見出し画像

003 フェルミのパラドックス

イリーとJK、2人は家庭用プラネタリウムを鑑賞しながらベッドに寝そべっていた。

「ねぇイリー、あなたってエイリアンなのよね」
「断言は出来んが状況証拠的にはエイリアンと言わざるを得んじゃろ」
「でも地球での記憶しか無いんでしょ。何か思い出したりした?」
「いいや、何にも。不時着した時の記憶も曖昧じゃし、その頃の話も今はしとうない」
「そ。イリーって完全に人型だからなー。タコ型の宇宙人とか本当にいるのかしら?」
「おるんじゃと思うよ」
「マジ?」
「大マジじゃ」
「でも、地球みたいに大量の水が液体で存在できる環境って相当レアだって聞いたことあるわよ」
「なかなか詳しいのぉ。確かにレアじゃよ。じゃがしかし、星空にある肉眼で見える恒星だけでも8600個ほどあると言われておるし、天の川銀河には太陽の質量が10の11乗子分の構成があると計算されておる。たとえ惑星が地球のような環境である確率がとてつもなく小さくとも、惑星の数が文字通り天文学的な数あるんじゃから環境の整った星はそこそこあるじゃろうし、そのうち生命が発達した星があってもおかしくないじゃろ」
「そう言われてみればそうね。でもなんで見つかってないんだろ」
「付け加えると、星の誕生や寿命は億年スケールじゃから地球よりも数億年発展した惑星があっても不思議じゃないんじゃよ」
「想像もつかないわ」
「人間が誕生したのがおよそ500万年前じゃから、その数十倍の時間を使って発展した星が今宇宙のどこかにあるかもしれないと言うことじゃ」
「すごいわね。どこでもドアとかあるかもしれないわね」
「可能性としてはな」
「それを聞くと、どうして宇宙人が見つかっていないのか尚更不思議だわ」
「うむ。地球外生命体が理屈の上では存在しそうなのに実際には見つかっていない。この矛盾を『フェルミのパラドックス』という」
「そんな名前がついてるんだ。〇〇のパラドックスって他にも聞いたことあるけど、パラドックスってどういう意味?」
「パラドックスっちゅうんは正しそうな推論から受け入れ難い結論が得られることを言うんじゃ。今回の場合は天文学的に妥当そうな推論から『宇宙人は見つかって当然』みたいな受け入れ難い結論が出たからパラドックスなんじゃ」
「なるほど、パラドックスって面白いわね」
「あぁJK、パラドックスには通な楽しみ方があるんじゃよ」
「ナニソレ?」
「それはなパラドックスを解消するという方法じゃ。そもそもパラドックスは人間の直感が現実と合わない時に発生するんじゃ」
「その直感のズレを補正するってことね」
「いかにも、どこに論理の飛躍があったのか、どうすれば直感に合うかなんかを考えるのは楽しい」
「じゃあフェルミのパラドックスはどうすれば解消できるの?」
「それを考えるのが楽しいんじゃろがい」
「名前がついてるパラドックスなんでしょ。それなら妥当な解消法が提案されてるんじゃない?」
「変なところで勘の鋭いのぉ。自分で考えんでいいのか?確かに、いくつかの解消法が考えられてきた」
「やっぱり」
「わしの独断で最も合理的な仮説は『グレートフィルター仮説』じゃ。生命が進化して、他の星に侵略していくまでのどこかに大きな障壁、グレートフィルターがあるっていう説」
「障壁ってどういうイメージなの?」
「そうじゃな、自らが発展させた科学技術で自滅してしまう。みたいなものじゃ。つまりグレートフィルターまでの進化を遂げた星はかなりの数あるが、その障壁を突破することがほぼ不可能なので、他の星を侵略するようなことが起こらないのは当然ということじゃ」
「そのグレートフィルターがどこかにあるから宇宙人と遭遇できないってわけね。流石に有力な仮説ね、その通りなんじゃないかと思うわ。ただ……」
「好みじゃない。そうじゃろ」
「そうなの!!」
「じゃから自分で考えろって言ったんじゃ」
「ぐぬ〜。確かに、自分で考えれば良かった」
「多くの人間が納得する仮説は筋は通っているものの、あまり刺激的じゃないのは仕方ないことじゃ。ある意味、理論と刺激はトレードオフの関係にあるんじゃな」
「なんか悔しいから今から自論組み立てるわ」

JKは紙とペンを用意して図や字を書き殴る。2回ほどオーバーヒートした後に何か閃いたような顔をした。

「イリー、どうやら私は世界の真理に気づいてしまったみたいよ」
「ほほぉ、良いではないか良いではないか。聞かせとくれ真理を」
「時は遡ること500万年年前、私たちの祖先が人間に進化した。これは正しい。しっかーーし!それは地球に初めて知的生命体が生まれた瞬間では無かった!!時はさらに遡ること1000万年前、その頃地球に知的生命体が存在していたのよ。便宜的にネイティブと呼ぶわ。ネイティブたちは文化と技術を発展させ、大地を制し、海を治め、次なる目標は宇宙へ向かっていた。計画は多大なる年月が掛かりながらも着実に進んでいった。宇宙ステーションでの居住が実現しそうになった頃、宇宙からレーザー攻撃を受ける。エイリアンとの戦争が始まる。ただし、ネイティブの科学レベルは現代の人類と大差ないほどだったので、敵の攻撃になす術もなかった。この終末戦争でネイティブたちは全滅してしまう」
「滅んじゃうのか?」
「そうよ、しかし滅ぼした側、つまりはエイリアンたちの中で地球の利用方法について議論が交わされた。宇宙規模で征服している彼らにとって地球は資源的にはそこまで魅力的ではなかった。もっと有効な利用方法を考え出したの。それは地球を丸ごと実験台にして知的生命の発生を検証のためよ。宇宙を支配するエイリアンたちもタイムマシーンがあるわけではないので知的生命体の発生について、妥当な推論はあっても実証することはできていなかった。そこで一度知的生命体が発生した地球での実験に乗り出したの。実験設備を整えるために地球上にネイティブがいた証拠を消去した。化石燃料を埋め直す徹底ぶり。文字通り地球規模の開発の末、ネイティブがいない地球の出来上がり。地球の内外からエイリアンたちはずっと人類の発展を観察しているの。太陽系よりも遠くにエイリアンたちは包囲網を敷いて地球と他の星々とを隔絶しているから、私たちはエイリアンに会えないってわけ。私は一連の出来事を地球フラスコ仮説と名付けるわ!!」
「地球フラスコ仮説、面白いのお」
「この仮説が正しいとすると地球にエイリアンが潜んでるわけよね」
「そうなるなあ」
「その宇宙人はきっと人間そっくりの姿なんじゃないかしら」
「確かに、そうかも知れん」
JKが疑いの眼差しを向ける
「なんじゃ、わしをエイリアン側のスパイかなんかじゃと疑っとるんか?言ったじゃろ、わしにお主と会うまでの記憶はない」
「犯人はみんなそういうのよ、犯人確保〜」
JKはイリーを部屋の隅に追い詰めると飛びかかり全力でくすぐり始める。
「吐けっ!さもないともっと苦しいことになるぞ」
「キャキャ、お主、止めろ、お主こそ、キャキャキャ」
攻防が入れ替わりながら暫くくすぐりあいが続いたのだが決着がついた。イリーが失神してしまったのだ。
「今日のところはこの辺にしといてあげるわ」
目的を見失ったマッドサイエンティストが謎の達成感を噛み締め、リングを後にした。

『イリーとJK』 003 フェルミのパラドックス

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?