何かの縁ということで男は了承した。かの者、名を浦島太郎という。
 亀の背に乗り竜宮城にひと泳ぎ。竜宮城に着くとすぐに祝宴の席が用意され、管弦、舞踊で浦島を厚くもてなした。乙姫も地上の話が聞けてたいそう喜んだ。三日三晩飲み明かし、それからも寝る間を惜しんで2人は時間を過ごした。一週間が過ぎるのは本当にあっという間だった。浦島は長居し過ぎるのは失礼なのではないかと危惧したが、乙姫が強く引き留められたので留まることにした。
 朝は決まって乙姫が先に目を覚ます。このタイミングを活かして亀は乙姫に浦島を帰すように助言するが通じない。すると乙姫は自慢そうに玉手箱を持ち出す。この玉手箱、男にかかる竜宮城の呪いを封じ込める。通常、竜宮城の呪いは段々と男を蝕むが、今は玉手箱の能力で呪いを免れているので、浦島が呪いに気づくこともない。乙姫は玉手箱で浦島を呪いから守っているのだと主張している。しかしこの玉手箱も対症療法でしかない。一度開けて仕舞えば、開けた者は呪いを一気に受けて仕舞う。逆に竜宮城を出て1ヶ月間、玉手箱を開けなければ術者である乙姫が呪いを受けて仕舞う。そのことを知っている亀は浦島をいち早く帰すように乙姫に説得を試みたが虚しい。渦中の男は偶々その話を耳にするが、硬く唇を堪えて狸寝入りを続けた。
 それからも乙姫と浦島は夢のように華やかな陽気を満喫し、風流な夜を噛み締めた。「まだ間に合うかしら」と乙姫が寝言を言う夜もあった。「もうこれ以上は」と決心を固めたのは浦島の方だった。
 ある日の昼下がり、乙姫が席を外している隙に亀が浦島に問う「乙姫様に深い情愛を感じるか」
わざと乙姫に聞こえるように浦島が答える「確かに淡麗な容姿だが、恋のいろはも知らん娘っ子なぞ、本気で好きになったりはせんよ」
 子供扱いされた乙姫は腹を立てながらも悟られぬように取り繕って浦島に帰るように勧める。浦島と過ごす日々の中で、恋心を実感した気になっていた乙姫は、呪いの件について浦島を騙していることを思い悩んでいたが、浦島がとんだ薄情者だと知り、後腐れなく別れられると清々していた。
物悲しそうに乙姫が言う「浦島殿、これが今生の別れとなるやもしれません。この玉手箱を余の形見にしてください。絢爛豪華な装飾の玉手箱ですが中身はつまらない物です。決して開けないでください」
乙姫は浦島と暇乞いをして、亀をして浦島を地上へ向かわせた。乙姫の策略は綻びひとつなく完璧に思われた。しかし地上へ帰る道中、亀があまりに可哀想な浦島に同情して玉手箱のからくりを伝えてしまう。
「かくかくしかじか、玉手箱はそういう代物でございます。浦島殿が呪いを受けることはありません。乙姫様のことは心配なさらないでください。乙姫様の寿命は人間のそれよりずっと長いから大丈夫でございます」
浦島は「ほほぉ」と一言。地上に着くと亀が言う「乙姫様にお灸を据えるためにも絶対に開けないでください」
振り返ることなく浦島が言う「女の若さは何事にも変えがたい。取り返しのつかない罪を犯して初めて少女は一人前の女になるのさ」

 玉手箱の効果が切れるひと月が経過した。このひと月の間に玉手箱を開ければ浦島が、開けなければ乙姫が呪いを受けて老け込んでしまう。竜宮城にて、乙姫が亀に「ひと月経ったが、余は呪いを受けなんだ。男を騙すなど雑作もない」とご満悦。主人を裏切って玉手箱のからくりを浦島に伝えて仕舞ったことを亀が懺悔する。苦虫を潰したような表情の亀に対して「お主!自分のしたことの意味が分かっているのか!!」激情に駆られて取り乱す乙姫。しかしすっと我に帰る。
「亀よ、お主の言うことが正しいとして、どうして余は老けとらん」

 赤く染まった柔肌に涙一筋。

おしまいおしまい


「この物語でお主が得るべき教訓は、嘘を吐くのは女の呼吸、騙されるのは男の余裕ということじゃ。男女の秘事に口を挟むのは無粋じゃったな」

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『イリーとJK』 002 カリギュラ効果

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